この夢は殺伐夢です! 暗いです。幸薄いです。もやもやした終わり方をします。
ヒロインが情緒不安定、左近がちょっと腹黒いです。
それでも構わないという人だけどうぞ。
空の
秀吉がいなくなり、ねねもいなくなり、そして清正も、正則もいなくなった――――
清正の声に呼応し、幾人かの忠臣も徳川についた。
己の守ろうとしている豊臣とは、一体誰が集う家なのか――――時折分からなくなる。
深く息を吐くと、白い吐息が凍てついた空気に広がった。霜月と言えばもう冬も同じか。山野は紅葉に彩られ、舞い散る落ち葉が足元を埋め尽くす。
足を進めるたびに、乾いた枯葉が音を立てて砕ける。その音に気付いたのか、がゆっくりとこちらを振り返った。
「三成……」
が三成と行動を共にするようになってから、長い月日が経とうとしていた。正確に言えば清正や正則が豊臣を捨ててから、そしてが頼りにしていたあの黒い軍師が――――を捨てて、徳川に付いてから。
初めはが戦に出ることを禁じていた三成だったが、から千里眼の存在を打ち明けられ、不承不承戦に連れ行く事にした。大切な者を守りたいという気持ちはあったが、戦力に余裕がないのもまた事実。の諜報能力を用いれば、失わなくて良い兵を救う事ができる。
渋る三成に左近がその有用性を説き聞かせ、今の形に至る。以来、はこうして一日も欠かさず、朝夕と徳川勢の動きを調べ報告するようにしている。
「夕暮れは冷える。今日はそのくらいで良いだろう」
は頷くと、報告を簡単に纏め上げた紙を三成に渡した。その指先は凍りのように冷たい。まるで血の通わぬ人形のように白く、生きている温もりが欠如している。見ればは薄い小袖一枚で、防寒らしい物を一切着込んでいなかった。
「寒くないのか?」
自分の羽織を肩にかけてやると、は不思議そうな表情を返した。寒さで感覚すらも麻痺しているのか――――それにしても構わなすぎだ。
「もう少し自分の身を省みろ。見ていて、あまり気分の良いものではない」
馬鹿が、と付け加えられ、は少しだけ笑んだようだった。
そして小さく呟く。
「ありがとう、三成」
昔はもっと――――感情の起伏がある奴だと思っていた。よく笑い、よく泣き、くるくると変わるその表情に、心奪われ、いつの間にか恋に落ちていた――――
だと言うのに、手に入れた今、あの時のはいない。
まるで人形だ。等身大のひいなが、感情のない目で三成を見返している。
褥の上に組み伏せ、口付けを落としてもその表情は変わらなかった。それでも、三成は行為を止めない。まるで儀式のように粛々と同じ手順で進むそれは、いつしか日常のようになり、今では共にない日の方が少ない。
初めてを抱いた時――――破瓜の血が流れない事に、わずかに落胆したのを覚えている。勝手な感傷だ。己とて女を抱くのは初めてではない。あれだけ多くの男に想われていたのだから、一人ぐらい想いを通じた者がいてもおかしくはないだろう。
だが、そう納得する反面、確かに胸の奥底に醜い嫉妬の炎は灯っていた。相手は清正か、正則か、それともあの軍師か。問い質したいのを懸命に堪え――――吐き気さえ覚える。
どこかに感じる敗北感。それを抱いて、三成はを嬲った。
だが、どんなに酷く抱いても、は儀式のように決められた言葉以外口にしない。せめて身も心も振り乱し縋り付いてくれればと祈ったが、想いも空しく、二人の情事は決まった手順で決まり事のように、ただ粛々と進むだけだった。
うっ……うぅっ……
けだるい空気の中、微かな嗚咽に目を覚ました。ぽたり、と冷たい雫が頬に落ちる。
ゆっくりと目を開くと、すらりと尖る銀の刃が己の頭上に掲げられていた。
肌蹴た夜着を肩にかけ、三成の胸の上に馬乗りになり、が泣きながら短刀を構えている。自然と驚きはしなかった。いつかはこうなるだろう――――そう、心のどこかで思っていたからだ。
「なぜ、泣く?」
三成の問いには答えない。透明な雫が顎を伝い、三成の鼻先に降り注ぐ。
「俺を殺せば元通りになるのか?」
は髪を振り乱しかぶりを振った。否定というよりも、三成の言葉を拒むような仕草だった。
「俺を殺せば、清正が、正則が――――官兵衛が戻ってくるのか?」
は更に激しくかぶりを振る。
「では――――」
「そんな事わかってる! でも……じゃあ、どうしたら良かったの!? 空っぽの家で、私達……誰を待てばいいの?」
戦が起きなくても、戦に勝利しても、失ったものは二度と戻らない。
己が手放したらまだしも――――二人は捨てられた遺児も同じ。
皆、皆、誰も彼も、勝手に答えを出して、何も問わずに行ってしまった。
本当は共にありたいと、心の底から願ったのに――――なぜ、刃を交える仲になってしまったのだろう。
「俺の首を家康に差し出せば、お前の居場所くらいは出来るやもしれぬ。俺の首――――獲るか?」
差し込む月光を受けて三成の喉が、蝋人形のように白く光る。は短刀の柄を強く握り、大きく振りかぶって勢いよく突き立てた。
切り裂かれた布団の隙間から羽毛が舞って視界を隠す。
その手で三成を殺す事が出来たら――――まだ、救いはあったのだろうか。
は両手で顔を覆うと静かに嗚咽を漏らした。答えを出せずにただ泣き続けるを、三成はそっと抱き寄せた。
愛の言葉は告げない。睦言を繰るくらいなら、しつこいぐらいに抱きしめて、その身体を繋いだ方がいい――――
熱も香りも吐息も混ざり合って、そのまま溶けてしまえばいいと思う。
死ぬも生きるも、ここにこうして、二人別の存在であり続けることなど不要だ――――
「昨夜は冷や冷やしましたよ」
夜が明け、はいつもの人形の顔に戻っていた。昨夜の涙が嘘のように感情の浮かばない顔に、冷点を忘れたような薄着で今日も山に登る。
その姿を見つめながら、左近が妙に間延びした口調で告げる。
「人の情事の覗き見るとはいい趣味をしているな」
今更咎めるつもりもないが、そう堂々と言われては腹も立つ。
「そう言わないでくださいよ。これも殿に何かあってはいかんという、家臣の真心でしょう」
「真心か? 下心の間違いであろう」
「これは手厳しい。まあ、下心がないとはいいませんがね――――左近としては、あの方をこのままにしておくのは何分不安なもので」
口調はふざけた様な物言いだが、その瞳には軍師特有の狡猾な光が宿るのを三成は見逃さなかった。
「あの方は……危ういですからな。不安定なくせに、何かと人の心を不安にさせる。それに感化されて、殿がおかしな事をしないか――――左近は心配なのですよ」
もし三成を傷つけでもしたら、それを理由に遠ざける事はできよう。だが、迷いの刃は未だそこまで至らない。
「侮るな。俺はに殺されてやるつもりはない。あの狸を討つ前に死ぬわけにはいかぬからな」
「ほう? では、昨晩のあれは殺せないと分かっていながらの戯れでしたか。だとしたら殿もお人が悪い。きっと今頃、あの方の心は罪悪感でいっぱいですよ」
そして頼りなさげに風に吹かれる背中を見つめる。遠く山野を見渡す瞳の奥には、一体どんな感情が渦巻いているのか――――
「それでが詰まらぬ気を起こさぬのであれば重畳だ。俺も殺されてやるつもりはないが――――をお前に殺させるわけにもいかないからな」
目を細めておどけたような左近の顔を睥睨すると、左近はやれやれと肩をすくめて見せた。
頼みますよ、と苦笑とも微笑ともつかない笑みを顔に浮かべ、
「もし、殿に何かあれば、俺はあの方を斬らなくちゃならないんで。それだけは――――勘弁してくださいよ」
end
ヒロインが関が原まで生きて、西軍に付いたifの話。
ついに三成でも殺伐をやってしまいました。
暗くてすみません。そして左近が黒くてすみません!
でもギャグ夢ばかり書いていると、たまにこういうどうしようもないものを、
書きたくなってしまうのもまた事実……。