ハコ入り娘
どすどすと足を踏み鳴らす音に、元就はふと顔をあげた。
これはずいぶんご機嫌ななめのようだ。
元就は苦笑をこぼすと、執筆の手を止め筆を下ろした。
客人を迎え入れるべく居住まいを正すと、その一秒後にすぱんと襖を開いて小柄な少女が姿を現した。
整った顔を不機嫌そうに歪ませて、
「聞いてくださいよ、元就公!!」
と唇を尖らせる。
「どうしたんだい、」
「官兵衛様が次の合戦にお連れくださらないのです! 私だって十分戦えるのに」
官兵衛様の馬鹿っ、と声を張り上げて、は畳をばんと叩いた。
この少女は黒田官兵衛の事を心の底から敬愛している。かつて命を助けられた恩義を過剰に感じているのか、官兵衛の目指す泰平の世のため命を賭して戦おうとしていた。
が、盲目ゆえに危なっかしく、加減の知らない戦は時に少女の命を危うくさせた。彼女の持つ天眼通は生命力を削る能力であり、頻発すればそれだけで負荷がかかってしまうのだ。
官兵衛がを伴わないのは、おそらくこの娘の体調を慮ってのことなのだろうが。如何せん、官兵衛はそういう感情を表すのが不得手だ。得てして人を誤解させる。
これが半兵衛ならば、官兵衛のそういった癖も理解したうえでうまく立ち回るのだろうが、この少女は正直すぎる。その上、自分の虚弱体質や女であるがゆえの非力さに若干劣等感を抱いており、同等に扱われないと過剰反応を起こしてしまう。せっかくの思いやりを軽視と錯覚してしまう、これもやっかいな性質だ。
おそらく官兵衛に訴えかけたが、言葉少なに否定され、それで拗ねてここにやって来たという所だろうか。
「お互いに相手のことを思いやっているのにねえ」
似たもの師弟というか、なんとも不器用な二人だ。
「官兵衛は十分、の実力を認めていると思うよ」
すぐさま、でも、とが反論する。
「だったらどうしてお連れくださらないのです。私だって官兵衛様の盾くらいにはなれます!」
その盾という発想がそもそもおかしいのだが、はてさてどうやって伝えたものか。
「うーん、私だったら絶対に戦場になんて連れていかないけどね」
言うと、は明らかに落ち込んだ表情を見せた。
「それは……私では戦力にならないという事ですか。でもでも、情報収集とか伏兵とかなら少しぐらい」
違うよ、と言葉をかぶせるとはきょとんと目を見張る。
「大切だから連れて行きたくないんだよ。もし自分の見ていない所で怪我でも負ったらなんて、はらはらしっぱなしだからね」
は恥かしそうに顔をうつむかせた。だが、やはり納得がいかないのか、でもと小さく呟く。
「ああ、誤解しないで欲しい。別に君の力を軽んじているわけじゃないんだ。ただね、もし君が天下無双の勇将だとしても、やはり戦には出て欲しくない。戦に出れば少なからず君は傷つく。人を殺め、血に塗れ、たくさんの残虐な光景を目の当たりにしなければならないだろう」
「そのくらい――――」
「平気かい? うん、君は強い子だからね、きっと耐えられると思う。だけれど、私は自分を押し殺して耐えるような姿は出来れば見たくないよ」
は無言で押し黙った。
言わんとしている事が分からぬわけではない。
それだけ大切に扱われていることに、気恥ずかしさすら感じる。
だが、の求めているのは真綿にくるまれた安穏たる棲家ではなかった。たとえ傷ついても守りたいのは、官兵衛や半兵衛の目指す皆が寝て暮らせる泰平の世だ。
が納得いかないという顔をしたのに気付いたのか、元就はかりかりと頭を掻いて、まあ、これは私の場合だけどね、と付け足した。
「少なくとも官兵衛はの能力を認めているよ。だからこそ、信じて戦場に伴うんだろう。そんな君を戦から遠ざけたということは、何か理由があるんじゃないかな」
元就の目が真実を探るように、の瞳を覗き込んだ。
は反射的にのけぞったが、元就の手がの手首を掴んだ。間髪いれずもう一方のの手がの額に当てられる。
「ちょっと熱いね。君、こんな身体で戦に出ようとしていたのかい?」
「微熱ですから……そのうち治ります」
「いけないよ。体調管理も大切な仕事なんだから。ただでさえ君の能力は体力を削るんだ。養生しないと」
は居心地悪そうにしていたが、やがて観念したのかわかりました、と呟いて項垂れた。
そんなの頭を元就は子供にするようにぽんぽんと撫でる。
「そんなに落ち込むことないさ。君はちゃんと官兵衛の助けになっている。自信を持っていい」
「……はい」
は今にも泣き出しそうな顔で頷いた。
「さて……そろそろお迎えが来る時間かな?」
元就が顔を上げると、ちょうど奥の襖が開くところだった。
開かれた襖の隙間から半兵衛がひょこりと顔を出すと、
「ああ、やっぱここにいた」
と声を上げる。
「半兵衛様」
「だめじゃん、勝手に布団から抜け出したりしちゃ。おねね様、すっごく怒ってたよ」
ねねの名を耳にして、の顔がうっとひきつる。
具合が悪そうだと思ったら、病床から抜け出してきたわけか。
さすがにそこまでするとなると、元就は苦笑を浮かべるしかない。
「帰ろう」
と半兵衛に手を差し伸べられたが、は押し黙ったまま動かなかった。
見かねた半兵衛が、
「官兵衛殿もそんな所に突っ立ってないで、どうにか説得してよ」
と呼ぶと、襖の向こうから黒づくめの長身の男が姿を現した。
はますます気まずそうな顔で身体を固くする。
と、ふいにふわりと身体が宙に浮いた。
「か、官兵衛様!?」
声を一切かけることもなく、官兵衛は無表情のままを抱えあげると、まるで米俵でも担ぎ上げるように肩に背負った。
ただ一言、
「不肖の弟子が世話になった」
と元就に一礼すると、を抱えたまま退室する。
「ちょ、官兵衛様、離して……離してくださいってば! 自分で歩きますから!」
との声だけが響き渡り、
「じゃね、元就公」
と、妙に嬉しそうな顔をした半兵衛が元就に手を振って、二人の後を追いかけた。
まるで嵐が過ぎ去ったように隠居部屋に静寂が訪れると、元就は独り苦笑を漏らした。
「やれやれ、天下の両兵衛もあの子には甘いね」
もし官兵衛が非情になりきってあの娘の目を酷使していれば、泰平の世はもっと早く実現するかもしれない。あるいは病など気にせず前線に投入すれば、戦はもっと早く終結するかもしれない。
娘は死ぬかもしれないが、官兵衛が本当に冷徹な軍師ならば、犠牲を厭いはしないだろう。半兵衛に対してもそうだ。最も少ない犠牲で勝利を得るならば、最大限にあの目を酷使した方が失われる命は少ない。そして、も喜んでその命に従うはずだ。
だがそうならないのは、ひとえにあの少女の存在が二人にとって将兵以上に大切な存在であるがゆえか――――
もし先の戦であの娘を攻めていたら、毛利軍に勝利はあったのか。
そんな絵空事を脳裏に広げてから、元就は静かにかぶりを振った。
end
初三軍師夢でした。
なんだかんだいって、みんな甘い。
タイトルいいの思いつかなかったので、イメージで……