花散る前に
その可愛がり様といったら、それこそ目に入れても痛くないというほどで。
あれが秀吉の自慢の娘かと、招かれた諸将達はこぞっての艶やかな姿に目を奪われた。
秀吉の開いた花見の席での事である。秀吉はを着飾らせて酌をさせ、諸将の相手をさせた。
普段、剛毅で堅物の武将達も美女には弱く、秀吉に良い感情を抱かない古参の家臣たちでさえ、ついつい頬を緩めてしまうほどである。
これも秀吉なりの調略の一種ではあったのだが、実際のところは単に美貌の愛娘を見せびらかしたという理由は大きい。いまだ織田家臣の中では平民出の出世成金めと、小馬鹿にする者もいたが、公達の姫君にも劣らぬの姿を確認すると、口に仕掛けた軽口もついつい飲み込んでしまうのである。
「器量もええし、頭もええし、わしには出来すぎた娘なんさ」
と、にやにやしながら語る姿は、まったくもって子煩悩な親馬鹿としか言いようがないのだが、の方もうまく化けたもので、完璧に良家の姫君の顔を装って、ただにこにこと微笑みながら順々に酌をして回っているのである。
「なぁにが、出来すぎた娘だよ。な、清正!」
と、ぐびりと猪口の酒を煽りながら、正則が顔をしかめて呟く。
確かには弟分である自分達が見ても、整った顔立ちをしていると思う。分類するならば、美人の類だろう。が、その中身たるや、決して良家の姫君には遠く、自分達にとっては絶対王政を敷く恐怖の鬼姉である。
頼りなく思わず守ってやりたくなるような薄幸の美少女然とした風貌とは裏腹に、軍師らしい計算高さと腹黒さ、口より先に手が出る攻撃性を秘めているのだった。
「黙ってろ、馬鹿。これも秀吉様のためだろ」
と、清正は冷めた口調で返した。
古来より女は政争の道具として用いられる事がしばしばある。人中の呂布と恐れられた大陸に伝わる古の猛将・呂布とて、王允の策により貂蝉という美女に骨抜きにされたのだ。色香で政敵を調略できれば安いものだ――――と、これは官兵衛の受け売りではあるが。
だが、言葉には出さないものの、清正も正則と同じ不愉快な想いを胸に抱いていた。
のあの化けっぷりが気に入らぬというのも確かにあるのだが――――あのように、見せびらかす必要があったのか?
あれではまるで芸妓や舞妓のようではないかと思う。酒気に頬を赤くした男共の相手をして、愛想を振りまくなど『良家の姫』がすることではない。ましてや軍師たるがする事でもなかろう。
そもそも、あの着物はなんだ。花見に合わせた薄い桜色で、あんな色の衣など普段着たためしがなかったではないか。
薄っすらと化粧を施しているのも気に入らない。媚びるように塗られた紅や、微かに香る香の匂いも気に食わない。
「ああっ、くそ」
清正は苛立ちながら、ぐびりと手酌で注いだ酒を飲み干した。
――――と。
「荒れてるね〜」
からかうような軽口が空から降って来たかと思うと、ひょこりと何かが顔を出した。
少年のような顔に、にやにやと浮かんだ人の悪そうな笑みは軍師独自のものだろう。知らぬ顔の半兵衛と名高き竹中半兵衛が、相棒の黒田官兵衛と共に清正の背後に立っていた。
嫌なやつ等が来たと、清正は胸中で呟いた。
元より清正は軍師という輩が好きではない。その上、この少年のような風貌の男は、何から何までお見通しなくせに、渾名の如く知らぬ顔を決め込む性格の悪さなのである。
何が清正の機嫌を悪くさせているのか知っていながら、わざわざからかうためにここにやって来たのだろう。
「うるせぇよ」
と、清正は毒づくと、皿の上に並んだ団子を一本手に取り、がぶりとかぶりついた。
「わー、こわーい。最近の若い子は口の利き方も知らないねぇ」
と、半兵衛は官兵衛と顔を突き合わせて、ねぇ? などと相槌を求める。もちろん、この無表情な軍師から望みどおりの相槌が得られるわけはないのだが、その白々しい独り芝居のような態度が清正の苛立ちを更に激化させた。
「半兵衛、てめぇ……」
と、清正がすごむように顔を寄せると、半兵衛はにっと笑って宥める様に清正の肩を叩いた。
「まあまあ。面白くないのは俺達も一緒。ここは仲良く花見に興じようじゃない」
「はあ?」
「詰まらない意地なんて張ってないでさ。花は咲いている内に愛でるものだよ」
半兵衛がにこりと笑ったのは一瞬だった。
次の瞬間、清正の隣に腰を下ろしたかと思いきや、目にも留まらぬ速さでごすっと対面に座った正則の腹に、握り締めた拳を埋め込んだのだった。
「!!?」
かはっと口から唾を飛ばして崩れ落ちた正則。その目は白目を向いており、すでに意識はどこかへ行ってしまっている。
「お前、何やって……!」
清正はすぐさま半兵衛の胸倉を掴み上げたが、半兵衛の笑みはそれだけでは止まらなかった。
おーい、と手を挙げて声を上げると、
「―! なんか正則がお酒飲みすぎて撃沈しちゃったみたいだから、介抱してあげてくれなーい?」
言うに事欠いて、この男は何を言っているのか。
自分が失神させたのだろうとか、酒のせいにするなとか、色々言いたい事はあったが、あまりの事に言葉が上手く出てこない。
その内にも呼ばれたが、慌てて駆け寄ってくる。
「ああ、もう。また飲みすぎちゃって」
などと呟きながら正則の頬をぺしぺしと叩く姿は、疑いの欠片も持っていないだろう。
「ね、それよりさ。俺達にもお酌してよ」
と、ぬけぬけとに向って杯を差し出す半兵衛。
流石と言うか何と言うか――――だから軍師は嫌いなんだと、清正は胸中で毒づいた。
「ほら、清正もお酌してもらいなよ。花は咲いている内に……でしょ?」
半兵衛の思わせぶりな言葉に、清正はどきりと鼓動を高く鳴らせた。
そうか。こんな花色の着物を纏うのも、紅を差して花の香を匂わせるのも、今日が特別な日だからなのか……
「じゃあ……一杯だけ付き合ってやるよ」
そっぽを向いて差し出した杯に、はくすくすと笑みを零しながら白酒を注いでいく。
鬼姉のが着飾るなどぞっとしない姿だが――――たまには、花見も悪くない。
end
いつもの如く、正則が貧乏くじ。