自分だけが、自分の味方であるという、それだけが――――真実。
人狼の館 2nd night07
半兵衛のかけた労いの言葉に、の心は躍った。
心酔し、この身さえ捧げても惜しくないと盲信する人狼が、今まさに目の前にいる。その事実に、頭が嬉しさでどうにかなってしまいそうだった。
まるで犬の仔でも撫でるような仕草で、半兵衛はの頭を撫でると、
「よくやったね。後は最後の一人を始末すれば……俺たちの勝ちだよ」
すらりと懐の刀を抜き、官兵衛に切っ先を向ける。
その表情にいつもの半兵衛の無邪気さは見当たらない。相棒と呼び親しくしていた官兵衛へ、刀を向ける事すら厭いはしなかった。
それに倣うようにも飛刀を抜きかけ――――
瞬間、官兵衛の大きな手が、を攫うようにぐいと強く引っ張った。
「な、」
驚いたの顔を、官兵衛のいつもの、あの不機嫌そうな凶相が見下ろしている。
半兵衛の言葉にも、の告白にも動じず、いつも通り、と半兵衛に向け続けてきた顔で、じっとを見つめ、
「謀られるな。私だけを信じろ」
の瞳が動揺で揺れた。
「……なにそれ、どういうつもり?」
半兵衛の両眼に剣呑な光が灯る。
官兵衛は半兵衛の方を見ながら、あくまでへ説明するような口調で告げる。
「あれは偽者だ。私を殺したあと、お前を殺そうと企んでいる。偽の狼になど耳を貸すな」
半兵衛がくしゃりと顔を丸め、喉の奥から搾り出すような笑い声を零す。
「クク、クッ……なぁに、それ? それでを騙そうって言うの? 甘いんだよ、官兵衛殿は」
「卿こそその耳障りな嗤い方は人狼のつもりか? 見るに耐えない演技だな」
官兵衛な冷静な返しに、半兵衛はさらに喉を震わせて嗤った。ちらり、と視線をに向け声をかける。
「ねぇ、考えてみてよ。官兵衛殿がもし人狼だたったらさ、なんで官兵衛殿は昨日勝手に投票を始めちゃったりしたのかな? おかしくない?」
半兵衛の問いかけに、はびくりと肩を震わせる。
そうだ。昨日、元就に妖狐吊りを提案された時、官兵衛は皆の意見がまとまる前に、独断で投票を始めてしまったのだ。
その問いに答えたのは官兵衛自身だった。
「愚問だな。妖狐を生かしたままにしておけば、今日の時点で敗北が決まる。卿にはその程度の事も分からぬのか?」
「分かってないのは、官兵衛殿だと思うけど? 確かに元就公をあのまま吊ってたら、俺たちは敗北していた。でも、率先して官兵衛殿が動いたのは、人狼にしては早計すぎると思うけど?」
考えてみてよ、と半兵衛は手を広げて見せる。
「もし人狼だったら、自分が疑われるような動きは絶対にしないよね? なのに、あんな目だった真似をして……もし、みんながその後、投票に付いて来てくれなかったらどうするつもりだったのかな? 官兵衛殿に不信感を覚えて、皆が官兵衛殿に投票したら?」
「結果的に投票は行われたわけだが? あの場に居た誰もが、先に妖狐を始末せねばならない必然性を感じていた。さらに言えば、私は二人の占い師より人間であると判定を得ていた。あの場において、もっとも影響力があると言えると思うが?」
官兵衛の反論に、半兵衛はどうかなぁ、と首を傾げて見せる。
「なら尚更、官兵衛殿が言い出さなくてもいいと思うんだけどね。必然性を感じてたんなら、官兵衛殿が黙ってたっていずれ誰かが言い出したよ。それこそ、狂人であるが助けてくれるはずだ」
確かに。
あの時、もし官兵衛が投票を進めず、もし話題が元就吊りに動いてしまっていたら――――は何としてでも妖狐吊りを推していただろう。
「ならば、私も言わせてもらおう」
官兵衛はあくまで表情を変えず、淡々と半兵衛の不自然を説明する。
「なぜ、卿は元就からの妖狐の疑惑を受けながら、それを甘んじて受けるような真似をした? 卿が仮に人狼であるならば、疑いをそのままにしておくのは危険なのでは?」
「それはあの時点ではもう、元就公の言葉に説得力がないと思ったからだよ。二人の占い師に黒判定を出されて元就公は限りなく怪しい存在になった。そんな人の言葉にわざわざ反論して、ボロを出しちゃう方が間抜けじゃない?」
「ふむ。では、投票前に元就を妖狐と疑ったのも、そのボロとやらか?」
あの時――――元就は誰よりも人狼に近い位置にいた。その元就に向かって、半兵衛はもしかしたら妖狐だったりして、と零した。
「卿が真に人狼であるならば、占い師の内訳が狂人と妖狐である事はすでに分かっているはず。それをわざわざ、元就に妖狐の疑いを向ける意味が理解できぬ。それはつまり、卿が最後まで元就への疑念を捨てられなかった証拠――――卿が人間だからではないか?」
官兵衛の静かな冷ややかな両目が半兵衛を見下ろす。
官兵衛の詰問には動揺を隠せない。
だが、半兵衛は臆さず、やだなーと笑みで受け流した。
「人狼だったら、それこそ人間の振りはするべきでしょ? むしろ、独断で走りすぎた官兵衛殿は、人狼にしちゃ警戒心がなさ過ぎだと思うけどね。それに俺が何をあの場で言ったって、あの時投票を終えてないのは俺だけだったよ。俺の発言を受けて、投票先を誰かが変えるなんて事はあり得なかった」
「だから発言したと? 人間の振りをして」
「そうだよ。俺は官兵衛殿と違って、最後まで隙を見せたりなんかしないから」
片や人狼の狂気を湛え、片や人狼の冷徹を纏い、二対の瞳がじっと互いの嘘を暴こうと向けられている。
頭上を通り過ぎていく二人の厳しい視線に、はただ困惑するばかりだった。
選ばなければならない。
この二人のどちらかから、本物の人狼を。
あと一人――――あと一人、邪魔者を始末する事さえ出来れば、私の世界は満たされるのだから。
は意を決すると、二人の注意を促すように名を呼んだ。
「……一つだけ、質問をお許しください」
二人の瞳が、半兵衛の打って変わった優しい微笑みと、官兵衛の変わることのない幽鬼のような凶相が、に注がれる。
そして、
「もしご自分が本物の人狼だと仰るのなら……教えてください。なぜ、あの三人を殺したのですか?」
end
通常の人狼ゲームと真逆の人狼騙り。
ヒロインの問いかけに二人の答えは?