なぜ、こんな事になったのだろうと、熱の篭った頭で某然と考える。
風邪ひきは自分ではなく、目の前にいる三成本人。だと言うのに、限界まで高まった熱と鼓動は、まるで肌から肌へ伝播する様にに身体へ移り。
某然とする頭では冷静に物事を測れない。
どうしてこんな事になっているのか、なぜこんな事になってしまったのか、原因と結果、そして打開策にこの後の想定、それら全てが紡がれかけて、途中でまるで水の中に落とした墨のようにじわりと滲んで溶けていってしまう。
何度も計算をしかけるのに、等号の先は形にならず、答えのでないまま計算過程を繰り返す。
そう――――自分は風邪をひいた三成を見舞いに来て、三成はたちの悪い流行り風邪に苛まれて。
それでどうしてこうなった……?
とくりとくりと、いつもより早い鼓動が伝播するように伝わる。
一分間に六十回弱しか鼓動を打たないはずの心臓が、今は早鐘を鳴らすように鳴り響く。
胸で鳴り響くはずの音が、なぜか耳の奥から聞こえて――――その音に、頭も、心も、支配されそうになってしまいそうになる。
「鼓動が……早い」
心臓の音を確かめるように、目を閉じて耳を寄せていた三成が、ふいに呟いた。
風邪に浮かされた熱っぽい眼差しが注がれて、居心地が悪い。
逃げ出したいのに、褥の上に押し付けられた身体は、まるで影を縫い付けられてしまったように動かない。
笑ってしまえば、何もかも冗談になってしまいそうなのに――――注がれる視線は、ただただ切なく真剣で、それを嘘にも戯れにも出来ないは、三成の熱が肌から肌へ伝播して行くのを受け入れるしかなかった。
伝播する鼓動
「夏風邪は馬鹿がひくんだぜ!」
と、ずいぶんと嬉しそうに宣まったのだった。
いつも馬鹿にされている正則にとってそれはまさしく好機であり、日ごろの恨みとばかりに馬鹿だ馬鹿馬鹿と散々罵倒しまくった。
夏だというのに綿入れを着込んで氷嚢を額に乗せた三成は、五月蝿いどこかへ行けと訴えたのだが、しゃがれた声ではうまく言葉にならなかった。
枕元には正則と清正、そして粥を運んで来たが正則を咎めるように顔をしかめている。
「正則。三成は病人なんだから、煩くしないの」
まるで子供を叱るように咎めると、だってようと正則は唇を尖らせる。
「いっつも偉そうなこと言ってるくせに、夏風邪なんてひいてるんだぜ〜? こりゃ俺以上の馬鹿だよな!」
俺以上というのが何を基準にしているのか――――むしろ馬鹿は風邪をひかないではないのか、とは訝ったわけだが、こんな時くらいしか小うるさい三成を言い負かすことは出来ないのか、楽しそうにしている正則に正論をぶつける気にはならなかった。
どうにかしてよ、と呆れ顔で清正に訴えかけると、の意を汲んだのか清正は正則を肩を引っ張った。何だよ清正ぁ、と文句を言いながらも、それに従うのは素直で良い。ただ願わくは、もう少し歳相応に育ってくれれば良いのだが――――それは今更案じても仕方が無いだろう。
煩いのが居なくなって安心したのか、三成は熱っぽい顔のまま安堵の吐息を漏らした。
「三成、起きれる?」
肩に手を回し助け起こすと、その腕を掴んで三成がゆっくりと身体を起こした。
三成の手が触れた箇所が熱くて、その熱さに驚く。
「熱、ひどいね」
額に手を乗せ熱を測ろうとすると、子供にするような仕草が嫌だったのか、三成の手がそれを跳ね除けた。
放っておけ、としゃがれた声が告げる。
必要以上に構われたくないという三成の性格は理解しているつもりだが、風邪をひいた時まで意地を張らなくてもいいように思う。しかも、まったくの他人と言うわけではないのだ。看病くらい素直に受けてくれてもいいだろうに。
「もう、こんな時くらい素直になりなさい」
腰に手をあて、ねねがそうするように叱ると、ますます鬱陶しそうに三成が顔をしかめた。
だが、それを無視して粥を口元に運ぶと、しばし渋い顔を作っていたが、やがて根負けしたのか仏頂面を崩さないまま大人しく口を開いた。
素直に粥を咀嚼する様は、まるでひな鳥の餌付けのようで見ていて可愛い。
「弱ってる三成って……なんか可愛い」
と、黙々と粥を咀嚼する姿を眺めながら、がからかうように零す。
煩いと言わんばかりの顔で睨まれたが、いつもの偉そうな反論が出来ないので、ついつい苛めたくなってしまうのだ。そういう意味では、も正則と大差ない。
可愛い、可愛いと頭を撫でていると、ふいに三成の手が粥を運んでいたの手首を掴んだ。
流石にやりすぎたかとが謝りかけた瞬間――――ぐるりと世界が反転した。
手にしていた蓮華が手から離れ、畳の上に取り落とす。
「あっ、染みに……」
なってしまう――――と続けようとして、の言葉は遮られた。
炎を飲み込んだような熱い何かが口の中に押し入ってきて、まるで言いかけた言葉を飲み込むようにの口内を蹂躙したのだ。
意識を一気に攫われたようにの思考は一瞬停止し、やがて三成の口が自分のそれを塞いだのだと知って、なおさらは深い混乱に陥る。
熱が、唇から、絡ませられた舌先から――――伝播するように移って。
ようやく唇を解放された頃には、体温も鼓動も顔の火照りも、すべて同化してしまいそうなほど熱くなっていた。
あまりの出来事に理性を取り戻せずにいるに向って、至近距離で三成が笑う。
まるで――――からかわれた腹いせに、してやったりと言う顔をして、
「風邪は他人にうつせば治るのだそうだ」
低い声で笑ったかと思うと、体中の熱を移そうとするように再び唇を繋いだのだった。
「夏風邪は馬鹿がひくのだそうだな」
と、ずいぶんと嬉しそうに宣まったのだった。
あの高熱はどこへやら、今はけろりと涼しげな顔で、の枕元に座した三成がしたり顔で告げる。
煩い、とは睨みつけたが、の悔しそうな顔など鉄面皮の三成に利くはずが無い。
三成は酷薄そうな笑みを浮かべての耳元に唇を寄せると、
「他人にうつせば治るかもしれぬぞ?」
低い声で囁いて、夏風邪以上にの体温を上げ、ひどく鼓動をかき乱すのだった。