Text

 これは残酷なゲームです。
 欲望と狂気と小さな祈りのゲームです――――




人狼の館





 目覚めるとそこは閉じられた空間だった。
 明り取りの窓が壁の上部にわずかに開いているだけで、密閉された薄暗い空間だった。
「う……」
 は朦朧とする意識のまま起き上がった。
 部屋の中を見渡す。六畳ほどの小さな部屋の中に、薄っぺらい布団。それだけの部屋だ。窓から差込んだ光に、埃が反射してきらきらしている。
 はそれを眺めながら、ぼんやりと記憶を手繰った。
 ここはどこだろう――――
 いつもの見慣れた自室ではない。まるで罪人を閉じ込める牢獄のような造りの、質素な部屋という事しかわからない。
 布団のほかには何もなく、窓とは反対側の壁に木製の扉があるだけだ。
 ここは――――なに? 官兵衛様は……? 半兵衛様は……?
 は何も思い出せない頭を苛立たしげにふるふると振ると、よろつく足取りで扉へと向かった。
 頑丈そうに見えた扉は力を入れるとすんなりと開いた。
 は恐る恐る足を踏み出し、そこに見知った顔ぶれを見つけた。
「あ……」
「良かった、! 無事だったんだね!」
 ねねが今にも泣きそうな顔で駆け寄ると、の身体を力いっぱい抱きしめた。
「おねね……様?」
 驚きつつねねの肩越しに、そこに集まる面々の顔を順に見やる。
 秀吉に両兵衛、子飼いの三人、左近、信長、濃姫、元就、立花夫妻、そして幸村、くのいち、甲斐姫。
 これは一体なんの集いだろうか。会合と呼ぶにはずいぶん質素な場所にいるように思う。が目覚めた場所と同じく、彼らが集まる場所もまた明り取りの窓ほどしかない薄暗い空間だった。
 木張りの床に壁には無数の扉。申し訳程度に丸茣蓙が中央に並べられている。
「おねね様、あの……ここは一体?」
 戸惑いながら声をかけると、ねねが顔を曇らせてじっとを見つめた。
 ねねは泣いていた。はらはらと涙を流し、ぎゅっとを抱きしめ、
「あたしが守ってあげるからね。絶対、絶対、死なせたりしないから……。だから、は何も心配しなくていいんだよ」
「え……?」
 死なせる――――
 わけが分からない。
 自分は死の危険に晒されているのか。それにしては場は不気味なほどに静まり返っていて、血生臭い騒乱とは程遠く見える。それに今は織田と彼らの和議が成り、ひとまずの休戦状態にあるはずだ。兵もなく、要人ばかり集まるこの場所で、一体何が起こったと言うのだろう。
「おねね様……私、状況がよくわからなくて……」
 困惑した表情でが告げると、秀吉が助け舟をだすようにねねの肩を優しく叩いた。
「ねね。気持ちは分かるが、ちゃんと説明してやらにゃならん。も……もう当事者じゃろ」
「お前様……」
 ねねはぐいと涙を手の甲で拭いあげると、の手を取り、部屋の中央へと導いた。
 部屋に集まった面々がそれぞれにの顔を見やる。が、そのどれも暗く、あるいは無表情で、とても穏やかな空気には感じられなかった。
。あのね……落ち着いて聞いてほしいんだけど」
 そう前置きして、丸茣蓙の上で足を崩した半兵衛がを見上げた。
「俺たち……何者かに拉致されたみたいなんだ」
「拉致……?」
「捕まったって事。で、この良く分からない建物の中に閉じ込められてる」
 は驚いて、周囲に目を走らせた。
 日の本の命運を揺るがす名将が集っているというのに、そんな事がありえるのだろうか。一瞬、荒唐無稽な冗談のように思えたが、を取り巻く人々の顔に冗談は欠片も浮かんでいなかった。
「そんな事……でも、どうして……? 誰が?」
 瞬時に天下を狙う大名の名が脳裏に浮かぶ。この場にいない上杉? それとも伊達?
 だが、の予測を裏切るように半兵衛が首を横に振る。
「たぶん……いや、こんな事信じられないんだけど……俺たちを拉致したそいつは、きっと人間じゃない」
「え……?」
「あやかしの類という事だ」
 今まで沈黙を保っていた官兵衛が、ふいに口を開いた。
「あやかし……ですか?」
 とても官兵衛の言葉とは思えない。官兵衛があやかし等という非現実的な存在を口にするなど、到底信じられなかった。だが、その官兵衛がそういうと断言するというのは――――
「まさか……」
「信じられない気持ちはわかるよ。私たちだってずっと疑心暗鬼なんだ。でも、そう信じざるを得ない状況でね……」
 元就がふうっと嘆息を漏らす。
 そのため息に呼応するように、幸村がふいに立ち上がった。
殿。私の動きを見ていてください」
 そして、すたすたと壁の方へと向かう。
 の眠っていた部屋と同じように、蔵の中のように土の壁だった。建てられてからずいぶん建っているのか、ひびの走る壁は所々土が崩れ、床にぱらぱらと落ちている。ずいぶんと脆そうな印象をは受けた。
 幸村はその土の壁に向かって、手にした大振りの槍を振り上げると、一気にその壁を突き上げたのだった。
 崩れかけた壁は幸村の渾身の一撃で、粉々に砕けたかのように思えた。
 だが、彼の放った槍は壁にひびを入れるどこか、一切届いていなかったのだ。
「嘘……、そんな」
 まるで見えない壁に阻まれるように、矛先がぶつかるぎりぎりの所でそれは止まっているのである。は目を見開いてその光景を凝視した。
「見てもらった通りだよ。壁への攻撃は一切効かない。君が目覚める前に、私たちが散々試したけれど、どんな事をしてもこの建物の中の物を傷つけることが出来なかったんだ」
 そう言って元就は茣蓙の端をぎゅっと掴んだ。少しでもほじくれば、藁の一筋でも抜けそうなものなのに、それはどんなに力を込めても損なわれる事はなかった。
「つまり……その……あやかしというのが居るのなら、妖術か何かで、私たちが逃げられないようにしているという事ですか……?」
「そういう事になる」
 応答した元就の顔には、苦渋と疲労がありありと浮かんでいた。
「そして、もっと最悪な事がある……」
 会話に割り込んだ半兵衛が、徐に自分の羅針盤を手にした。鋭利な刃の飛び出たそれは、刃を向けられるだけで恐ろしい。
 半兵衛はおもむろに立ち上がると、羅針盤を構え――――
「ッ!?」
 の目の前で、その場に集まった人々へ凶刃を放ったのである。




end


「人狼の館」開幕です。
本来、このゲームは最初の犠牲者が発見される二日目の昼から始まるものですが、
この物語ではゲームの説明も兼ねて一日目の昼から始めました。
なので、一日目の犠牲者はゼロ。
まだ全員が残っている状態となります。