舞宵 10
長い戦を経て、一向は秀吉達の待つ屋敷へと戻ってきていた。
つかの間の、平和な日々。
将達は日々の鍛錬に励み、軍師達も政務に勤しんでいたのだが――――
「竹中殿」
真上から声が降ってきたかと思い、わずかに目を開くと、太陽を背にが立っていた。
「お起きください。官兵衛様がお探しです」
「ん〜、まだ寝たりないよぉ。官兵衛殿にはうまく言っておいて」
ひらひらと手を振って再び目を閉じる。
「それでは私が困ります。竹中殿をお連れするようにと、ご命令を受けているのです」
「じゃ、こうしよう。もここで昼寝するっていうのはどう?」
そう言って、自分の隣に寝そべるのを促すよう手招きをした。
は呆れたようにため息をつくと、
「竹中殿」
今度はやや強めの声音で呼ばれた。
苛立っている。感情を殺したような人形の顔に、にわかに怒気が生まれ半兵衛は密かに笑んだ。
「ふわぁ。それにしても、の目は優秀だなぁ。俺がどんな所で寝てても、すぐ見つけちゃうんだから」
半兵衛が昼寝をしていたのは、屋敷の屋根の上。常人ならばこんな所で昼寝をしているとは、思いもつかないだろう。
だが、の有する常世の瞳ならば、相手がどこにいようと関係がない。が視ると定めたその範疇のものは、物理的な障害を無視してその姿を視せるのだった。
「お褒めに預かり光栄です。ですが、そう思ってくださるなら、次回からは探しに行き易い場所を選んでください」
の背後に梯子が見える。視えはしたが、ここまで上ってくるのにだいぶ時間がかかったのだろう。
実際はそれを狙って、わざわざ上りにくい様な場所を昼寝所に選んでいるのだが、それを口にすると本気で怒られかねないので、半兵衛はわかったよと適当に相槌を打った。
「じゃあ、お詫びに降りるのは俺が手伝ってあげるね」
「え?」
が訝ったその瞬間、半兵衛は素早くの腰に腕を回すと、の身体を抱えぽーんと勢い良く屋根の上から飛び降りた。
「きゃあああああああ!」
ふわりと身体が浮く浮遊感に悲鳴をあげる。地面に叩きつけられる衝撃に備えは固く目を閉じたが、その衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
恐る恐る目を開くと、半兵衛が頭上に掲げた羅針盤がふわふわと二人の身体を宙に浮かせている。
「あはは、ごめんごめん。怖かった?」
ゆっくりと高度を落とし地面にの身体を降ろすと、は固まったままじっと半兵衛を見つめた。
「あれ、もしかして、、本気で怖かった――――」
「違います!」
目じりに涙を溜めた顔で言われても説得力がないのだが、あまりにすごい剣幕だったので半兵衛はの嘘を信じることにした。密かに可愛いなぁ、と笑みを零す。
あの戦からわずかな時間しか経っていなかったが、最近になっての人形の顔は崩れかける事が多くなった。
その大半は今のような半兵衛の悪戯によるもので、その度に半兵衛はから不評を買うのだが、それでもが感情らしきものを露にするのは、半兵衛にとっても嬉しいことだった。
だが、半兵衛の恋の方は、未だ進展らしいものはこれと言ってない。好いた娘とこうして笑い合えるだけでも、十分に幸せではあるのだが――――
「おい、なんださっきの悲鳴」
屋敷の縁側がら銀髪の青年がひょいと顔を出した。秀吉の子飼いの将、清正である。
屋敷に戻って半兵衛は、あまり自分の恋路をゆっくり歩んでいる暇がない事を知る。その存在を忘れていたわけではなかったが、清正を初め子飼いの将達もに密かな想いを寄せているらしかったのである。
ま、当たり前と言えば、当たり前か――――
思春期の少し手前から共に育った四人は、仲の良い姉弟として片付けるには、いささか複雑な関係で結ばれていた。ちょうど男と女の違いを意識し出す頃の出会いは、逆に少年達の恋愛観に大きな影響を与えた。
だからって、三人が三人とも好きになるなんて因果な奴ら……
結局は彼等も何の進展もないままこの歳まで育ってしまったわけだが、初恋を引きずったままの青年達は、どうにも踏ん切りのつかない恋心をに抱いているようである。
これは早々に蹴落とさなくちゃね。
半兵衛はしたたかに胸中で宣戦布告をすると、なんでもないよ、と清正に手を振った。
「ともかく、早く官兵衛殿の所へお急ぎください」
は自分の仕事は終わりだと言わんばかりに、半兵衛に念押しをすると、その場を去って行った。
もう少し話したかった半兵衛は、清正の出現を忌々しく思いながら、仕方なく官兵衛の元へ向うことにした。
と――――、
「半兵衛。あまりに変なちょっかい出すなよ」
背後から虎の咆哮が聞こえた。
ふうん。一丁前に牽制なんてするんだ――――
にやりと笑みを作り、清正を振り返る。
「お姉ちゃんを取られるのが、そんなに嫌?」
半兵衛にしてはいやらしい挑発を送ったつもりだったが、清正はそれには乗らなかった。おそらく、相手が三成や正則であれば、噛み付かんばかりの勢いで吼えたに違いない。
「俺はただ、土足で人ン家にずかずか入られるのが、気に食わなないだけだ」
冷静に、入ってくるなと、告げた。
なるほど。秀吉の一家ではない半兵衛や官兵衛は、清正にとっては他人であり、おいそれと心を許す事ができない存在というわけか。
「ま、いいけどさ。喧嘩売るなら相手見て言いなよ?」
にやり、と彼らしからぬ黒い笑みを浮かべて言い放つと、半兵衛は今度こそ清正に背を向け執務室へと向った。
清正の牽制など気にもせぬという飄々とした足取りで、ただし正面ではべっと舌を出しながら。
end
閑話ということで、屋敷に戻ってきました。
他の話より若干子飼いと仲悪いです。
たぶん舌を出しながら、腹の中で、あの餓鬼コロスとか呟いているのでしょう。