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 後のことはお願いします、と言い残しては意識を手放した。
 極限までの千里眼の使用。身体への負荷は相当なもののはずだ。
 だがその代償に得られたものは大きい。敵の陣容、計略、天候に至るまで、こちらの軍は一気に情報を手に入れた。
 この力があれば、負けることはないだろう――――
 だが、崩れ落ちた身体を抱きかかえると、思いのほか軽くてどきりとした。半兵衛と身長はさほど変わらない。それなのに、この軽さは単に男と女という性別の違いだけが原因ではないように思う。
 命を削って、千里の先を垣間見る――――
 かつて、官兵衛がの能力をそう表現していたのを思い出し、半兵衛はきゅうと心臓が掴まれるような感覚を感じた。




痛みを伴う





 西日の差し込む陣幕の中には、誰もいなかった。急場でこしらえた寝台の上に眠るだけが、規則正しい呼吸を繰り返している。
 官兵衛は枕元にたつと、右手の手のひらを額の上にあてた。熱はない。これならば、あと数時間で覚醒するだろう。
「ふうん、官兵衛殿もには甘いんだね」
 と、誰もいないと思っていた背後から、突如声をかけられた。わざと気配を殺して背後に現れたというなら、なかなかいい趣味をしている。
 何か用か、と無表情のまま問うと、それには答えず半兵衛は官兵衛の隣に立ち、の固く瞼の閉ざされた寝顔を見やった。
 蒼白の、人形のような顔。呼吸をしていなければ、等身大の人形かとでも思ってしまうような――――
 手首を握ると、弱々しく脈が一定の間隔で血液を送っていた。もし強く握り締めたら、このまま止まってしまいそうだな、とぼんやりと思う。
「ねえ、官兵衛殿……をもう戦には連れて来ないでよ」
 半兵衛の言葉に、官兵衛は無言のまま片眉を上げる。
「辛くって見てらんないよ。の目がなくったって、俺と官兵衛殿が頑張れば負けたりなんかしないでしょ?」
――――だが、余計な損害は少なくて済む。卿は賢いやり方とやらを好むのではなかったのか?」
「こんなの全然、賢いやり方じゃないよ」
 こんな――――誰かの命を削って勝つような戦は間違っている。しかもその本人は、痛みを痛みとも認識していないのだ。
「勘違いせぬ事だ。戦に伴ったのは自身の意思だ。私が強要した事ではない」
「それは知ってるけど……官兵衛殿が一言いえばいいんだよ。来るな、って」
 は盲目的に官兵衛を敬愛している。官兵衛のいう事ならば、いかに意思に反することでも聞くだろう。
 だが――――
「これは泣くぞ。子供のようにわんわん泣き喚いて、鬱陶しい思いをするだけだ」
「それでもっ、」
「卿もこれの泣く顔は見たくないのであろう。そもそも――――これから戦を取って、何が残る?」
 戦うことだけを、泰平の世を目指すことだけを、生き甲斐としている人間から。
 それを奪ってしまったら、残るのはただの骸だ。
 どうしてそんな不器用な生き方しかできないのだ、と半兵衛は歯噛みした。いくら命を救われたからと、いくら存在を秘された常世姫だからといって、なぜ年頃の娘のように生きることができない。
 その手には剣を、衣には血を、戦塵に頬を汚し、ぎらぎらと輝く瞳で戦場を見渡す姿があまりにも哀れで――――
 涙を知らないの代わりに、泣きたくなった。
「卿は純粋すぎる。案ぜずとも、これは己の生き方など承知済みだ」
 傷つかない、汚れない、痛まない――――そんな物を感じる心は、どこかに置いてきてしまったのだから。
「それでも……俺はにこれ以上、傷ついて欲しくないよ」
 額に張り付いた髪を撫で上げると、思った以上に幼い顔がそこにあった。普段、大人ぶっているものの、まだ完全には大人になり切れない少女のままなのだ。
「ん、官兵衛様……?」
 半兵衛の指先で気が付いたのか、が瞳をゆっくりと開いた。ぼんやりとした鳶色の瞳が、半兵衛と官兵衛の姿を捉える。
 と、
「す、すみません、すぐ起きます!」
 がばりと勢いよく身体を起こし、その数秒後に眩暈に襲われへなりと身体を折る。
「無理しなくていいよ。もう少し寝て――――
「起きよ。仕事だ」
 半兵衛の声にかぶせるように、官兵衛が無慈悲に言い放った。
 はそっと二人を見上げると、
「はい、官兵衛様」
 碧の瞳が煌々と輝きを増す。
 その瞳に好戦的な色が集うのを感じ、半兵衛は言いかけた言葉を呑み込む。
 の背を見送る半兵衛の胸にちりりと痛みが走った――――



end


生甲斐を与えて命を削るのと、空っぽになって生きながらえるのと。
どちらが彼女のためなのか。