舞宵 05
恋心に気付いてからの、半兵衛の行動は率直だった。時間を見つけてはの元を訪ね、軍略の相談だとか官兵衛からの伝言だとかと理由をつけては、と会話を重ねるよう努めた。
だが、決して自分の恋心を感づかせるような隙は作らず、あくまで同僚の軍師として接する。
そのため、初めは警戒心を抱いていたも、それが仕事に関する話であるならばと半兵衛の言葉に応じるようになった。
勿論、を配下に置く官兵衛にしてみれば、なんだそれは、と言いかねない行動である。
半兵衛はこの無表情な軍師にだけは、自分の心の内を教えていた。
「俺、けっこう本気なんだよねぇ」
と、まるで軍略の話でもするように、半兵衛は楽しそうに語った。
「はああいう性格だし、きっと真正面から好意を向けても駄目だと思うんだ。まず外堀から埋めていかなきゃ」
その第一弾として、まずはの警戒心を解かせた、というわけだ。
その策は概ね成ったと言って良かったが、まだにとって半兵衛は話の分かる同僚程度でしかない。これをさらに信頼の置ける人間になり、やがては恋慕を寄せる想い人の座を手に入れるには道はまだ遠かった。
官兵衛は黙って半兵衛の話を聞いていた。この男の事だから下らぬと言いつつ、邪魔はしないだろうと思っての事だったが、官兵衛は思いの外、半兵衛の恋心に渋い顔を見せた。
「……あれを連れて来たのは失敗だったか」
と、思わぬ官兵衛の言葉に半兵衛は眉根を上げた。
「えっ、どーしてそうなるわけ?」
「卿が女にうつつを抜かして本分を果たさぬのでは困る」
「心外だなぁ。の事は本気だけど、俺がそんなに間抜けに見える?」
見えると言われたらそれなりに反論は用意していたが、官兵衛はあっさりと引き下がった。
「いや……そういう事を言っているのではない。あれは何かと男を惑わす。故に困るといっている」
「惑わすって……大げさだなぁ」
官兵衛の大仰な物言いに、半兵衛は笑みを浮かべた。だが無表情な軍師はその笑みに応じるどころか、呆れたようなため息をついた。
「これ以上、面倒を起こさせぬがため、私の下に置いていたのだ。卿なら問題あるまいと思っていたが……私の見込み違いか」
そうまで言われるとむかっ腹が立ってきた。確かにを好いたのは事実だが、決して色香に誑かされたわけではない。
むしろは何もしていない。半兵衛が勝手に恋に落ち、熱を上げているだけだ。
仮にが身体を武器に半兵衛を陥落しようとしたとしても、半兵衛がそれに応じる事はない。
否――――役得とばかりに美味しくいただくかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。
甘い睦言に応じる事があったとしても、閨以外の物事に関しての意のままになるつもりはなかった。
だが、半兵衛の不満を感じ取った官兵衛は、益々顔に深い陰影を浮かべた。
「卿は思い違いをしている」
と、一言。
「なに? が本当は淫蕩な悪女だとでも?」
半兵衛には珍しく、放つ言葉に険が含まれている。半兵衛だけでなく、までも貶めるような官兵衛のいい口が気に食わなかったのだ。
「淫蕩かどうかはさておき、あれは悪女の一種ではある。毒婦というやつか」
「ちょっと、いくら官兵衛殿でもそれは言いすぎじゃないの? 確かにあの顔だし、不思議な力を使うから、そう思われるのかもしれないけど……」
だがそれは決しての責ではないはずだ。顔も、力も、持って生まれたものにすぎない。それだけで毒婦と決め付けられるのは、哀れに感じる。
だが――――
「もし、卿が妖艶な女ばかりを、悪女と思っているならばそれは勘違いだ。甘言や色香で迫るばかりが悪女ではない。儚げな風情で男を墜とす女もいるのだぞ?」
まさか官兵衛に女について説教を受けるとは思わず、半兵衛はため息をついた。
「なにそれ」
「存在そのものが毒になる者もいる、と言っているのだ」
「常世姫がそうだっていうの? そりゃちょっとどきりとするけど、だからってさ……」
「陽の下では意味がない。現の境が曖昧になるような、月光に当ててよく見てみるがいい」
これでは一向に埒が明かない。
同意が得られず、もういいよ、と半兵衛が諦めかけた時、ふいに陣幕の外で男の悲鳴が上がった。一人ではない、複数だ。
まさか敵襲――――!?
二人はすぐさま声のした方へと急いだが、そこで彼らを待ち受けていたのは思いもよらぬ光景だった。
否――――官兵衛は、きっとこの光景を幾度か見てきたのだろう。
どうだ、と呟くように告げる。
「これが毒婦の正体だ」
燦々と降り注ぐ月光の下には、身体をくの字に曲げてのたうち回る身体が。
そして、その中央にははだけた着物を纏い、全身に返り血を浴びたまま、凍りついた顔で佇むの姿があった。
夜風にの長い髪が揺れ、ただかちかちと碧の双眸が輝きを放っていた――――
end
この次からちょっとダークサイドな話へ展開が変わっていきます。