ヒロインが複数の男性と関係しています。
許せる方のみお進みください。
悪女
珍しい人物のおとないには少し驚いたような顔を見せたが、すぐにそれは笑顔に変わった。
「すみませんね、こんな夜更けに」
と、妙に神妙な顔をした左近が襖の向こうに立っていた。
立ち話もなんだからと部屋の中に通すと、左近は押し黙ったまま両手を握り締め口を噤んでいる。
この男がこんな顔をするのは珍しい。いつもどこか飄々と、軽く物事を受け流して生きる事を信条にしているようなのに。
「お茶でも」
と、女中に淹れさせた茶を差し出すと、左近はそれをがぶりと飲み込んだ。
そして意を決したのか、ずいと身体をにじり寄せ、
「話というのは他でもありません。殿の事でご相談が」
「三成が?」
「ここ数日、思い悩んでおられます」
「ふうん、珍しいこともあるんだね。なあに、恋煩い?」
が茶化すと、左近の目がぎらりと光った気がして笑みを引っ込めた。
分かっているのでしょう、と左近が低い声を発する。
「あなたの事で思い悩んでいられるのですよ。あの傍若無人な殿が。あなたの事を」
は目を細めて、左近を見やる。険しい表情が皆まで言わせるなと言っているようだった。
「そう。で、心配性の左近は私にどうしろって言いたいのかな」
左近はその言葉を持っていたとでも言うように姿勢を正すと、膝の前に手をついて頭を下げた。
「どうぞ、殿をもう惑わさないでください」
まさか頭を下げられるとは思わず、は言葉を失った。
しばしの沈黙。それは確かに逡巡の時だっただろう。
だが、の答えが覆る事はなかった。
目を伏せ目がちにして、
「ごめんね。それは出来ないの」
「なぜ」
「だってもう私の意志なんて関係ないもの。三成はね、自分で望んで私の手を取った」
「ならばその手を振り解けば良いでしょう。まさかそれが出来ぬとでも言うのではないでしょうな。その手でこれ以上、殿を貶めないでください」
それは左近の渾身の願いだった。は泣きそうな困ったような顔で笑むと、
もう手遅れ――――
と、左近の手を離した。
左近は感情がごっそり抜け落ちたような顔で、床を見つめていた。頭上から降りてくる少女の声は優しい。
だが、これは魔性だ。儚げな顔で、華奢な声で、幾多の人間を惑わし食らう。
「殿はあなたが多くの男性と関係を持たれて居る事に、苦しんでいるのです。それが豊臣のため、泰平の世のためだとしても、己の身体を食ませるような犠牲の上に一体何があるのだと」
「詭弁よ」
「いいえ、違います。あなたが知らないだけだ。一体どれだけ多くの者があなたを――――」
「嘘よ」
の声が一際大きく響き、左近の声をかき消した。
目を細め、唇をぎりりとかみ締める。
「だったら……どうして私を抱いたの。どうして他の多くの男たちと同じように、私を苛むの」
「それは」
言葉が続かなかった。誘ったのか、誘われたのか、どうして二人が身を結んだのか左近は知らない。
だが、関係を持った以上、三成に何らかの浅ましい情欲があったのは確かなのだ。それを……例え恋や愛といった言葉で装飾したとしても、にはきっと鍍金よりも脆い飾りにしかならない。
「まさか愛してるからとか、言わないよね」
が嘲る様な笑みを浮かべる。
「そんな事を言う人は、他にごまんと居るの。でも、どれも嘘嘘嘘」
みんな嘘をついて私を奪っていく。
その嘲笑は誰に向けられたものでもない。己に向けられているのだ。
「所詮、あの子も同じなのね。だから利用して何が悪いの」
男達を片手で転がして、おはじきでも遊ぶようにぶつけて潰しあわす。
純粋そうな顔をして、とんだ悪女だ。
「毒婦め」
左近が苦々しく言い捨てた。
の瞳がすうと細められる。その瞳に碧の煌々とした光が宿り、星のように瞬く。
「何とでも。もうあの子は落ちてしまったから、私の手でもどうにもできない。後は似た者とせいぜい潰し合ってもらいましょう」
左近の腕がとっさに刀に伸ばされた。をその場に組み倒し、頬を掠めるぎりぎりの場所に突き立てる。
衝動で跳ね飛ばされた空の茶碗が、畳の上で空しく転がる。
左近の怒りを笑う様にの唇が歪んだ。
「殺せば、次はあなたが殺される」
「そんなこと構わないさ。これで終わりにできるなら」
そして振りかざされるそれに、がふっと笑みを浮かべた。
次の瞬間、まるで体中の力が抜け落ちるような感覚に、左近は思わず姿勢を崩す。
「な」
強烈な眩暈。まるで流水が注がれるように、視界が、思考が零れ落ちていく。
「軍師のくせに注意が足りないよ。敵陣で簡単に相手を信頼するなんて」
はゆっくりと上半身を起こすと、床に転がった茶碗を拾い上げた。
「あ……んた……」
閉じゆく意識の中で悔しそうに顔を歪めた左近に、は寂しげな笑みを送った。
ゆっくりとの白い指先が伸ばされて、
「おやすみ、左近。よい夢を」
end
左近夢と書きつつ夢要素皆無ですみません。
そして、悪女というほど悪女じゃなくてすみません。。