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常世の瞳 16





「へぇ、ちゃんって言うのか。可愛いね。君、いくつ? あ、勿論、お竹ちゃんも十分可愛いよ。その小悪魔系な顔が実に俺好みだ」
 孫市はの手を勝手にさすりながら、もう一方の手で器用に半兵衛の肩を抱き寄せた。
 半兵衛は、それはどーも、と引きつった顔を見せつつ、肩にまとわり付く孫市の手を払い除けた。
 もそれに倣おうと手を引きかけたが、何故かがっちりと手首を握り締められ逃げられない。が戸惑った顔を見せる間、孫市は独りべらべらと二人が如何に可憐で可愛らしいか賛辞を送っていた。
 雑賀孫市といえば、日の本屈指の鉄砲衆を誇る雑賀衆の頭領である。その名に聞き覚えのあった二人はひとまず敵ではないと判断し、孫市の包囲を解き、互いに名を名乗った。勿論、二人が秀吉の配下の者であり官兵衛の指示を受けていること、そして半兵衛が男である事は明かしていない。ひとまず半兵衛は自分の事を竹と名乗った。
 ならず者達の根城を暴くためわざと捕まって来た事を告げると、孫市は感嘆の声を上げた。
「それは勇ましいね。強い女性は美しい。……だが、君達のような可憐なお嬢さん方に、ならず者の相手は危険じゃないかな?」
 先ほどの手腕を見せられているのだ。当然、孫市も二人がただの町娘だとは思っていない。だが、女が危険な目に遭うなど、孫市の信条から最も遠いあってはならない事なのだ。
「ご心配なく。武芸の心得はありますから」
 と、先ほど孫市に突きつけた短刀を、半兵衛はくるくると指先で弄んだ。も袖下に仕込んだ飛刀をすらりと抜く。
 孫市はそんな様子を満足そうに眺めながら、
「よし。じゃあ、ここは一つ、俺を雇ってみないかい?」
「雇う?」
「ああ。俺も人攫いの話を聞いて、攫われた女性を助けに来たんだが、仲間を多い方がいい。違うかい?」
「それはそうですけど……」
「それに女性がみすみす危険な目に遭うかもしれないのを、黙って見過ごすわけにはいかない。御代は……君の心っていうのはどうかな?」
 孫市はの手を取ったまま、まるで主家の姫に接するようにかしずいて見せた。
 助けを求めるようにが半兵衛をちらりと見やると、半兵衛は顔を引きつらせて、強引に二人の間に割って入った。それを半兵衛が嫉妬したのだと勝手に勘違いした孫市は、
「ああ、勿論、一人だけとはいわないさ。二人の心を半分ずつ俺にくれればいい」
 と、堂々と二股宣言をする。
「どうしましょう、半兵衛様?」
 は困り果てた顔で、小声で半兵衛に語りかけた。
「なんか軽そうな男だけど……ま、弾除けくらいにはなるんじゃない?」
「そうですね」
 なにげに酷いことを二人でこそこそと相談しつつ、そっと孫市の顔を見やると、孫市は独り悦に入って平等に二人を愛す事を訥々と説いていた。
「わかりました。心は差し上げられませんが、どうかお助けください」
「ああ。心は分割払いでも構わないさ」
 若干話が通じていない気もするが、こうして三人は行動を共にする事になった。





「さて。こいつが目を覚ます前に、動き出さないとな」
 未だ地面に伸びている見張りの男を見やりつつ孫市。縄で縛ってそのあたりに転がしておきたいところだが、あいにく捕縛できるような道具はない。男が目を覚ます前に、行動に移すべきだろう。
「ここに来る前に辺りを調べて来たんだが、どうもこの先の廃寺が奴らの根城らしい」
 と、孫市は木の棒で地面に簡単な地図を描いた。
「では、そこを攻めればいいのですね」
「ああ。だが、攫われた娘達の安全も確保しないとな。寺の裏側に、ここと似た山小屋を見つけた」
 おそらくそこに娘達は捕らわれているのだろう。
 地図に書き足された山小屋を見つめ、半兵衛はふむ、と腕を組んだ。
 娘達を助け出すのが先だが、山小屋にはきっと見張りがつけられている。そこで騒ぎを起こせば、すぐ寺のならず者共に異変を知らせる事になるだろう。娘達を守りながら戦うのは不利であるし、もし戦わずに逃げられでもしたら本末転倒である。
「二手に分かれるか……」
 半兵衛は小石を三つ拾うと、寺の上に二つ、山小屋に一つ石を置いた。
「寺で騒ぎを起こして、その隙にが女の子達を助け出す。孫市さん、一緒に来てくれますよね?」
「俺はかまわないが……いいのかい?」
 孫市の問いには、半兵衛に戦えるのかと問う意味と、を一人にさせて大丈夫かという意味合いが込められていた。
「待ってください。私も戦えます!」
 当然、としては乱戦の可能性のある寺の急襲こそ自分が行うべきだと主張したが、半兵衛はそれを拒んだ。
「さっき危ない事はもうしないって約束したよね?」
 と、詰め寄られてしまうと、さすがに黙るしかなかった。
「それに目を使えるが救出に行った方がいい。山路は危険だから、誘導も必要でしょ」
「わかりました……。ですが、どうか無理はなさらないでください」
 身を案じるに、半兵衛は大丈夫だって、と笑いかけた。
 自分に声がかからないのをちょっと寂しく感じながら、さて、と孫市は腰を上げる。
「それじゃあ、お姫様方の救出に行くとしようか」




end


孫市と行動を共にする事になりました。
女性のためなら出張だってします。
次回、襲撃。