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 煌々と翡翠の光が輝く――――
 の放った飛刀は、まるで予め飛ぶ方向を定められていたかのように正確に敵兵の喉笛を貫いた。
 必ずしも絶命に至らしめるわけではないが、胸を穿つには装甲が邪魔をして届かない。の膂力で一撃で致命傷を与えるには、喉や目を狙うのが上策なのだ。
 それでも立ち向かって来る者は、右手の短刀で応戦した。飛刀ほど正確ではないが、三合も切りあえば相手を地に沈める。
 両眼の輝きが失われない内は、まるで鬼神が乗り移ったように無敵とさえ思えた。




舞宵 04





 返り血と戦塵で塗れた顔が水面に映る。
 は清水の中に身体を沈めると、両手ですくった水で顔を洗った。
 身体を汚していた誰のものとも知れぬ血が、水に溶けて流れていく。まるで命が尾を引いて流れていくようだ、とその光景を見ながらはぼんやりと思った。
――――あまり自分の事が好きではないの?』
 半兵衛の言った言葉が耳の奥から離れない。
 自分の事を好きだとか嫌いだとか……考えたことなどなかった。かつてはの家のために生き、今は官兵衛の目指す泰平の世のため命を捧げている。その生き様はにとって考えるほどのこともない当然の事であって、その当然の中に自身の好き嫌いなど存在しないように思っていた。
 だが――――
 半兵衛がああ言ったのは、少なくとも半兵衛の目にそれが自然な事のように映らなかったためだろう。
 どこか無理をしていると、思われたのだ。
 だが本人には、それが何なのかとんと分からない。指摘されるまで、自分がひいなのようだと後ろ指を指されていた事すら知らなかったのだ。
 勿論、だからどうだと言うことはない。女の身で従軍すれば、つまらぬ誹りを聴く事もある。それと同じように、誰がどんな印象をに持とうと、がそれを気にすることはなかった。
 だが、なぜ半兵衛の言葉だけがこうも心に残るのか――――それだけが分からなかった。
 いつものように聞き流せばいい。取るに足らない戯言だ。
 心の中でそう言い聞かせているのに、何故か引っかかる。
「竹中、半兵衛……」
 知れず男の名を呟いていた。
 刹那、背後でがさりと物音がして、はいつの間にか警戒を解いていた事に気が付いた。千里眼があるからこそ共も付けずに水浴みに来たというのに、これで襲われては馬鹿の所業だ。
「誰!?」
 思ったよりも鋭い声が飛んだ。飛刀を構え、狙いを定める。
 人影はなかなか姿を現さなかったが、には無駄なことだった。双眸に集まる碧の輝きが、に茂みの向こうの人物を視せる。
 子供のように小柄な背丈に、女のような柔和な顔――――
「なっ」
 思わぬ人物の顔に、は柄にもなく言葉を失った。
 知れず顔が赤面する。裸体を見られたことよりも、彼の名を呟いたのを聞かれた事の方が何倍も恥ずかしかった。
「白昼堂々覗きとは、どういう了見です。竹中殿?」
 飛刀の一本でも見舞ってやろうかと、刃を構えると、半兵衛は降参を示すように背を向けたまま両手を挙げた。
「ご、誤解だから! たまたま俺も水浴みに来ただけで、がここにいるなんて知らなかったから……っ」
 嘘にしては稚拙だ。下手な嘘で逆にこちらを謀ろうとしているのかと考えたが、だとすればあえて見つかるような事はしないだろう。
 そもそも――――千里眼を閉じていたのはの失態だが、こちらの目の事を知っていれば、危険を冒してまで覗こうなどと考えないはずだ。
「わかりました……。着替えますので、そのまま後ろを向いていてください」
「う、うん。わかった」
 身体を拭くのもおざなりに、は素早く着物を着込んだ。その間も千里眼は半兵衛を監視していたが、そわそわしたような半兵衛の表情を見ていると、逆にこちらまで恥ずかしくなってしまった。
 知らぬ顔の半兵衛のくせに――――
 と、見当違いの苛立ちを半兵衛にぶつける。何故、こんな時に限って、何事もなかったような顔をしてくれないのか、とは唇をかみ締めた。
 そして、ふと思う。
 私はこの男に対して、怒りを感じている――――
 自分も他人も、どうでも良いと思っていた自分が、今明らかに感情を露にしている。
 はその事実に愕然としたが――――
 やがて一瞬きすると、双眸に宿った碧の光と共に半兵衛へ向けていた怒りの念も、まるで嘘のように霧散した。





「もう結構です」
 と、着衣を終えたは静かな声で告げた。恐る恐る振り返ると、半兵衛の予想に反し、は落ち着いた顔をしていた。
 というより、いつもどおり過ぎる。
 年頃の娘なのだから男に裸を見られたらそれなりに恥じ入りそうなものだし、現にさっきは若干なりともは焦りの声を上げていた。
 だが今は、そんな事実さえ忘れたかのように、いつもの凍りついた顔だ。
 剥がれかけた人形の顔は、またも元に戻ってしまった。
「では、わたくしはこれで」
 ぺこりと折り目正しく頭を下げて去っていく背中を、半兵衛は見えなくなるまで見つめ――――
 ぼちゃん、と。
 背中から沈むように、着衣のまま川に落ちた。
「うわああああ……」
 目の奥にの白い肌がちらついて離れない。
 年甲斐もなく小娘の肌に動揺している己に、自分自身呆れてしまう。
 だが、の身体は今まで見たどんな女達よりも美しく、儚げに見えた。もし日の光の下ではなく、妖しき月光の元にでも見てしまっていたら……
 そして何より、が半兵衛の名を呼んだ――――その事実に、半兵衛の胸は高鳴り続けていた。
 への興味は決して恋慕や情欲が理由ではなかったはずだ。
 だが、今、この瞬間を以ってして、それが覆される。
 あんな十も年下の小娘に、知らぬ顔の半兵衛が心を奪われるなど――――
「あー、やばい……俺、ハマっちゃうかも」
 水面に顔を出して、はあっと深く息を吐き、半兵衛は燦々と降り注ぐ太陽の光を仰いだ。



end


なんか半兵衛が乙女な気もするが……
ちょっとぐらりと来てしまった半兵衛さん。
ヒロインもちょっとだけ興味を持ち始めたようです。