か細い両肩、四肢は白くたおやかで、伏せ目がちにした瞳の奥には綺羅星の如き輝きがきらきらと瞬いていた。
絵巻物から抜け出したような姿に、一目で心を奪われた。
まるで天女、いや天女と寸分違わない。
彼女はこの世には存在しない者として、扱われていたのだから。
言葉は一言も交わさなかった。
触れることもかなわなかった。
黒い格子が互いの世界を隔絶し、住まう世界すらも分け隔てていた。
それでも、格子の向こうから投げかけられた優しげな微笑に胸が高鳴り、その瞳の虜になった。
きっと初恋だったのだと思う。
名前すらも知らないその人の事を調べ、探したが、二度と出会うことはかなわず、そして幾年もの月日が過ぎた――――
初恋実ラズ
本が雑多に積み上げられた部屋を前に、は目を丸くして入るのを躊躇った。
足の踏み場もない混沌とした空間。
その中を半兵衛と官兵衛は勝手知ったる他人の家とばかりに、おじゃましますと声をかけると、ずんずんと足を踏み入れる。
そして、適当に本をどけて場所を作ると、その場に腰を下ろした。
「ほら、も」
呼ばれて、未だ躊躇いの残る足取りでは二人に続く。
「あの、いいんでしょうか……」
いくら和議を結んだ相手とはいえ、これではあまり不躾がすぎるのではないかとは心配したが、
「いいのいいの、あっちだってどうせ客人だなんて思ってないんだし」
と半兵衛が気楽に答えた。
確かにこの雑然とした部屋は、とても客人を通す場所ではないが、それにしても気を抜きすぎではないだろうか。
きちんと正座している官兵衛はまだしも、足をくつろげた半兵衛は、ともすればそのままごろりと横になって寝入ってしまいそうな気軽さだ。
が独りはらはらとしていると、
「ははは、構わないよ。私もこんなくつろいだ格好だしね」
と、本の合間からむくりと人影が身体を起こした。
狩衣姿にぼさぼさの髪、眠そうな目を擦りながら柔和な表情の男が姿を現す。
がはたと目を見張ると、
「こんにちは、元就公」
と半兵衛と官兵衛がそろって頭を下げた。
謀神と言われるのだからもっと鋭い雰囲気を纏った男を想像していたが、現れたのはぽややんとした優男。
が呆然と見入っていると、元就がこちらを向きにこりと微笑んだ。
あわてても頭を垂れる。
と、元就がの前に腰を下ろした。
「顔をあげてごらん」
言われるままに身体を起こすと、間近に元就の柔らかな顔があった。
じっと目を見つめられたかと思うと、おもむろに元就はの手を取り、
「やっとまた会えたね、常世姫」
「え……?」
二人の視線がかちりとかみ合わさって、しばし時間が止まった。
と思うと、そんな二人にやきもきしたのか、半兵衛が間に割って入り無理やり元就の手を引き離す。
「お触りは厳禁ですよー、元就公! そんな使い古された口説き文句なんか使って、にちょっかい出すなら今度から連れてきませんから」
「ははは、手厳しいな。でも私が言ったことは本当だよ。ずっと昔、君に会ったことがある」
はぱちくりと瞳を瞬かせてから、元就の言う意味に思い当たったのか、ああ、と声を漏らした。
「先代の常世姫に会われたのですね」
おそらくの先代となる十六代目か十五代目の常世姫に、幼い元就は出会ったことがあるのだろう。
「うん。常世姫は同じ魂が輪廻を繰り返すというからね。私はあの常世姫は、君が生まれ変わる前の姿だと信じているよ」
証拠に、の姿はかつて元就が見た常世姫と瓜二つだ。華奢な身体も、危うげな存在感も、透き通る肌も、さらさらと揺れる髪も――――ずっと恋焦がれて来た姿が、ようやく現実のものとなった。
だが、しかし――――あまりにも出会うのが遅すぎた。自分の身体はすでに朽ちかけ、恋を語る言葉ももはや古びてしまっている。
「歴史が示すとおり、初恋は実らず、か」
元就の呟きに怪訝そうな表情を見せたに、なんでもないよ、と笑ってみせる。
もはや共に歩く事はできないけれど、せめて残された余生はこの美しい姫君の事をつづって過ごそう――――
「さて、今日はどういった用向きかな?」
元就は笑顔の裏に、そう決めた。
end
オチに困って、むりやり終わらせた感いっぱい!
大殿と妙な接点があったらいいなと思って書いた夢の残骸です。
大殿、意外と難しい…?