Text

 ひどくうなされる夜がある。
 悪夢に取り憑かれて、うなされる夜が。
 苦しくて、もがいて、涙を流すけれど、夢は覚めずに私を苛み続ける。
 これはきっと罰なんだ。
 そう思わせるほどに、何度も何度も何度も、私を苦しめて、殺す。




常世の瞳 閑話





 女の子供の夢を見た。
 四方を黒い格子に塞がれた、窓のない真四角の部屋。
 緋毛氈が敷かれた部屋の中で、お雛様のような娘が独り座っている。
 窓はなくほの暗い。ひな壇のぼんぼりのような灯篭が、うっすらと少女の姿を浮かび上がらせる。
 嗚咽が聞こえた。
 少女の声ではない。格子の向こうに伏した女が、しくしくと泣いているのだ。
 少女の両眼は黒い布で覆われ、女の姿どころか視界が見えない。それでも、そこに居る誰かを、少女は知っている。
「嗚呼……これで、は終わりじゃ……。常世なぞ生まれたからには、この城はいつか落とされようぞ……。戦国乱世の世において、常世の力は脅威。いずれいづこかの大名に、攻め入られるは必須……」
 しくしくと、泣きながら紡がれる恨み言に、少女はぎゅっと両の手の平を握り締める。
 常世姫は諸刃の剣。その千里眼は城を守ると共に、他国に攻め入られる原因ともなる。
 だからこそ畏敬の念を皆に抱かせ、それと同時に疎まれる。
 この四方を覆われた座敷牢も、常世姫を封じ、護るためのもの。常世姫は外界には一切秘された存在となり、この部屋の中で一生を終える。
 これでは捕らわれているのか、守られているのか、とんと分からない――――
「嗚呼……何故、腹に居るときに殺しておかなかった……。嗚呼、何故そなたのような物の怪を生んだ……。ひとたび生まれてしまっては、容易く殺す事もかなわぬ……」
 紡がれる怨嗟の声に、少女は身体を震わせる。
 毎夜どれだけ同じ言葉を聴けばいい? 幾夜恨みを受ければいい?
「はは…さま…」
「ええい、母などと呼ぶな! おぞましい! そなたのような化物を生んだおかげで、我が一族は終わったも同然じゃ。殿のおとないはめっきり途絶え、継室の女狐どもに立場を脅かされる始末。そなたのせいで離縁する事も許されず、このような屈辱に甘んじようとは……」
 ええい、憎らしや!
 格子の向こうから何かが飛来し、がつっと少女の額を強打した。形状からして、母の鉄扇のようだった。
 傷口にじんわりと広がる痛みと、とろりと流れ落ちる液体。傷は深くなさそうだが、ぽたりぽたりと滴るそれが命を僅かに削っていく。
 このまま体中の血液が流れ落ちて、絶命してしまえばいいのに……
 そうすれば母は喜んでくれるだろう。いや、常世姫を殺した罰として、逆に咎を受けるのだろうか。
 わからない。どうすれば母が喜んでくれるのか、少女には全く分からない。
「死んでしまえばいいのだ……そなたなど、生まれてこなければ良かったのだ……」
 繰り返し紡がれる呪いの言葉。
 ならば何故、自分は生かされているのだろう。
 常世姫が呪いの象徴であるならば、いっそその手で終わらせてくれればいいのに。
 殺す事も、生かす事もできない母の弱さが厭だった。
 憎くて仕方ないくせに、の家でもはや頼れるのは自分以外になく。咎人のように扱われながらも、それでも正室であり続けられるのは、常世姫の母であるからで。その位を捨てる事もできず、何かのせいにしなければ己を保てないのが。
 それでも、母にたてついた事はない。母と呼ぶのを止めた事はない。
 そうすれば、いつか母が笑ってくれるのだと、自分を認めてくれるのだと、起こりえない望みを抱いていたから。
「そんなこと、あるはずないのに……」
 は少女の肩越しに格子の中から女を見やる。
 は夢の続きを知っている。この人は、結局最後まで自分を赦す事はなかった。
 すべての咎をにかぶせ、すべての呪いをに向け、そうしてあの日を送り出したのだ。
 あの日、織田が攻め入り、降伏の条件に常世の目を差し出すように命じたあの時。あの日、黒い布が解かれ母の顔を直に見た時。
 母はを見ようともしなかった。
 城のために死に往く娘に何一つ告げなかった。
「恨んでいるわけではないのです。ただ、悲しかった……。私はただこの人に、愛されたかった……」
 恨まれても、憎まれても、この世に生を授けてくれた人だから。
 唯、愛されたかった……
「この人にはなれないけど……俺が代わりに愛すよ」
 気づくと、格子の向こうに半兵衛の姿があった。
「この人の代わりに、俺たちがいっぱい愛してあげるよ」
 だから、戻ろう?
 格子の隙間から伸ばされた指先。
 は僅かにためらった。
「そなたなど、そなたなど生まれなければ……! 子を愛せぬ母など、子を憎むことしか出来ぬ母など……!」
 母に対する気持ちは変わらない。
 だけど、今は少しだけ母の気持ちを理解することができる。
 子供を憎む事でしか、側にいられなかったこの人も……悲しかったのではないか、と。
「さようなら、母様……」
 は呟くと、半兵衛の手を取った。
 瞬間、光があふれ、ふうっと格子が解けていく。
 ああ、夢が終わるんだ……
 そんな事を思いながら、光の中へと溶けて行った。








! ……みんな、が目を覚ましたよ!」
 目を開くと、心配そうな表情で顔を覗き込むねねと視線がかち合った。
「私……えっと……」
「三日も寝込んでたんだよ? みんな心配したんだからね」
 部屋の中を見やると、三成、清正、正則の三人が部屋の端でうつらうつらしていた。
 夜半すぎまで交代で看病していてくれたらしいが、疲れ果てて寝てしまったらしい。
「辛い夢を見たんだね? ずっとうなされていたよ」
 言って、頬を伝う涙をぬぐってくれた。
 いつの間に泣いていたのだろう。
 半兵衛の姿はなかった。それに少し落胆しながら、身体を起こすと、背後からううん…と呻る声がした。
 振り返ると、座布団を二つ折りにして枕にして寝ていた半兵衛が、身体を起こすところだった。
「良かった。目が覚めたんだね」
 起き上がってにこりと微笑む。
「こらっ、あんたは寝てただけじゃないの」
「ええっ、違いますよー。が怖くないように、同じ夢を見てあげてたんだから」
「いい訳しないの」
 こつり、とねねにやられて半兵衛は不満げに頭をさすった。
 そして、と目が合うと、
「約束、ちゃんと守るからね」
 と言って、笑ったのだった。





end



オリジナル炸裂しまくりで申し訳ないす。
少し補足させていただくと……
常世姫は何年かに一度の家に生まれる、千里眼を持つ女児の事です。
千里眼のおかげで城を守ることができる一方、その存在を我が物にせんと他国に攻め入られることしばしば。
そのため守り神のようなものであっても、決して歓迎されるだけの存在ではありません。
ヒロインの母親はそのため正妻でありながら冷遇され、その恨みをヒロインにぶつけてしまいます。
ヒロインは全くの被害者ですが、千里眼の開眼と共に娘を愛せなくなってしまった母親も、また被害者……という話。
今後の話の伏線にするやもなので、夢っぽくありませんが、書かせていただきました。