この話は七日目の昼に、三成へ投票した先の物語です。
ネタバレとなりますので、未読の方はまずそちらを読まれる事をお勧めします。
は暗い森の中を一目散に駆けていた。
何から逃げているのか、どこへ逃げようというのか、分からない。だが、一秒たりとも立ち止まってはいけないと、本能が告げている。足を止めればあれが――――あの禍々しい獣たちが襲い掛かってくる。
「なんで、なん、で、なんで……」
は涙を流す事も出来ず、唯々なんでと繰り返した。
の最後の記憶は、二人の男に組みしかれる瞬間で終わっている。その中には信じていた人も、大切な人もいた。
なのに――――
殺された。殺された。殺された。殺された。
私は殺された。
あの男達に。あの獣たちに。
獣達の爪が己の腹部に突き立てられた瞬間を覚えている。狼達の牙がの首筋に突き刺さった痛みを知っている。男たちがの唇から滴る血を舐め挙げ、美味そうに目を細めた光景を記憶している。
私は殺された。
人間を裏切った、あの獣たちに。
背後の闇から迫る荒い息は、きっとあの化物たちなのだろう。この常夜の世界で、を再び喰らい尽くすつもりなのだ。
厭だ。厭だ。厭だ。厭だ。厭だ。厭だ。厭だ。厭だ。厭だ。
もう殺されるのは厭。喰われるのも、絶望するのも、厭。
「誰、かっ……だれ、か、助け……」
自然と救いを求めていた。
救いの先は誰だったのだろう。初日に処刑されてしまったねねか、共有者だった官兵衛か、それとも――――
「、こっち!」
突如、ぐいっと腕をつかまれ、は茂みの中に飛び込んだ。驚愕のあまり声を上げそうになるの口を、白い手の平が塞ぎ、しぃっと口の前に人差指を当てる。
月明かりに照らされたその横顔は、五日目の夜に人狼に襲撃された半兵衛のものだった。
驚き目を見開くの背後で、獣たちの足音が通り過ぎていった。足音が遠く、聞こえなくなってから、半兵衛はそっとの口を放した。
「はんべぇ、様……?」
「良かったよ、に会えて。もう俺、会えないと思ってたから……」
「あ……」
「たぶん、ここが人狼の勝利した世界なんだろうね。あの月、ずっと沈まないんだよ。ここには夜しかないんだ」
そう言って、頭上の月を仰ぎ見る。
赤く禍々しい色のそれを眺め、半兵衛がふいに、ごめんね、と呟いた。
「のこと守ってあげたかったけど、俺が先にやられちゃって。怖かったよね……痛かったよね……」
暖かな両腕がの身体を包み込む。は半兵衛の胸に顔を埋めた格好のまま、身体中の力が抜け弛緩していくのを感じた。
「はんべ、様……半兵衛、様……」
今まで我慢した涙が、堰を切ったように溢れ出す。
半兵衛は子供にそうするように、の背を撫でて辛かったね、苦しかったねと慰めた。
「もう……厭です。こんなの……もう、狼たちに……食べられたくない……」
「うん」
「皆に会いたい……おねね様に、官兵衛様に……会いたい……」
「うん。うん。大丈夫だよ、」
「もう……一人はいやです。怖い……いや……」
「安心して。俺がずっと側にいるから」
「はんべえ、さまっ……はんべ、さまぁ……」
「怖がらないで。人狼なんかには襲わせない。は、俺が……ちゃんと残さず、食べてあげるからね」
「え?」
瞬間、視界が反転し、の頭上に赤い月が昇った。月を背にして、半兵衛がに覆い被さるように馬乗りになる。
「はん、べ……さ……」
の驚愕と恐怖を嘲笑うように、半兵衛がけらけらと笑い出した。
「ふふ、はは、あははは、はははははは! 可笑しいね、。ねえ、とっても可笑しいよ!」
「なに……何言って、」
「わからない? ねえ、わからない? 本当にわからない!?」
半兵衛は狂ったように笑い声を上げると、恐怖で顔を引きつつらせているににっこりと微笑んで見せた。
馬鹿だなぁ、と罵りながら。賢くないねぇ、と嘲って。
「狼なんかにはやらないよ。これは約束だからね。人狼が勝った暁にはの魂は俺が貰い受ける。そういう契約だったんだよ」
「なんで、人間の、半兵衛様が……?」
けたけたと可笑しそうに半兵衛が嗤う。知りたい? と唇を歪め、
「ざんねんでぇしたぁ。俺は人間だけど、の味方じゃないんだよ。君たちは狂人って呼んでるみたいだけど、下らないよねぇ。この世界じゃ狂ってない事の方が異常なんだから!」
半兵衛の口ががぶりとの首筋に噛み付いた。
人狼のものとは違うそれは突き抜けるほどの鋭さを持ってはいなかったが、の白い首筋に血を浮かび上がらせるには十分だった。
白い歯を真っ赤に染めながら、半兵衛が狂ったように笑い声を上げる。
「嗚呼、美味しい。やっぱりの血は美味しいね。腕も美味しいのかなぁ。足は? 目は? 心臓は?」
人間が人間を喰らう。
その背徳的な行為に、半兵衛はもはや禁忌すら感じない。
「嬉しいね。楽しいね、! これからずっと一緒だよ! 毎日、毎日、毎日、毎日、この明けない夜の世界で、喰らい尽くして、犯し殺して、たくさんたくさん愛してあげるからねぇ!」
はは、アハハ、あはは、あはハ、ひっ、ひひっ、ひひヒひヒヒ――――
「なん……で。なんで……」
完全に狂ってしまった半兵衛を前にしても、は唯々なんでと繰り返した。
「なん、で……半兵衛様が……人間を……裏切って……」
半兵衛が可笑しそうに、楽しそうに、嬉しそうに嗤う。
の身体を縛り上げ、服を引き裂き、凶悪な欲望を狂気の裏にちら尽かせながら、
「のせいだよ。がいなければ俺は人間を裏切ったりしなかった! が悪いんだよ! 君が! 俺を狂わせて、人間を殺したんだ! こんな事、本当の俺はしたくなかったのに!」
あは、あはははは、ははは、はは、あああああ、あはは、はははは――――
嗤いながら半兵衛の指先が、唇が、の身体の上を滑り落ちていく。
喰らいつき、舐り、歯を立て、噛み切って……
痛みも恐怖も、狂気の中にすべて飲み込まれていく。
半兵衛の狂気の声を聞きながら、はゆっくりと自分が身体も心も、屍体に変化していくのを感じた。
人狼の館・黄 狂気の月
七日間・昼 終了
<生存者>
清正(暫定白)、正則(暫定白)、元就(占い師?)、くのいち(共有者?)
<犠牲者>
秀吉、信長、宗茂、官兵衛、半兵衛、
<処刑者>
ねね、濃姫、ァ千代、左近、甲斐姫、三成
<呪殺>
幸村
遊戯が終了しました。
人狼勢力の勝利です。
end
サイコロの配役決めで半兵衛が出たときは、
来た! と思いました。
狂人らしい狂愛を書けて本望です(笑)