人相の悪い男達が円座を組んで、酒盛りに興じている。
人攫いに成功した祝いなのか。大声で笑い声を立てながら盃をあおっていた。
これなら楽に制圧できそうだ、と半兵衛は胸中で判断を下した。酒に酔っている上、数もそう多くはない。その上、見張りもつけぬような気の抜き様なら、二人の敵にはならないだろう。
半兵衛が懐から短刀を取り出すと、孫市がぴゅうと小さく口笛を吹いた。
「勇ましいね。強い女性は美しいけれど、無理は禁物だぜ。君もちゃんも可愛いんだから、顔に傷なんてつけられたら大変だ」
いい方がきざったらしいが、孫市なりに気遣っているらしい。
自分はともかくとして、確かにが顔に傷でも作ったら大変だ。ねねに大泣きさせてしまう。
だからこそにはかく乱ではなく娘達の救出に向かわせた。単独行動をさせる事に多少の不安はあったが、力は劣るとはいえ武芸の心得はある。並の男になら遅れは取らないと、半兵衛は信じていた。
「ご心配なく。これでも俺達、強いから」
半兵衛はにっと不適な笑みを浮かべると、短刀を構えて本堂の中へと向かった。
「俺……?」
と半兵衛の口調に違和感を覚えながらも、孫市もそれに続いた。
常世の瞳 17
半兵衛、孫市と別れてからしばらく後、本堂の方から怒号が響き渡った。
二人が襲撃を開始したのだろう。
山小屋の前に陣取った見張りが何事かと寺の方へと駆けていくのを見送って、は茂みから姿を現した。
達の入れられていた山小屋とは違い、こちらはかんぬきで施錠されている。
は重いかんぬきを引き抜くと、分厚い木の扉を開いた。
中には年若い娘が五、六人。突如現れたに驚きの表情を向ける。
「あなた達を助けに来ました。私と一緒に逃げましょう」
は言葉少なに告げると、外に出るよう娘達を促した。
娘達は突然の助けに戸惑っていたが、の風貌が自分達とさほど変わらない少女である事に心を許したのか、脅えながらも小屋の外へ出た。
本堂から響く騒音はさらに勢いを増している。戦闘が激化したのだろう。
巻き込まれないうちに早く逃がさなくては――――
は娘達を連れて山道へと向かおうとしたが、その前に本堂からこちらに向かって四人組みの男が駆けて来た。
一人は見張りに付いていた男で、他の男は本堂から来たらしい。
半兵衛たちの騒ぎが陽動である事を察し、応援を連れて舞い戻ってきたのだ。
人攫いのくせになかなか頭の切り替えが早い。
は娘達に下がる様に伝えると、飛刀を手に迎え撃った。
四人がかりと言えども、も軍師のはしくれである。幾たびも戦に従軍し、それなりの死線を潜り抜けてきた。何度か打ち合った末に、はことごとく男達を地に沈め、退路を切り開いた。
「さ、追っ手が来ないうちに早く!」
は娘達を連れて、山道へと向かった。
山道といっても、道は険しく獣道と大差ない。茂みを掻き分け、木々の根に足を取られながら走る。長い間監禁されていたらしい娘達は、体力の消耗も激しく、皆ぜいぜいと息を上げていた。
「あっ! 足が」
そのうち、娘のうちの一人が転んだ拍子に、足をくじいた。
「ごめんなさい……この足じゃ、もう……」
赤く腫れた足首をさすり、の顔を見上げる。
は迷った。もたもたしていれば、すぐに追っ手に追いつかれてしまう――――だが、怯える娘を置いて逃げる事は出来ない。
「あなた達は先に」
は他の娘達に先に行くよう促すと、娘の前に背を向けた。
「私があなたを負ぶって走ります」
「え、でも……」
「いいから、早く!」
娘はごめんなさい、と申し訳なさげに呟くと、の首に腕を回した。
娘の体重を両肩に感じながら、はよろつく足で立ち上がる。背後から迫る追っ手の声を聞きながら、懸命に走ったが、その差はどんどんと縮められていった。
「いたぞ、追えー! 追えー!」
ついに背後を突かれ、は胸中で舌打ちした。
娘を抱えた状態で逃げ切るのは困難。だが、この状態で戦うのは不利だ。
「敵が怯んだ隙に逃げます。しっかり捕まっていて」
は小さく告げると、袖口から飛刀を取り出した。
じりじりと寄って来る追っ手との距離を計算し、飛刀を握った手に力を込める。煌々と輝く碧の瞳が、突破口を探すように男達に向けられた。
「へへへ、どこへ逃げようっていうんだ、なあ、嬢ちゃん?」
獲物を追い詰めるように、薄ら笑いを浮かべ男達が間合いを詰める。
の肩に乗せた娘の手が震えていた。
「大丈夫。きっと私が助けてみせます」
安心させるようにが告げると、娘はでも……、と声を震わせた。
今にも泣きそうな声。大丈夫だから、ともう一度声をかけると、娘はの首にしがみ付いて、ごめんなさい、と呟いた。
そして、
「え……?」
耳元で、告げられる。
は一瞬何を言われたのか分からずに、娘を振り返った。
の碧の双眸と、娘の黒い闇の瞳がかちりと合わさる。
振り返った娘は、唇をにたりと歪めて――――
衝撃と共に、の身体は地に崩れ落ちた。
強打された頭部が熱い。とくとくと、熱い血潮が流れ出るのが分かる。
「な……に……?」
の碧の双眸が危険信号を発するように、かちかちと瞬いた。その目の前に娘の赤く腫れた足首が立つ。
「ごめんなさい、ね? せっかく守ってくれたのに」
娘の手にした短銃からぽたりぽたりと血が滴っていた。
あれで殴られたのだと理解すると同時に、娘はくすくすと笑みを浮かべながらの胸倉を掴み上げた。
振りかぶった短銃が再び同じ傷を穿ち、は意識を手放した――――
「くそっ、やられた!」
孫市は忌々しそうに吐き捨てると、近くにあった木を思い切り蹴り飛ばした。
本堂を制圧し、達の後を追った二人が目にしたものは、赤い血溜りに浮かんだ銀のかんざし。今回の潜入捜査のために、ねねがに貸し与えたかんざしだ。
「……」
半兵衛はかんざしを拾い上げると、の身を案じて強くそれを握り締めた。
end
たまにはヒロインらしく攫われてみたり。