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常世の瞳 14





 ねねと子飼い達の女装騒動より一日が経ち、半兵衛とは城下町より少し離れた林道にいた。
 おとり兼護衛で付いてきた半兵衛は、当然のように女人の出で立ちである。
 頭には女物のかつら、女物の小袖を纏い、顔には白粉を塗り紅まで引いている。
 ねねの手腕ともともとの整った顔立ちのせいで、どこからどう見ても女にしか見えない。しかもかなりの美形である。城下町を歩いていた時は、道行く男達がちらちらと振り返るものだから、腹が立って仕方がなかった。
 しかも、
「お綺麗ですよ」
 と、こちらの意をまったく解さず、も褒めるのである。
 屋敷では子飼い達にも存分に笑われ――――もちろん笑った分の仕返しはしたが――――外でもこの扱い。半兵衛の不機嫌はそろそろ極限に達そうとしていた。もしを守るという名目がなければ、今すぐにでもかつらを脱ぎ捨てている所だ。
「それ褒め言葉じゃないから」
 と、半兵衛は険を増すが、は不思議そうに小首を傾げてこちらの意図を理解しない。
 半兵衛は深々とため息をついた。
「それはともかくとして……本当にこんなので、人攫いに遭遇できるのかな」
 朝から人攫いのあった場所を廻っているが、そう簡単に出会えるものなのだろうか。そもそも目撃者もなく、人相すら分からない。
 人攫いなのだからすれた雰囲気のごろつき共だろうと勝手に想像しているが、そんなこれ見よがしな悪人がそうそう歩いているものでもない。
 そもそも人気のない場所を選んで歩いてはいるが、二人の前にその一味が姿を現すかどうかは天運次第だ。
「なんだか雲を掴むような話だなぁ」
 今更ながら半兵衛は杜撰な官兵衛の命に、不平を漏らした。
 で、
「大丈夫! 半兵衛様はこんなにお綺麗なんですから、いずれあちらから姿を現しますよ!」
 などと癪に障るような能天気な事を言っており、半兵衛は益々ため息を重ねた。
 と、その時、の足がぴたりと止まった。
「どうしたの?」
 訝る半兵衛に応えず、は双眸に碧の光を湛え、一心に何かを見入っている。千里の彼方を見通す常世の瞳だ。はここではない、どこか遠くを見つめている。
「半兵衛様」
 小さくが半兵衛の名を呼んだかと思うと、急に歩を早めた。何事かと付いて行くと、林道の先に一軒の茶屋が開いている。
 はその先でぴたりと足を止めると、
「疲れちゃったから、一服していきません?」
 と屈託のない顔で笑った。
 再び半兵衛が深くため息をついたのは言うまでもない。





「ほお、人攫いねぇ」
 茶屋の店主は顎に蓄えた白ひげを手で撫で付けながら、思案顔を見せた。
「そうなんですよ。この辺りでもう三人も娘さんが攫われているらしいのです」
 と、団子を片手にが答える。
 渋る半兵衛を聞き込みも兼ねてと口説き落とし、二人は茶屋の店先で腰を下ろしていた。二人の間には団子の乗った皿と、湯気を放つ湯のみが二つ。そのうちの一つをすすりながら、半兵衛は呆れ顔を顔に貼り付けている。
「さて、知らんねぇ。わしも長くここで店を構えているが、この道は人通りも少なくてのう。年頃の娘さんなら気付きそうなもんじゃが」
 すまんのう、と詫びて店主は店の奥へと引っ込んだ。その背中を見送ってから、だめだったね、と半兵衛が呟く。
「やっぱ、ちょっと探したくらいで、そうそう見つかるもんじゃないよね」
 今日はもう出直そう、と言いかけて、の瞳が再び碧に輝いている事に気付く。
?」
 声をかけると、は振り向かないまま顔に不適な笑みを浮かべた。
 と、枯れ木を折るような音が聞こえ、半兵衛は咄嗟に視線を廻らせた。林道の奥から人相の悪い男が三人、手に匕首を構え、薄ら笑いを浮かべながら近寄ってくる。
「ふうん。意外と当たりかもしれないか……」
 三人の男に囲まれ、さてどうしたものか、と半兵衛は思案した。
 どう見ても悪漢にしか見えないが、この者達が件の人攫いかどうかを確かめる術はない。痛めつけて吐かせてしまえば楽だが、もし人攫いの一味だとすれば、味方に異変を知らせることになりかねない。
 だが、別の種類の悪漢だとすると、このまま成すがままというのも危険だ。物取りの類ならまだいいが、傷つける事を目的とする輩ならの身が保障されない事が引っかかった。
 やはり、ここは正体を吐かせるか……
 半兵衛は隠し武器を手繰り寄せようと、そっと己の懐に手を忍ばせた。だが、手のひらを重ねてそれをがやんわりと止める。
?」
「半兵衛様、この人達です」
 小さく囁かれた言葉に、半兵衛は眉を密かに動かした。
「どうしてわかるの?」
 訝る半兵衛に、は今確かめましたから、と小さく答える。
 そして、
「後のこと、お願いしますね」
 意味深な言葉に、半兵衛の反応は一瞬止まった。と、その瞬間に合わせる様に、の体がぐらりと揺れた。
 手にした団子が指先から落ちる。まるで気絶でもさせられるように、は意識を手放すと、半兵衛の肩にしな垂れかかった。
? !?」
 抱き起こし声をかけるが、の意識はすでに失われていた。
 それを待っていたかのように、店の奥から黒い影がゆっくりと姿を現した。
 先ほどの店主だ。だが、愛想の良い笑みはどこへやら、冷たい視線でと半兵衛を睥睨すると、その手に持ったものをこちらへ突きつけた。それは鋭く研がれた包丁だった。
 それを目にして、半兵衛はようやくの碧の瞳が何を視ていたのか理解した。
「なるほどね。こういうからくりってわけ……」
 もはや抵抗は意味を成さない。半兵衛は降参を示すように両手を挙げると、大人しく捕縛される道を選んだ。



end


この半兵衛はまだ女装に慣れてません。
たぶん「たおやめ」の竹姫とは別の時系列の話。