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!CAUTION!
この話はマルチエンド2のさらに後の物語です。
ネタバレな上、若干エログロ表現が含まれますのでご注意ください。







































 濃厚な血の匂いと白濁した雄の匂い。
 喰われ、切り開かれ、裂かれ、暴かれたそれは今まで人狼に喰われたどの遺体よりも無残に見えた。
 暗闇を閉じ込めた大きな瞳から涙が頬を伝って流れている。それが乾ききらぬと言う事は、死んで間もないのだろう。触れればまだぬくもりがあるのかもしれない。真新しい死がこの身体には宿ったばかりなのだ。
 酷い事するねぇ、と元就が笑った。彼独特の好々爺の笑みは心中を読みづらいが、当然本心からの言葉ではあるまい。
 これを酷いと思うような心が彼に残っているとは思えなかった。
「ああ、気にしないでくださいよ。あと少ししたら元に戻ると思うんで」
 もはや見慣れたとでも言うような口調で、半兵衛が応える。だが、元就の視線を遮るように、その裸体に自分の羽織をかける事を彼は忘れなかった。
 その仕草を半兵衛らしいと思い、元就はくしゃりと顔を丸めて笑った。
 流石――――人間を裏切って、人狼についただけの事はある。
 こんな死体になっても……否、死体にするほど愛おしくて仕方がないとでも言うのか。
 言葉にするなら、きっと腹の底まで好きで好きで仕方がないという所か。外側から愛でるだけでは飽き足らず、中を開いて見てみたい。その濃厚な血の匂いに触れ、器官の一つ一つ、臓物の繋がり、身体を巡る神経の隅々すら見たくて、触れたくて、仕方がない。
 そういう愛情を持ってしまったから、彼は人間を捨てたのだ。
「仲良く暮らしているみたいで安心したよ。なにせこの世界は退屈だからね。人間を苛める事くらいしか楽しみがないんだ」
 そう呟いて窓から覗く満月を見上げる。
 沈まない月はこの世界の象徴だ。永遠を約束されたこの世界では、何かを損なう事も、失う事もない。だが、同時にすでに損なわれ、失った世界とも言える。
 死に続ける世界。それがきっと一番しっくり来る表現だろう。
「苛めるなんて人聞きの悪い」
 くすくすと笑いながら、半兵衛は自分の膝の上に乗せたの頭を撫でた。本人は苛めている自覚などなく、その仕草は優しさに満ちている。きっと痛めつけたつもりも、苦しめたつもりもない。ただ本人は、“愛した”とだけ思っているのだ。
 接吻や性交と同列に並べられるような行為。
 だが、膝の上のは息すでにをしていなかった。
「まあ、君がをどうしようと構わないけれどね。そういう約束だったから」
「ええ。じゃなきゃ、こんな遊びに付き合ったりしませんよ」
 殺されるのを我慢してまで、と続け半兵衛はくつくつと笑みをこぼす。
 あの館で過ごした五日目の晩、半兵衛は狂人であるにもかかわらず人狼たちに喰われた。
 眠ったまま、言葉を交わすことなく、半兵衛は死に役目を終えた。
 会話が出来なかったのはあの館の規律の一つなのだろうが、それでも不満は残った。
 なぜ自分が喰われたのか、その理由は知りたかったのだ。
「俺が狂人だって、気づかなかったわけじゃないですよね? さすがにそんな間抜けな人狼に喰われるのは不本意ですよ」
 半兵衛が顔をしかめて見せると、元就は笑いながら首を振った。
「まさか。狂人以外に偽の役職を騙る者がいるかい? あの人数じゃ役職は吊り上げられるが必須だろうから、妖狐はきっと出てこない。なら、後は狂人しか残っていないよ」
 それもそうだ。それに半兵衛はわざわざ五日目に、ァ千代が人狼だと偽りの結果を伝えている。これ以上、間違えようのない合図だ。
「半兵衛が狂人だとちゃんと分かっていたよ。君が人狼の正体に気づいているであろう事も理解していたさ。だけど、あの時は左近が疑われて雰囲気が悪かったからね。すまないが君には犠牲になってもらったというわけさ」
「まあ分からなくもないですけどね」
 あのままいけば、次は元就が吊り上げられるはずだったのだ。
 だが、半兵衛の死により、甲斐姫が偽者と疑われた。あの場に残った者たちは人狼が味方である狂人を喰らうはずがないと思い込み、人狼に喰われなかった方こそ敵だと誤認したのだ。
 それにより、処刑の順番がずれた。
 まんまと最終日まで元就は生き延びたのだ。
「ああ、そうだ。一つ聞きたかったんだけど、人狼は宗茂が狩人だって知ってたの? あいつ、無能だったけど、それらしい素振りはしてなかったと思うんだけど」
 無能についてか、素振りについてかは分からないが、そうだね、と元就は同意した。
「私たちも確信があったわけではないよ。むしろ偶然に近い。あの時の私たちは誰が議論の邪魔になるかを考えていてね、同時に狩人と妖狐探しをしていた。宗茂を襲撃したのは単純に邪魔になると思ったから、もし妖狐ならさっさと吊り上げてしまうべきだと思ったからだよ」
「ああ、じゃあ、もしあいつが妖狐だったら、みんなを焚き付けて処刑するつもりだったんだ」
「そうだね。だからあの時点では狩人が死んだかどうかは分からなかった。ただ、死者はすでに六名を超えていたし、その中に含まれているかもしれないと思っていたけどね」
 それで四日目の晩に共有者である官兵衛を襲撃できたのだろう。賭けである事には違いないが、もし襲撃が失敗すれば狩人がまだ生きているという確認にはなる。それに官兵衛をいつまでも生かしておくつもりもなかったのだろう。人狼たちにしてみれば、官兵衛は共有者であると言うだけで議論の邪魔であるし、もう一人の共有者をいつまでも潜ませておくのも厄介だったのだ。
「しかし、幸村にはやられたなぁ。あの時、三成が殺してくれていなかったら危なかったよ」
 やれやれ、私もまだまだだね――――と、元就は肩をすくめて見せた。
 いずれは処刑なり、呪殺なりされていたかもしれないが、いつまでも生かしておける相手ではない。あのまま三成の呪殺がなかったら、遊戯の終了までに処刑する事が出来たのか謎である。
「ま、縁者が少なかったから仕方ないんじゃないですか。疑われにくいところにいたし」
 そう半兵衛が返すと、あれかぁ、と元就は頭を掻いた。
「あまり良い策ではなかったね。欠陥も多かった」
「え?」
「気づかなかったかい? あんなものは推理の邪魔になるだけだよ。あらかじめ左近が用意していた、人間たちにまともに推理させないための罠だよ」
「ああ――――そう、やっぱり」
 半兵衛は目を見開き、続いて乾いた笑いを浮かべた。
 流石の半兵衛もまさか初日から人狼の誘導を受けていたとは思わなかったのだ。議論が進むにつれ推理の邪魔になるとは思っていたが、そもそも推理を邪魔するために用意されたものだとは思わなかった。
 確かに一つの尺度にはなった。秩序らしきものがあるように見えた。
 だが、結局は――――外界のしがらみをあの館に持ち込み、誰と誰が繋がっていると余計な雑音を生んだだけにすぎなかった。
「獲物探しだけに使っていれば良かったんだろうけどね。あの面子じゃ、そうはいかないだろうから」
 そう言って元就は意地の悪い笑みを浮かべる。
 夫婦、主従、仲間、師弟――――そんな繋がりなど、あの館の中では無意味。そんな物などすべて捨てて、敵を排除する冷徹さを持つべきだったのだ。
「彼らに必要だったのは縁者なんていう仕組みじゃなくて、ただ相手を疑う非情さだよ。それが人間たちの敗因。そして私の――――君の勝因だろうね」
 元就はぎらぎらと輝く獣のような瞳を細め、ただ嗤った。





 が目を覚ますと、誰かが居た気配を暗闇の中に感じたが、月明かりに照らされたそこには半兵衛の姿しかなかった。
「あ、目が覚めたんだ」
 の覚醒に気づき、にこりと半兵衛が微笑む。
 優しい笑みにぞくりと悪寒が背筋を走る。
 半兵衛はいつもこの笑顔をに向ける。優しく、無邪気な笑顔を向け――――の身体をばらばらに引き裂く。まるで虫の足をもぎ取る善悪を知らない子供のような顔で。
「ぁ……は……」
 は半兵衛の名を呼んだがそれは声にならなかった。
 まだ潰された喉が完全に治っていない。身体も不十分だ。足を引きずるように、腕で這うようにしか移動できなかった。
 足を奪われたは、容易く半兵衛の腕につかまってしまう。その手を振り払おうとしても、力がこもらずただ半兵衛の手に自分のそれを絡めただけだ。
……、……っ」
 それしか言葉を知らないように、半兵衛がの名を呼ぶ。何度も、何度も、それが狂気の呪文であるかのように。
 唱えるほどに半兵衛は狂い、どす黒い欲をもたげてを喰らう。
 額に、まぶたに、耳、首筋、喉元――――まるで恋人のように口付け、接吻を施し、の中へ入り込もうとする。
 奥へ、奥へ――――皮膚の下、肉の奥に、自分をここまで高揚させ、蕩かせる秘密が隠されているとでも言うように。それを暴いて、永遠に手にしたいと言うように。
「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる」
 ついにまでも、自分は本当はただ愛されているだけなのか、殺されているのか分からなくなった。




人狼の館・黒 漆黒のとばり






end


蛇足ですが、人狼はあの時そんな事を考えていましたよ、というお話。
ちなみに半兵衛に捕まったヒロインは、半兵衛に殺され(愛され?)
再生しまた殺されるというのをこの世界で繰り返してます。