常世の瞳 06
西日を受けて二人の影が重なり合う。だが、それは真横でも、前後でもなく、上下に折り重なるよう伸びた影だった。
あの後の手配は、さすが軍師というべきか。てきぱきと男の身柄を拘束し、手に入れた書状も早馬で城へと送った。ついでに官兵衛に頼まれた荷物も一緒に送ってしまったようだ。手ぶらになった半兵衛は今、を背に負ぶっているという姿にある。
手配の中で一番手間取ったのが、を背に負ぶる事だった。いいです歩けます、を繰り返すを黙らせ、無理矢理担ぎあげるまでおよそ三十分。黙って負ぶられてればとっくに城に着いてたのに、と厭味とも意地悪とも言えぬ恨み言を言うと、はようやく消え入りそうな声で、
「面目ありません……」
と承諾したのだった。
そうして今に至るのだが――――は気まずさに、戸惑っていた。半兵衛に負ぶわれているという姿もそうだが、先の一件のことをどう説明したものか考えあぐねていた。
たまたま城下町を歩いていたら、間者の気配を察知した――――
などと、こんなごまかしが半兵衛に通用するはずもない。かと言って、正直に話すのも憚られるし、半兵衛が何も聞かないのも逆になんだか怖い。
もしかしたら、怒ってるのかも……
そんな事を考えていたせいで、と名を呼ばれたのに、
「ひゃい!」
と、変な返事をしてしまった。
「ね、昔話をしてあげようか?」
の気まずさなどそ知らぬ顔で、半兵衛は言う。
「む、昔話ですか?」
「うん。俺の住んでた美濃の話しなんだけど。いいから聞いて」
なぜそんな事を今話すのか…、には半兵衛の意図が分からなかったが、半兵衛の口調にはどこか有無を言わさぬ迫力があった。
「むかーしむかし、あるところに常世姫という名のそれはそれは綺麗なお姫様がいました。常世姫には不思議な力があって、千里の先も見通すことができました。常世姫の力のおかげで、戦は百戦百勝。常世姫の父親であるお殿様は乱世に名を上げ、一族は繁栄しました」
淡々と語る半兵衛の声に、はじっと耳をそばだてた。
「ところが、常世姫の力を欲した近隣の大名たちが、こぞって戦争をしかけ、決して安穏な日は訪れませんでした。兵は疲れ果て、田は荒れ、戦に勝てば勝つほど領民は困窮していきました。そして、いつの頃からか、常世姫こそが戦の原因だと、領民たちは逆恨みをし始めたのです」
夕闇の中に重なった影が一つ。長く長く伸びている。
「領民たちは鍬や鎌を手に、城を襲撃しました。勿論、常世姫がいる城の兵達が負けるはずがありません。しかし、いくら一揆を起こしたとはいえ、相手は守るべき領民たち。戦う武将たちも自分たちが何故戦わなければならないのか、次第にわからなくなっていったのです」
日が西に傾いて、みるみるうちに影が伸びていく。東の空には一番星が輝き始めていた。
「そして、ついに姫を守る武将たちさえも、災いの原因は姫だと思い始めたのです。すべては姫の力のせい。姫が神通力など持っていなければ、自分たちは争いもせず平和に暮らせたのに、と。そして、ついに悲劇は訪れ――――姫は殺されてしまうのでした。愛した父親の手によって」
夜が次第に訪れて、太陽は追い出されるように西の山間に沈んでいく。茜と藍を重ねた、美しい空が遥か彼方まで続いていた。
「姫は殿の手によって手厚く葬られましたが、以後その一族には何代かに必ず、異能の力を宿した女児が生まれるようになったのです。そして、その子供が生まれたら、必ず同じ名をなづけるようになったのでした――――そう、常世姫、とね」
そして、日の光は山間に沈み、辺りはとっぷりと日が暮れる。夜の帳が世界を包み込むように下ろされる。
「悲しいお話ですね…」
はぽつりとそう答えた。うん、と半兵衛が短く答える。
しばしの沈黙。ふいに半兵衛が口を開く。
「ね、常世姫はさ、自分を殺した一族の事を、恨んでいると思う?」
はすぐには答えなかった。東の空から顔を出した欠けた月を、じっと見つめ、
「恨んでは、いないと思います……。ただ、悲しかったんじゃないでしょうか」
「悲しい?」
「はい。信じた者に裏切られて、守るべきものに牙を立てられて、失意のうちに散っていったのなら……きっと、悲しかったと思います。だから、何度も生まれ変わって、同じ家に生まれるのでしょう。決して愛されないと……わかっていても」
いつの間にか降り注ぐ月明かりが、の姿を青白く浮かび上がらせた。
真昼の幽霊は、夜には本物の幽鬼となる。そんな戯言を信じてしまいそうになるほど、の姿は儚くて淡い。
きっと自分が負ぶっているのは、死した女の情念なのだ。そんな事を、半兵衛はふと思った。
だから重さがない。この現世に生きていると実感させる重さが、には著しく欠けている。
「現世の常世姫は、一家安泰の人身御供にされて亡くなったと聞いたよ」
「……そうですか」
「だから、俺が今負ぶっているのは、幽霊かな?」
は答えなかった。
振り返らなかったが、きっと困ったような笑みを浮かべているはずだ。
くすり、と小さく笑って、
「そうかもしれませんね。私は……死んだはずの人間ですから」
ああ、やはりそうか。
半兵衛は胸に広がる安堵のような後悔のような念を噛み締めた。
のつく下手な嘘で誤魔化されるほど鈍くは無い。だが、その嘘を知った上で、聞かずにいられるほどお人よしでもない。
「君は、常世姫なんだね」
答えはなかった。だが、立ち込める静けさと、実感のないの重さが、半兵衛に答えを伝えていた。
end
激しくオリジナル要素満載で申し訳ない。
これから官兵衛さんとかとの絡みも書いていきます。