常世の瞳 04
「、おねね様がりんご剥いたから食えって……」
手に盆を抱えたまま、清正はぴしりと凍りついた。兵法書が乱雑に放り出された、おおよそ年頃の娘に似合わぬ部屋。その中で寝息を立てている物体が三つ。
一つは部屋の主である。これは正しいからいいとして。
もう一つは白猫。がどこからか拾って来て、いつの間にか当たり前のように居座ってしまった。
そして、残る一つは……
「ふああ……よく、寝たー」
猫のような仕草で身体を伸ばす半兵衛。
なぜ軍師がこんな所に? というか、なぜと一緒になって寝ている!?
「ん、清正……?」
清正の気配に気がついたのか、が目を覚ました。
「お、おい、、どういうこだ? 病床の身で男と同衾するなんて、お前…」
「同衾? うつらうつらしてただけじゃない。相変わらず清正は変な事いうね」
と、緩みきった顔で笑うに、清正は言葉を失う。
「軍師さん……に変なことしなかっただろうな?」
と、半兵衛に問い詰めるも、こちらも変なことって? と薄とぼけた生返事。清正の言わんとしている事を理解している分、此方の方がなお質が悪い。
「だいたいお前、熱は下がったのか。またぶっ倒れて寝込んでたんだろ」
言っての額に手をやると、熱は引いたのかいつものようにひんやりとしていた。
「うん、調子いいみたい。それより、清正! 竹中様ってすごいんだよ。たったお一人で稲葉山城を占拠されてしまったの! すごいよね、さすが軍略家って感じ!」
と、目を輝かせて清正の手を取る。
また戦の話しか――この軍略馬鹿が。
清正はため息をついて半兵衛の方に向き直った。
「なんとなく事情は分かりました……でも、は病み上がりなんで……そろそろ退場してもらえませんか?」
「ええっ、大丈夫だよ。それより清正も聞かせてもらいなよ! 竹中様の軍略!」
「いいから、お前は黙ってろ」
妹と兄……いや、どちらかというと、ぽややんとした姉としっかり者の弟か。
そのやり取りだけで、がどれだけ大切に扱われているのかと言う事が見て取れた。
もっとも、姉に近づくものは全員敵といわんばかりの過保護ぶりには、流石の半兵衛も辟易せざるをえないが。
豊臣の家に隠された、謎の姫君。
先日の戦で見せた、あの鋭い眼光の事もあいまって、半兵衛の興味はに注がれていた。
とはいえ、いつまでも女の閨に留まるのは男らしくない。
「いいよ、今日は退散する。また話そうね、」
なるべく淡白に、それでも次の約束は取り次いで、半兵衛はひらひらと手を振った。
は残念そうな顔をしていたが、はい、また…と小さく返して手を振り替えした。
「、か……」
半兵衛は頭の後ろで腕を組みながら、呟いた。
病弱で線の薄い、幽鬼のような少女。日の光に照らせば、そのまま溶けてしまいそうな危うさ。
だが、それに反して戦で見せた、あの覇気が気になって仕方ない。
それにあの部屋に乱雑に広げられた兵書の数々。
「ちょっと興味、沸いてきたかな」
半兵衛は誰ともしれず、ふふっと笑みを零した。
と、まるでそれを見計らったかのように、
「止めておけ」
柱の向こうから、官兵衛が姿を現した。
あちゃ、軍議のことしっかり忘れてた……
てっきり怒られるのかと思いきや、官兵衛はいつもの無表情でじっと半兵衛を見つめている。
「な、なに?」
「忠告したまでだ。あれに近づかぬほうが、卿のためだ」
「あれって……のこと?」
返事は無い。だが、それ以外に答えはない。
「あれは豊臣でも秘された存在だ。不要に近づけば……卿に良からぬものを招く」
それが暗に半兵衛では手に負えぬといわれているようで、胸中にむくりと反抗心が芽生える。なら、官兵衛ならその良からぬものを扱えるのか。清正なら? ねねなら?
「いいじゃん、俺が興味あるって言ってんだから」
半兵衛はすねたようにそっぽを向く。
官兵衛は呆れたようにため息をつき、
「それで後悔しなければいいのだがな」