常世の瞳 15
どれほど眠っていたのだろう。
目を覚まし辺りに視線を廻らせると、どこか四角い部屋の中にいるのだと気付いた。明り取りの窓から紅い西日が差し、埃のたまった床に細長い影を作っている。
二時間――――いや、一時間そこらだろうか。
意外と覚醒が早かった事に安堵しつつ、身体に青地の着物がかけられていることに気付く。背後から起きたの? と声がかかり振り向くと、壁にもたれかかる様にして半兵衛が座っていた。
「半兵衛様……ここは?」
狭い四角い部屋の中はがらんとしていて何もない。明り取りの窓は小さく、首がちょうど通るくらいの大きさしかなかった。戸は木で作った扉だが、取っての所に鍵穴が見えた。
「あいつらの根城だよ」
答えながら半兵衛はに近寄ると、その額に手のひらを重ねた。
熱はない。
呼吸の乱れも、体調の不調も特に見られず、安堵の吐息を漏らすと、の肩を寄せて――――頭をぽかりと叩いた。
「あいたっ」
涙ぐんだ目で半兵衛を見上げると、半兵衛は唇を真一文字に結んでいる。
そして、
「これはお仕置き。俺に何の相談もなく、勝手に行動した罰」
半兵衛は苛立っていた。
は何かを掴んでいたのだ。だから、茶屋へ半兵衛を誘い、眠り薬の仕込まれた団子を黙って食べた。
あそこで下手に抵抗するより、きっとうまく行ったのだろう。だが、それとこれとは話が別だ。が意識を失って半兵衛がどんなに心配したか、少しは思い知るべきだろう。
「その……ごめんなさい……。怪しいと思ったんですけど、確信が持てなくて……でも、薬を盛っているなら、傷つけずに運ぶのが目的だと思うから……」
だから自分が実験台になったというのか。
半兵衛は呆れ半分、落胆半分といった複雑な気持ちでうな垂れるを見下ろした。
「そういうのこそ、男の俺に任せればいいんだよ。とにかく、もう勝手に危ない事はしないって約束してよね」
「はい……」
うな垂れたの頭をぽんぽんと撫でて、半兵衛は満足げに微笑んだ。
「さて、と。まずはここから出ないとね」
半兵衛はから受け取った青地の上着を羽織ると、鍵穴の付いた取ってを引いた。がちゃり、と金属音を鳴らし、扉は固く閉ざされている。
質素な建物に不釣合いな頑丈な鍵だ。捉えた娘を逃がさないためだろう。
「壊すのは無理、かな」
となればする事は一つだ。誰かが外から開けるのを待ち、その期に乗じて逃げ出す。多少手荒なことになるだろうが、ここまで来てしまえば後はこの根城を壊滅させるだけだ。
「どうやって敵を呼び寄せるかだけど……、やってくれるよね?」
「え、」
「飛び切り可愛い悲鳴をよっろしく〜」
先ほどの意趣返しなのか、半兵衛はにやにやと笑みを浮かべるとの肩を叩いた。
「え、そんな、それだったら半兵衛様だって」
「俺、男だもん。女の子みたいに高い声は出ないよ」
そう言われてしまえば黙るしかない。は恥ずかしそうに両手を握ると、顔を上向かせた。
喉の奥から出すような高い声が漏れたかと思うと、
「な、なんだ、てめぇは! うわっ、ぐぅ」
扉の向こうから争うような声が響いた。
と半兵衛は顔を見合わせて扉に寄った。何が起こっているのかと半兵衛が鍵穴を覗き込んだところ、
「半兵衛様、危ない!」
が咄嗟に半兵衛の襟元を引っ張った。と、その瞬間、高い銃声と共に鍵穴に何かが当たり破裂するような音をさせて壊れた。
しゅうしゅうと立ち上る硝煙。火薬の匂いがする。
がたがたと扉が揺れる。何者かが、ここを開こうとしているのだ。
がたり、と派手な音をさせて扉が外れた。扉を押しのけて長身の男が姿を現す。緑を基調とした戦装束に、先に刃のついた鉄砲を肩に担いだ姿。
男が部屋の中に一歩足を踏み入れた瞬間、の袖下に隠した飛刀が幾多もの線を虚空に描いた。男の銃が素早く反転し、それを打ち落とす。
早い――――
が第二刃を放とうと構えた瞬間、銃口がの鼻先に向けられた。
「おっと、動かないでもらえるかな。その綺麗な顔に傷をつけたくないんでね」
西日を受けた男の顔が笑んだ。
だが、その笑みをあざ笑うかのように、背後に半兵衛が立ったかと思うと、その喉元に短刀の刃が突きつけられる。
「それはこっちの台詞だよ。に何かしたら、赦さないよ」
半兵衛の冷たい声音に本気であることを感じ取ったのか、男は銃を床に落としゆっくりと両手を挙げた。は素早く銃を拾い上げると、先ほど自分がされたのと同じように、男に銃口を向ける。
「あんた、何者?」
半兵衛の問いに男はへらりと笑みを浮かべた。刃と銃を突きつけられているというのに、ずいぶんと余裕だ。
「美女に攻められるってのも悪くないんだが、俺は攻めるほうが好みかなぁ」
「……軽口叩いてる余裕があるわけ?」
半兵衛はぐっと刃を喉に押し付けたが、男の笑みは消えなかった。じんわりと赤い鮮血がにじみ、喉仏をなぞる様に血の筋が垂れる。
だが、男は笑みを浮かべたまま、
「俺は雑賀孫市。すべての女性の味方さ」
end
女性の味方・孫市登場です。