どんな風に声をかけても表情を変えず、ただ淡々と応答する官兵衛の事を。
本当は噂どおりの冷徹な男で、自分の事も鬱陶しく感じているのではないかと、柄にも泣く不安になっている事があった。
だが、が――――不器用な官兵衛を代弁するように、くるくるとよく変わる表情で応えてくれたから、その不安はいつの間にか消えてなくなり、いつしか二人は半兵衛にとってかけがえのない存在になっていた。
自分はこの二人だけはきっと守ろう。どんな境遇に陥っても、どんな困難が訪れても、きっと自分はこの二人を守ると誓おう。
そう願っていた――――
人狼の館 2nd night
「嘘……だよね?」
に向けられた飛刀を前に、半兵衛は悪い冗談を聞いたように苦笑を浮かべた。
が自分を裏切るはずがない。これは何かの間違いだ。
そう自分に言い聞かせるが、は無言のまま鋭利な刃を半兵衛へ向け、一歩また一歩と歩みを進めていく。それに呼応するように、半兵衛もまたじりじりと後退した。
「覚悟を決めるのだな。偽者は早々に失せよ」
の背後で、官兵衛が冷ややかに言い放つ。官兵衛の冷徹な言葉など今まで幾度も耳にしたが、まさかそれが己に向けられる日が来ようとは思っていなかった。
そして何よりも――――の冷たい、とても人間を見ているとは思えない目が、暗い闇の底を映したような目が自分に向けられるなど、信じたくはなかった。
「……どうして……」
半兵衛の問いかけに、は小さくごめんなさい、と返した。
「私にはこれが本当に正しい事なのかどうか分かりません。でも、正しくても、正しくなくても、私は官兵衛様を選びます。そして、官兵衛様の未来のためには、あなたが邪魔なのです」
「っ……!」
はっきりと向けられたの敵意に、半兵衛は堪え切れないほどの衝撃を受けた。
両手をわななかせ、奥歯を強くかみ締める。
「どうして……はこんなくだらない遊戯の方が、皆より大切だって言うの!?」
その言葉に官兵衛がやれやれと肩をすくませるのが見える。まるで、化けの皮がはがれたな、とでも言いたげな様子だが、半兵衛はもはや形振りなど構っていられなかった。
「教えてよ! 正則も清正も、あの三成だって、にとって大切な家族だったんじゃないの!? それを殺して、騙して、こんなことしてまで大切なものってなに?」
「………」
「俺は信じないよ。皆と過ごした日のこと。俺は大切だったよ。大好きだったよ。俺と官兵衛殿とと、三人でずっと一緒に、」
そこで半兵衛の言葉は途切れた。
「え……あ?」
何が起こったのか理解できないまま、半兵衛はがくりと両膝を付く。
生暖かい何かが喉元から零れ、胸の辺りに染み入っていく。己の身体から噴出したそれを信じられず、半兵衛は懇願するような顔でを見上げる。
は無言のまま、半兵衛の眼前に迫っていた。
「……おれ、は、それでも……」
血に濡れた指先が何かを掴もうと、に向けて伸ばされる。
だが、それは届かなかった。
の放った二撃目が、容赦なく半兵衛の魂を刈り取ったのだ。崩れ落ちた半兵衛の双眸からゆっくりと、透明なしずくが頬を伝って血だまりに落ちた。
「官兵衛様、終わりました」
半兵衛の鼓動が完全に止まっている事を確認し、はその胸からずぶりと飛刀を引き抜いた。
血飛沫が飛んで、それがの頬を汚す。袖で拭い上げたが、それは消えるどころかますます広がり頬紅を塗ったように頬を染めた。
「終わったか」
立ち上がると、背後に官兵衛が立っていた。
の頬を撫で上げ、血を拭い去るのではなく、広がったその色を確かめる。
「官兵衛様、私も人狼になれますか?」
至近距離に迫った官兵衛の顔をじっと見つめたまま尋ねた。
官兵衛は顔を離し、短く諦めよ、と応えた。
「お前は私の眷属にはなれぬ。お前はやはり人間だ」
落胆したが、衝撃はなかった。心のどこかでやはりそうなのだろう、と思っていたからだ。
この遊戯に勝利しても、人狼に味方しても、自分が人外になれるわけではない。自分はいつまでも、どこまでも、愚かな人間のままなのだ。
の落胆を気遣うように、官兵衛がの頭を撫でた。
「案ずるな。お前は人間だが、同胞に変わりはない。私だけを信じよ」
告げられた言葉を使命として心の刻みつけるように、は瞑目するとゆっくりとうなづいた。
これが私の世界――――
人間のしがらみを捨て、人外に落ちた、私の。
予想していたほどの喜びはなく、劇的な変化も何もない。
だが、一つの決別をしたのは確かだ。
私は人間を捨て、人外を選んだ。今までの世界を捨て、背徳的な未来を選んだ。
だから、これはきっと喜ぶべきこと――――
「どうかこの命が潰えるまで、お側に」
縋りつくように官兵衛の手を取ったの双眸から、人間の頃に持っていた感情の残滓がすっと流れ落ちていった。
end
セカンド・ゲーム、人狼勢力の勝利です。