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常世の瞳 08





 時は今より数年遡る。
 秀吉が信長の命を受け、ある城を攻めた時の事だった。
 官兵衛は前線に立ち、城の攻略を任されていた。兵力の差は歴然。篭城を強いられた守りも、もはや瓦解するのは必然となっていた。じわりじわりと獲物の首を絞める。そんな戦いだった。
 数日の内に城は落ちるであろうという頃、官兵衛の元に敵方の使者が訪れた。その使者は、錦糸の衣を纏った童女の姿をしていた。
 何故か両目を黒い布で覆い、侍女に手を引かれている。
 戦場――――ましてや星さえも見えない闇夜になんと不釣合いな姿か。
「何者か」
 問いただした官兵衛に、娘が答えた。
の遣いのものにございます」
 敵陣の、しかも数十人もの兵に取り囲まれているにもかかわらず、娘は物怖じした様子はない。代わりに、一人だけ連れていた侍女が、おろおろと視線を泳がせている。
の手のものが何用だ」
 間者というわけではあるまい。だが、なぜ敵陣にこのような童を送る必要がある?
 しかも――――この陣に辿り着くまでに、幾重にも張り巡らされた包囲網はどうやって抜けてきたのだ。
 娘はゆっくりとした仕草でその場に膝を折った。両膝の前に手をそえ、丁重に頭を下げると、
「命乞いに参りました」
 と、はっきりとした声で答えた。
「此度の戦、もはやに抗する兵は残っておりませぬ。落城するのは必至。なれば、我らに残されたのは、御方のお慈悲に縋るほかございません」
「ほう……我らに兵を退けというのか」
 はい、と娘が答える。
 官兵衛は後ろ手に手を組み、娘を値踏みするように見据えた。
 まるで女雛のような紅いうちかけに、幾重にも重ねた衣。姫と称されるべき身分の者だろう。
 黒布に目が覆われているため表情は読めない。だが、落ち着き払ったその態度からは、怯懦や恐れは感じられない。
「応じられぬな。信長様は滅せよと仰ったのだ。ならば、城主の首を得ずして如何に兵が退けよう」
「ですから……」
 娘が頭を上げた。
 何重にも巻かれた黒い布をぱらりとほどき、
「私の首を差し上げます」
 閉ざされた双眸がゆっくりと開かれた。
 碧緑の淡い光が、まるで瞳の奥から零れ落ちるように――――輝く。
「どうぞ、私の首をお持ちください」
 

 半兵衛はぱちり、と目を瞬かせた。
「ね、官兵衛殿。信長がを攻めたのって、けっこう前のことじゃないの?」
「そうなるな」
 と、感慨もない声音でさらりと答える。
「そうなるなって、じゃあ、その時のってまだ子供じゃん! それで一人で敵陣に乗り込んできたの?」
「正確には二人だが……まあ、一人と変わらぬな。侍女は目付け役だ。あれが逃げずに降伏を申し出るのを、見張れと言われていたのだろう」
 半兵衛ははあ、と感嘆の吐息を漏らした。
「ね、ね、ちょっと脚色しちゃってない? 俺の知ってると合わないっていうかさ。今よりも大人っぽく聞こえるんだけど」
「あれがああも腑抜けたのはここに来てからだ。環境に毒されたと言った方が正しい」
「環境ねぇ…」
 確かににぎやかな豊臣軍にいれば性格も多少変わるだろうが、人がそこまで変わるものかと半兵衛は訝った。
 もっとも官兵衛にしてみれば、卿もを変えたうちの一人だと言いたい所だが……。
 あえて声にはせず、官兵衛は続きを語る。
「あれはわらべ人形のように冷えた顔をしていた。目はそれ以上に、冷えていたがな……」



end

官兵衛殿の昔話その1です。
織田は昔ヒロインの家を攻めていて、ヒロインは和睦の身代わりに出されたという話。
オリジナル要素満載ですみませぬ…。