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 物事を一元的に理解しようとするのは良くないよ――――
 吊るされた男は、そう出会い頭に宣った。





The Hanged Man





 人の事を変態、変態って呼ぶけどさぁ、健全な男子が健全な性欲を持っている事がどうして罪悪になるの。そりゃあ四六時中場所も弁えずに盛っているなら異常性は問われるかもしれないけど、そうじゃないじゃん。むしろ戦続きで疲れてて、満足に欲求を満たせない男を、同じ男として可愛そうだとは思わないわけ?
 だいたい、性欲ってのは人間の三大欲求の一つで、食欲、睡眠欲と並んで人間の心身を支える大切なものであると共に、生殖本能の現れでもあるわけ。どんなに強い武士だって、子孫を残さなきゃ歴史の中の偉人っていうだけで終わりじゃん。ただの浪人ならいざ知らず、俺も竹中家を背負う嫡子として色々そこは考えているわけ。
 で、話を戻すけど、もし俺の事を変態だなんだと蔑むなら、何人も側室を囲っている偉いお殿様なんてどうなるわけ? それこそ性欲の塊みたいなものでしょ?
 いい歳したおっさんが若いお姫様を何人も囲んで、夜な夜な致すなんて羨ま――――じゃなかった、それこそ糾弾されるべきだと思うけどな。まあ、政敵と縁を繋いだり、多くの跡取りを残すって意味があるのは分かってるけどさぁ、おっさんが若い娘さんに鼻の下伸ばしている顔なんて、まあどんな理由があれ誇れるものではないよね。
 それと比べたら俺なんて、清廉潔白、まるで聖人君主みたいに清いじゃん。
 好きな娘のこと一途に想って、少しでも側にいたい、少しでも知りたい、少しでも触れたい――――そんな健気な想いを、無粋な言葉で片付けないで欲しいな。
 なに。清いなら黙って恋慕の情でも募らせてろっていうの?
 酷いなぁ。そこは下心――――じゃなかった、好き過ぎて想いが溢れてしまうのは仕方ないじゃない。
 ただでさえ禁欲的な生活を送ってたんだから、少しでも触れ合いたいと思うのがそんなにいけない事?
 の柔らかそうな頬とか、いい匂いのしそうな髪とか、きつく抱いたら折れてしまいそうな細腰とか――――抱きしめたいし、口付けたいし、出来る事ならその先だって……
 うん、そりゃあ、妄想するよね、だって男だし。
 なに……妄想で穢すなって? そのくらい許してよ〜。本当にしてるわけじゃないんだから。
 可愛そうでしょ? 俺が。
 まあさあ、俺には子供がいないから分からないけど、自分の娘がどこぞの馬の骨――――ってほど、俺悪くないけど、見知らぬ男にちょっかい出されようとしてたら、怒るものかもしれないよ? でも、過保護が本当にその子のためになるか分からないじゃん。
 ずーっと守り続けて、親の決めた相手と添わせるわけ? それってその子には、不幸だと思うけどなぁ。
 いい加減、お互いに子離れ、親離れしないといけないと思うんだよね、俺。
 で、男親の代わりになるのが、頼れる上に格好良くて大人っぽい恋人ってわけ。
 そうやって女の子は恋をして育つもんなんだよ〜。
 だから、つまり、最終的にはこれ全てのためなの。
 わかったら、早くこの縄解いてくんない? 俺、もう、頭に血が昇っちゃってさぁ――――って、ちょっと、官兵衛殿?





 御託はそれだけか、と呟いた黒衣の軍師は、手にした緑の宝玉を高々と掲げた。
 松の木に逆さまに吊るされた男は、ちょっとちょっと、俺の話聞いてた!? と血の昇ったはずの顔を蒼白にさせる。
「卿の戯言は了解した。要するに――――卿が邪な想いを抱いて犯行に至ったと言う事か」
「ちょっ、何で邪まになってんの! っていうか、犯行って」
「覗きは合法か?」
 間髪入れず問われた半兵衛は、ああえっと、と思わず口ごもる。
「いやまぁね、悪いな〜とは思ったんだよ? 思ったけど、そこにがいると思ったら理性なんてさぁ。それに俺が見なくても、正則とかは今まさに覗こうとしてたわけだし、ここは軍略の先輩として見過ごせないなぁって」
「ほう」
 その後輩は今まさしく、後ろの松の木の下に吊るされて、脳天から血をどくどくと流しているのだが、今はそれは問わない事にしよう。
「百歩譲って、卿に純粋な恋慕の情とやらがあるとしよう――――
 官兵衛は妖気球を掲げて、ずいと前に進み出た。
「千歩譲り、あれにも似たような感情があるとし、」
 そして、再びもう一歩。
「万歩譲り、遠い未来に卿らが夫婦になるとしても――――
 もう一歩、前へ。
「罪は裁かれなければならぬ」
 呟いたと共に虚空から強靭な鬼の手が現れ、半兵衛の身体を思い切り殴り上げた。足を縄で括られたまま半兵衛の身体は飛び上がり、そしてぶらぶらと振動を震わせながら振り子運動を繰り返す。
 官兵衛は一仕事終えたように、ぱんぱんと両手を叩いて埃を落とすと、白目を向いた半兵衛に向って告げた。
 どうせ聞こえてはいないのだろうが、
「この愚か者が」
 と。



end


タロットカードのハングドマン。逆位置の寓意は「欲望に負ける」です。
別名「竹中半兵衛の戯言」