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 たかが小娘と――――どこかで侮っていたのかも知れない。
 こんな成りをしていても自分は酸いも甘いもかみ分けた大人で、年下の、まだ一人歩きを始めたばかりの子供に本気になることなどないだろう、と高をくくっていた。
 だからこれはただの遊び。
 退屈な日常と、殺伐とした乱世を彩るための、ちょっとした世惑いごと。
 夜の間だけ睦みあい、朝日が昇れば綺麗に忘れる。
 そんな、ただの戯れ――――




月下の夢





「ん……」
 さらりとした前髪に触れると、隣で静かに寝息を立てていたが、わずかに身じろいだ。長い睫毛を小さく震わせ、寝返りをうつと、半兵衛の胸の中にすっぽりと納まるように身を寄せた。
 眠っていれば素直なのになぁ……
 と、半兵衛は思いながらその背中にそっと腕を回す。
 無防備に晒された身体。なんの裏もなくがそんな姿を晒すのは、こうして眠る時くらいだった。
 遊びを始めたのは何時の頃からだろう。
 初めはちょっとした好奇心。人形のように綺麗な女の子に、ちょっとした興味が沸いてちょっかいを出した。
 は迷惑そうにしていたけれど、それがやがて困った顔に変わり、いつの頃からか恥ずかしげに微笑むようになって――――半兵衛は勝ったと感じていた。
 とりわけ女遊びが激しいわけではないが、恋愛ごともどこか勝負事のように感じてしまうことがある。惚れるより惚れさせたい。追うより追わせたい。
 そうして心の何か大切なものを守っていたのだろう。自分が誰かに夢中になるのが恐ろしかった。誰かに心を奪われてしまったら、自分が自分でなくなるようで、怖かった。
 だから、が関係を拒まなかった時、半兵衛は勝利をかみ締めていた。
 これから、どうやって夢中にさせて、おぼれさせてやろうかと、そんな不埒な事を考えていたくらいだ。
 には悪いが、これはほんの遊び。戯れ。
 好きだ何だと互いに囁きあい身体を結んだところで、いつかは飽きて、お互いに離れていく。
 これはただの仮宿だ――――
 だが、半兵衛の思惑は早くもその日、打ち砕かれることになる。
 夜半過ぎ、衣擦れの音で目を覚ますと、が床から抜け出し夜着を着込んでいた。寒いのか、と訝りながら見つめていると、がこちらに気づき、正座をしてぺこりとお辞儀した。
「それでは、私はこれで……」
 と、退出を告げる言葉に半兵衛はえっと言葉を失った。
 間男ならまだしも、同衾した女が夜中すぎに出て行くとは聞いたことがない。
 何か不満なのかと尋ねると、はくすくすと笑って、首を振った。
「違います。ただ……夜遊びは月が出ているうちに終わらせた方がいいでしょう?」
「え……」
「こういう関係は、朝日と一緒に消えてしまった方がいいんです」
 見破られていたどころの話ではない。それどころか、共犯者として名乗り出たようなものだ。
「それでは、半兵衛様。良い夢を」
 は半兵衛の頬に口付けを落とし、静かに閨を立った。
 そして明くる朝には何事もなかったかのように、いつもの顔で半兵衛と接した。何の余韻も残さぬまま……
 それでその日限りで終われば、一夜限りの夢だったと思うことができただろう。だが、それからも度々逢瀬を重ね、夜にだけ睦み会うという奇妙な関係が続いている。
 恋人のような甘い関係ではない。だが、肉体だけを求めるようなただれた関係でもない。
 お互いに愛し合っているし、独占欲も感じる。逢瀬を重ねる時は、それこそ恋人同士のように睦言を重ね、愛おしげに抱き合う。
 だが、その関係は期限付きで、月が沈めばまったくの他人に戻る。まるで朝日が差すたびに記憶が失われ、別の人格に入れ替わっているようだ。
 これは遊び。戯れ。夢。幻。
 甘美なひと時の夢を魅せるためだけに、互いの身体はあるのかもしれない。

 その日も、は決まった時刻にぱちりと目を覚ますと、半兵衛の腕の中から抜け出し帰り支度を始めた。
「ねー、なんで帰っちゃうのー?」
 夜着の裾を引っ張って、半兵衛は子供のように頬を膨らませる。
「俺のこと愛してるならここにいて」
 と、の帯を握り締めて拗ねてみせても、は苦笑を浮かべるだけだった。
 もしこれでが帰らなければ、半兵衛はようやく自分の勝利を感じ、安心できただろう。
 だが、がそれに乗ることはない。自分以上には、遊びと真実と、夢と現実を明確な線で隔てている。
「俺のこと好きじゃないの?」
「好きですよ?」
「愛してないんだ」
「愛しています」
「でも、本気じゃないでしょう?」
「そんな事ありません」
 言葉遊びのようにつらつらと、嘘なのか真実なのか分からない繰言を連ねる。
 それでは、と頬に別れの口付けを落として、は背を向けた。
 そのまま帰してしまうのが憎たらしくて、半兵衛はだめ元で口を開く。
「ねえ――――どうして、清正や三成を遊び相手に選ばなかったの?」
 が一瞬、はっと目を見開いた。
は恋愛ごっこがしたいんでしょう? だったら、手ごろな相手は他にもいたじゃん。まさか弟みたいなものだから、手を出せないってこと? ならそれはの勘違い。あいつらのこと、べつに姉弟だなんて思ってないよ」
 問い詰めるように息継ぎをも忘れ、一気にまくし立てた。
 は動揺の隠し切れない顔で、半兵衛を呆然と見つめている。
 そして、片目からぽたりと涙を零した。
「え……」
 が一つ瞬きすると、涙はすうと消え去り、何事もなかったような顔に戻る。
 だが一瞬が見せた涙に、半兵衛も動揺を隠せなかった。
 はにこりと微笑むと、
「私は半兵衛様が一番好きですから」
 と答え、その場を座した。



end


続きそうで続きません。(たぶん)
ヒロインの真意は皆様のご想像のままに……