常世の瞳 02
「ちょっと分が悪いかな……」
ちろり、と舌を出して半兵衛は不適な笑みを浮かべた。
いくら策で追い返しても、織田の猛攻は止まらない。
「ま、龍興様があんなんじゃ、攻めたくもなるよねー」
呟いて、眼下の布陣を見下ろした。
数は拮抗。策で負けるとは思えないが、どうやら織田軍にも切れ者の軍師がいるらしい。
天守から見下ろしたときに見えた、あの顔色の悪い男だろうか。
「これは奇襲でもかけないとダメかな。趣味じゃないんだけどね」
独りごちながら、それでも半兵衛の行動は素早かった。
主力を秘密裏に城から動かす。今頃、織田軍はもぬけの空の天守を一生懸命攻めている頃だろう。
その切れ者の軍師がしてやられている所を想像し、半兵衛はくつくつと笑いを零した。
と、しばしいった先に、小柄な人影が佇むのを見つけ、半兵衛は馬を止めた。
「女の子……?」
戦場には不釣合いな、線の細い少女だった。瞳は強く前を見据えているが、華奢な肩や細い四肢がなんとも危なげで、薄幸の美少女という言葉を半兵衛に思い起こさせる。
一応武装はしているが、体に合わない肩当がまた少女を脆く見せていた。
「ねー、こんな所にいると危ないよ? ここは直に戦場になるからさ」
麓まで送ろうか、そういい掛けた途端、少女の唇がわずかに動いた。
「斎藤の軍師殿とお見受けいたします」
何故、自分が軍師とわかったのか、そういった疑問は一気に吹き飛んだ。
少女の言葉と共に、幾人もの兵が茂みの中から姿を現したのだ。
策が見破られていた? でも、どうやってここに?
疑問が胸中に沸き起こるが、それを頭の端においやって半兵衛は応戦する。
突然の襲撃。こちらの分が悪い。一人、また一人と味方が倒れていく。
「ったく、力仕事は柄じゃないんだけどな」
誰に聞かせるともなく、知れずこぼれた愚痴に、半兵衛は独り笑った。
もし、自分の策を見抜いたのが目の前の少女だと言うのなら、この娘が切れ者の軍師ということになる。
まったくの予想外。自分もこんな成りをしているが、まさか敵方も女子供でくるとは。
「御首、頂戴仕ります」
物騒な事を言いながら、少女が切り込んできた。有無を言わさぬ剣撃。なかなかの使い手のようだ。
が、
「腕力なら、さすがに負けないでしょ」
半兵衛は空中でくるりと回転すると、羅針盤を目いっぱい少女の剣に叩き付けた。
力で押されて、少女の体が後方に跳ねる。背中をしたたかに大木に打ちつけ、少女が小さく悲鳴を上げた。すぐさま、剣を構え攻勢に転じようとするが、
「はい、ここまで。物騒なものは捨ててくれる?」
半兵衛の羅針盤が少女の喉下に刃を付きつけていた。
少女は苦しげにうめくと、手にした剣をぎゅっと握り締めた。
この状況下で反撃するつもりなのか……。もう勝負は決している。勝てない勝負をするほど馬鹿なようには思えないが、少女のあきらめもまた悪かった。
「ね、頼むよ。俺、女の子を傷つけたりするの、趣味じゃないからさ」
言うと、少女の鋭い瞳がきっと半兵衛を見据えた。
「女だと思って……馬鹿にしないでください!」
どうやら舐められたと勘違いしたらしい。そういう意味合いで言った言葉ではなかったが、少女の矜持を傷つけるには十分な言葉だったのだろう。
それに……、こんな顔で強がられてもね。
間近で見れば見るほど、少女の戦場に不釣合いな儚さを意識せざるをえなくなる。上気した薄紅の頬、わずかに涙ぐんだ瞳、微かに震える両肩。
敵でさえなければ、思わず抱きしめて包み込んでやりたいとさえ思う。妙に男の庇護欲を誘う姿だ。
殺すには惜しい。策を看破されたことも気になるし、持ち帰ってしまおうか。
そんな不埒な事を思い浮かべていると、突如背後から青い光の塊が半兵衛を襲った。
敵襲!?
瞬時に宙を蹴り、攻撃をかわすと、続いて第二撃が繰り広げられる。巻き上がる砂煙の向こうから、繰り出される攻撃に、半兵衛は後退を余儀なくされた。
砂煙の向こうで、水晶のような玉を手にした顔色の悪い男が、少女の前に立ちはだかるように佇んでいる。
「ふーん、あんたが噂の軍師殿?」
答えはなかったが、繰り出される攻撃を受ける限り、こちらに間違いはないようだ。
では、あの少女は一体……
視界の端で少女の瞳が碧く光ったように見えた。
「官兵衛様、織田本陣が動きます!」
この鬱蒼と茂る森を見渡して、なぜそう感じたのだろう。答えが無いまま、官兵衛と呼ばれた軍師はじりりと半兵衛との距離を保ち撤退にかかる。
「今は退く。命が惜しくば追うな」
それだけを残して、軍師と少女を乗せた馬は森の向こうに消えた。
振り向きざまに見せた少女の両眼が宿した碧い光が、いつまでも暗闇の中で光を残していた。
end
ヒロインは秀吉配下なので、今はまだ敵です。