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 それはそれは美しい顔でにっこりと。
 思わず見蕩れてしまいそうな美しい笑みを浮かべると共に、桜色の可憐な唇が鳥のさえずりのような声で告げる。
「いっぺん死んどく?」
 そして死の宣告と共に鳴り響く、轟音――――




その娘、凶暴につき





 客観的に見るならば、は薄幸の美少女に属する類の者である。深く知る者は少ないが過酷な生い立ちに、病弱な身体、線が細くて頼りなさげな風貌は、意図せず見る者の心を奪う事がある。
 内面もそれに相応しく、礼節を弁え出過ぎる事をせず、常に人を立てる事を忘れぬ謙虚さを持つ。
 口調は穏やか、口数は多くなく、だが肝心な時には鶴の一声とばかりに、的確な言葉でその場を収める知能を持っている。
 まさに才媛と呼ぶに相応しい。
 その思わず守ってやりたくなるような姿と、慎ましやかで大和撫子然とした心根に、懸想をする男も多くいるのだが――――事実は若干異なる。
「ねえ。正則は馬鹿なの? そうなの? 死んじゃうの?」
 粉塵の中をゆっくりと歩みながら、は笑みを崩さぬまま尋ねた。
 ひぃぃっと正則は悲鳴を上げて、地に腰をつけたまま後ずさる。
「ま、待て、! これにはふかーい深いわけがひぃぃっ!」
 ひゅんっとの放った飛刀が正則の頬を掠めた。たらりと垂れた血が汗と交じってぽたりと落ちる。
「正則。言い訳に深いも浅いもないんだよ? 内容にかかわらず、さらっと血祭りに上げてあげるから覚悟しなさい」
 ふふっと笑みを零して、は長い着物の袖を軽く振るった。その一挙動での指先に無数の飛刀が握られる。
「終わったな」
「ああ、終わった……」
 どこか遠い目で事の成り行きを見守っていた清正と正則が、そろって呟いた。
「お、おい、助けろよ!」
 と、正則が助けを求めるものの、二人とて命は惜しい。二人は哀れみの目で正則を見やると、胸中で南無三と唱えた。別に仏心が正則を救ってくれるとは思わないが――――それが死に往く正則に出来るせめてもの餞である。
 この薄情者! と正則が叫んだが、清正と三成はとばっちりを受けないように、そそくさと屋敷の中へ入っていった。
 庭先に残されたのはと正則のみ。
 は依然、天女のような美しい微笑みを浮かべたまま、
「いっぺん死んどく?」
 そして正則の絶叫と轟音が響くのだった。






 その悲鳴を、半兵衛は執務室で耳にした。
 もはや時間はない。
「卿は何をしている」
 手当たり次第に身の回りの物を風呂敷に突っ込む半兵衛に、官兵衛が呆れたような顔で問うた。どうせ下らぬ返答しかあるまいと思いつつも、どこかへ遁走するつもりなら、その前にたまった職務を果たしていってもらわねば困る。
「官兵衛殿、お願いここは見逃して! 返ってきたら三倍働くから!」
 まるで仏像に手を合わせるように半兵衛は官兵衛を拝んだ。
「卿のその言葉はいい加減聞き飽きたのだが?」
 ふんと鼻を鳴らすと、そこをなんとかさぁ! と半兵衛は更に手をこすり合わせた。
 もっとも――――止めたところで聞くような男ではない。
 官兵衛はため息を付くと、さっさと行けと促すように手を振って見せた。
「ありがとう、官兵衛殿! 次は俺が助けてやるからさ!」
 次というのが何を指しているのかは分からないが、半兵衛は今度は官兵衛に向って拍手を打つと、手早く風呂敷を背負い上げた。
 じゃあ、と手を挙げて今まさに庭先に出ようとした瞬間、閉じられた襖が勢い良くすぱんと音を上げて開いた。
 その瞬間、半兵衛の顔から血の気が引く。
 現れたは妙に上機嫌な顔――――否、顔は笑んでいるが背後に纏った空気は妙に重々しい。
「どちらへ行かれるのです、半兵衛様?」
 にこにこと笑みを浮かべたまま、半兵衛に問う。
「え、ええと……弟が急病だっていうから、見舞いに」
「そうですか」
 は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと半兵衛へと向った。それに応じるように、半兵衛はじりじりと後退する。
「あのさ。俺、いつものの方が好きだな」
「そうですか」
「だからさ、その……物騒なもの、仕舞わない? 俺、ほら、丸腰だし」
「そうですか」
「えーと、……さん? 俺の言ったこと聞いてる?」
「勿論です。つまり要約すると――――血祭りって事ですよね?」
 が美しく微笑んだのと、半兵衛が身を翻して裸足のまま庭先に飛び出したのは同時だった。
 の手の平から飛び出した飛刀が、半兵衛の風呂敷に容赦なく刺さる。
「ちょっ、! 待った、待った、待ったーーー!」
「問答無用です! 半兵衛様、御覚悟っ!」
 逃げる半兵衛。追う
 秀吉一家の中では珍しい構図だが、こうなってしまっては誰も止める事はできない。
 裸足のまま年甲斐もなく駆けて行く二人に、官兵衛のため息は届かなかった。





 客観的に見るならば、は薄幸の美少女に属する類の者ではある――――のだが、時としてそれに似つかわしくない言動を取る事を、余人は知らないだろう。
「まったく。最初から素直に謝ればいいんです」
 と何度目かの皿を平らげ、は湯飲みをずずっとすすった。
 城下町のとある茶店の店先にて。緋毛氈の敷かれた縁台に腰を下ろしたと、その足元でぼろぼろの姿を晒す正則と半兵衛。
「だって……たかだか饅頭であんなに怒るなんて……」
 ぶつぶつと不平をもらす半兵衛だったが、が一睨みすると、ナンデモアリマセンと口を噤んだ。
 事はものすごく単純で、が大事に戸棚にしまっておいた饅頭を、正則と半兵衛に平らげられた事が原因だった。
 ごめんごめんと二人はあっけらかんとした顔で謝ったのだが、の怒りはその程度では済まず、あの惨事を引き起こすことになった。
 端から見ればなんと下らない――――当事者達もを除いて下らないと思ってはいるのだが、その侮りが仇となったのだから、もはや軽々しく口にする気にもなれない。
 ともかく、三倍の量の団子をおごるという事で、ひとまずの決着はついたのだが――――
「今度、私のおやつを食べたら、飛刀で脳天かち割りますからね」
 と、やはり美しい笑みを浮かべながら物騒な事を口にするこの娘。
 薄幸の美少女、ときどき、凶暴。
 決して持ち主不明の菓子は口にしないと、二人は心に強く誓ったのだった。



end


ついに半兵衛にも飛刀を飛ばすようになりました。
半兵衛と正則がコンビで出てくると、たいていろくな事が起こらない。