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茜さす





「ああもう……、あの三馬鹿め」
 呟きながら、は西日の差す廊下を独り歩いていた。
 手に抱えた大量の書は、が三馬鹿と称す子飼いの将らの残した仕事だった。こんなものは軍師がやればいいと放り出し、たまたま居合わせてしまったがそれを肩代わりする事になったのだ。
 今度、見かけたらただじゃおかないから……
 と、心に闘志を燃やし、は書を抱える腕に力を込めた。
 日はすでに西に傾き、空が朱く染まりつつある。一日執務に明け暮れ、部屋にこもりっきりであったため、歩くことさえ久しぶりなように感じた。この道を歩くのも、どこか懐かしいような気がして……
 そういえばこのところ会っていないと、彼の人の事を思う。
 いつもはうるさいくらいに自分を追いかけてくる彼だが、官兵衛の監視が厳しいのか、執務が忙しくなるとめっきり顔を出さない。それをどこか寂しく感じている自分に、は人知れず苦笑した。
「半兵衛様、いらっしゃいますか?」
 控えめに声をかけると、中から声が返ってきた。失礼いたします、と他人行儀に頭を下げて入室すると、心なしか疲れた顔の半兵衛が顔を上げた。
 の姿を目にして微笑むが、その顔はどこか憔悴していた。だが、その少しやつれた具合が、いつもの子供のような半兵衛とは違った男の魅力を引き立てていて……
 は思わず見蕩れてしまった。
? どうかした?」
 声をかけられて、はっと気づく。そして誤魔化すように笑みを取り繕うと、抱えてきた書の数々を卓上に置いた。
「今日の分はこれで全部です」
「ありがとう。悪いね、手伝わせちゃったみたいで」
 そうして苦笑する様も、何故かをどきどきさせた。
「俺の仕事もこれで最後だから………そしたら、一緒にご飯でも食べに行こうか?」
「えっ? あ、はい…!」
 の慌てた様子を半兵衛は怪訝に思いながらも、早く仕事を片づけるべく文机に向かった。
 は足を抱え込むようにして座布団の上に座った。
 静かな時間が部屋の中を満たす。
 障子の隙間から差し込む西日を受けて、半兵衛の顔は大人びて見えた。いつも少年のような顔で、猫みたいにゴロゴロ言いながら自分にすり寄ってくる。ともすれば、自分よりも可愛いのではないかと思ってしまうその容姿だが、今は柔らかそうな髪も、涼しい目元も、すべてがの鼓動を高鳴らせる要因で――――
 目を、反らすことができない……
 釘付けになって半兵衛を見ていると、ふいに何の前触れもなく彼がこちらを向いた。跳ね上がりそうなほど、は大げさに驚いてしまった。その様を微笑むようにして、半兵衛は立ち上がるとゆっくりと近寄ってくる。
 まずいな……、とは心の中で思う。
 この心の内を、今なら容易く知られてしまう。
 こんなにも彼が好きで…好きで…好きで…仕方ない想いを、彼に知られてしまう。
「ずっと俺のこと見てたね?」
 鎌をかけるように、笑って言う。べつに、とうそぶけば、そんなことはお見通しだと言わんばかりで。
「俺に見蕩れてたでしょ?」
 ああ、こうして問うのが憎らしい。知っているくせに。彼の中で質問は確信に変わり、それで嬉しそうに微笑むのがちょっと悔しくて。
 いつだって私はあなたに追いかけて欲しい。本当は私があなたを待って立ち止まったり、時々追われないことを寂しがったり、その手につかまえられたいなんて思っていることを…知られたくないから。
「ねえ、?」
 勝ちの見えている彼は、うやむやにする事を許さない。の髪に触れて、片手で梳きながら、頭上に口づけを落とす。
 それだけで、触れられるだけで、頭がおかしくなってしまいそう。それすらあなたは知っている。
 ああ、悔しいなぁ――――
「こうやって触れるのは久しぶりだね……。寂しかった?」
 赤面するの様をくすくすと笑いながら半兵衛は問いかけた。それに正直に答えるではない。素っ気なくべつに、と答えれば、その強がりさえも半兵衛は承知で穏やかに微笑んだ。
「俺は寂しかったよ。いつもに会いたかった……」
 日だまりの中に融けてしまいそうなほど、優しい笑顔。
 私も、と言えない意地っ張りな私は、ただ、あなたに見惚れていました…
 どちらともなく唇を寄せれば、片方がそれを迎えるように合わせる。久しぶりに触れる互いの体温に、体の熱が燃え上がる。何度も何度も重なり合い、交わって、離れては寄せる。
 と、ふいに半兵衛の手が着物の合わせ目に滑り込んで、は思わず身をよじった。
「は、半兵衛様!?」
 困惑して声を上げるが、半兵衛はそれを無視して襟元をくつろげる。そして、首筋に彼の長い指が触れたかと思うと、
「良かった……まだ、ついてるね」
 それは微かに残る紅い花びら。数日前に半兵衛が付けた、彼の所有の証。
「これが消えてしまう前に新しい跡を付けないといけないからね。もしも消えてしまって、どっかの馬鹿が人のモノだとしらずに手を出したら腹立たしいでしょう?」
 君は俺のモノなんだから。
 と、なんて傲慢。なんて厚かましい。
 いつだって追うのはあなた。私は逃げて逃げて、ずっと追いかけてほしい。
 でも、本当はどこにも逃げられないことも、逃げようとしないことも、あなたは全部お見通しなんですね。
 ああ、悔しいなぁ――――
 馬鹿みたいに甘い言葉を囁いて、呆れるくらい私を追いかけて、そんなあなたでいいのに。激務に追われて会えなくなれば、私は子供みたいにへそを曲げる。仕事にあなたを取られてしまったみたいで、本当は寂しくて悲しい。ふいに見せる真面目な顔は、私を容易く揺さぶるから……
 ああ、ずるいなぁ。
 首筋に降りてきたあなたの唇を、私は拒むことができない。




end


ただイチャイチャしてるだけの話!
普段子供っぽい人が、ふいに大人の顔をすると萌えると思う!という妄想の残骸です。
激甘夢はあんまり書かないので、糖度が致死量を超えました。