卑怯者の恋
「清正と三成と正則を、ですか……」
目の前に広げられた地図に、三人の名が書き込まれている。は不安げな顔で官兵衛を見返した。
「確かに戦力にはなりますが……三人一緒に動かして、うまく動くかどうか」
次の戦の布陣について官兵衛に呼び出されての事だった。自陣の右翼を若手の将に任せるというもので、広げられた地図には三人の名が仲良く書き綴られている。
確かにあの三人は戦力として申し分はない。が、若干癖があり、将として使うには骨がいった。
たとえねねの命であっても聞かぬ時があり、それは官兵衛や半兵衛などの軍師にとっても目の上のたんこぶだったのだ。
「だからこそお前に任す」
と、官兵衛はを見ずに答える。の名は三人よりもやや前線に近い位置に書き込まれている。軍師の立ち居地というより、武将の立ち居地に近い。
「誰よりも前線に立ち、将を指揮せよ。あの三人がうまく動かねば、即ちお前の死に繋がる」
つまり、の命を助けたくば死に物狂いで戦え、という事だ。
官兵衛の策に異論はない。だが、の命をあの三人が救ってくれるかどうかは、やや自信がない。
「私に勤まるでしょうか……」
不安げなに、官兵衛は当然だ、と返す。
「何のためにお前をあの三人と共に育てて来たと思っている」
お前は餌だ――――
の心に、官兵衛の厳しい言葉が突き刺さった。
子飼いたちをうまく飼いならすため、はそのために用意された餌だった。
三人の立場が拮抗している以上、皆他の二人を出し抜こうと躍起になる。その力を戦に利用しない手はない。
だが、それはあくまで三人が拮抗している状態だ。もし、誰か一人が抜きん出れば……その微妙な関係はたちまち崩れてしまうだろう。
「、わかっているな」
それは幾度となく聞かれてきた言葉だ。
絶対に誰か一人を選んではいけない。常に三人平等に接し、皆の姉として振舞うこと。
それが官兵衛の厳命だった。
「はい……官兵衛様」
は答える。それこそ幾度となく答えてきた言葉。
官兵衛を信じるからこそ、それに反することはしない。
だが、胸の奥ではいつでも罪悪感を抱き続けていた。
作戦を告げると、正則は勢い勇んで鍛錬へと向かった。その後を、清正がため息をつきながら追う。
三成は独り、仏頂面で眼前に広げた地図を睨みつけていた。
「なんだこれは」
と、不機嫌な声。
「何って次の戦の布陣」
「そんな事は分かりきっている。何故、お前が前線にいるのかと聞いているのだよ」
「それは……武将としても腕が立つから?」
我ながら苦しい言い訳だ。武芸の心得はあるが、さすがに天下無双のもののふと互角に渡り合えるほどの実力はない。敵武将が一気に攻めてきたら討ち死には必須だ。
三成は馬鹿にするように、ふんと鼻を鳴らすと、ごろりと横になりの膝に頭を預けた。真下から真っ直ぐな瞳で射止められる。
賢い三成ならば、この地図が示す意味が分からぬはずはない。
官兵衛に何を命じられ、が三人の指揮についたのかもお見通しだろう。
三成は両手を伸ばすと、の頭を包み込んだ。引き寄せて、その唇に己のそれを重ねようとする。
だが、はそれをやんわりと押し返し、
「駄目だよ、三成」
と、子供に言い聞かせるような優しい声音で言った。
その唇は受け入れられない。それを受け止めてしまったら、今までずっと保っていた均衡が崩れてしまう。
「お前は卑怯だ。卑怯でずるい。最悪だ」
拗ねるよう口調で罵るそれを、は苦笑で返した。
「軍師だからね」
そんなものがいい訳にはなるまい。それでも三成は拗ねた顔のまま押し黙った。
は三成のさらりとした髪を手で梳いて、呟く。
「だから、もうしばらく騙されていて」
end
戦を有利に働かせるためなら、恋愛感情も利用します。
軍師だから。
……とはいえ、官兵衛はそんな不確かなものを頼みにしているわけではなく、
あくまで布石として利用しているだけ。
それでも逆らえないヒロインと、
逆らず自分たちから逃げたヒロインを卑怯者と称する三成。