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青い羊は思考する ー羊の理04ー




 ひらりと荀彧の指先に踊る契約書を睨み、はうめき声を上げた。
「任期の三年にはまだ達していないと思いますが?」
 確かに契約を果たさずに白澤図を持ち帰れば、交わした約束を反故にすることになる。公正と正義を司る獬豸がそのような違法を犯すことなど出来ない。
 は悔しげに唇を尖らせた。
「でも、まさか上司があんな馬鹿殿だったなんて……」
 言葉の刃に容赦がない。
「残念ですが、上司はクーリングオフできません。我慢してください」
「荀彧。もう少し歯に衣を着せぬか。それでは儂のグラスハートが割れてしまうぞ」
「どうぞ、塵取りと箒はあちらですよ」
 腹心の心ない言葉に曹操は泣きたくなったが、少なくとも荀彧に任せておけばの離反は防げそうだった。
 ではどうすればいいのです、とが不服そうに問う。
「上司が探偵を求めているのなら探偵となるしかないでしょう」
「私に謎解きをしろと? すでに誰に罪があるか分かっていながら?」
「そうです」
 まるで茶番だ、とは吐き捨てるように言った。ええ茶番です、と荀彧もまた無表情で返した。
「しかし人間とは愚かな生き物なのです。誰もが皆あなたのように、悪と善を瞬時に見極め、罪を罪として断ずる事が出来るわけではありません。人間の罪は多種多様です」
 はふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らした。
 獬豸ならば罪がある者を示して終わりだ。罪を犯す過程に如何なる事情や誤りがあろうとも、断罪すべきと天啓を受けた瞬間、角を以って罪人を処す。
 それは天罰である。だから正しい。
 だが、人の善悪は天の定めるそれとは異なるのだ。天の決める善悪よりももっと曖昧で、甘く、恣意的に捻じ曲げられていて、人に都合良くも悪くも出来ている。だから天の与えた罰の意味を理解できなければ、人はただ天を呪うだけなのだ。
「分かりました。不本意ですが従いましょう。罪が罪たる所以を以後は説明するようにします」
 ですが、とは条件を付ける。金に似た朽葉色の瞳を細めて、
「罪人を罰するのが私の仕事。私に事件を任せるならば、その者を如何様に処すかも私に任せてくださいますね?」
 荀彧は躊躇した。
 に任せるということは、罪人の処遇を天に任せるも同じだ。伝承によれば、獬豸はその角で罪人を突き殺し食らうと言われている。
 だが、曹操の返答はあっさりしていた。
「よかろう。今日よりお主が法の絶対者だ」
 容易く全権をくれてしまった曹操に、荀彧はぎょっと目を見開いた。瑞獣・獬豸が法官となるのだから正しい罰が下されるのは確かだろうが、むしろ都合が悪いのは曹操の方ではないのか。乱世の倣いとはいえ、清廉潔白ばかりを通してきたわけではない。
 だが曹操は先ほどまでの小者のような言い分が嘘のように、度量の広い顔を見せる。
「それで儂が罰せられるのならば、儂の天運もそこまでということよ」
 はふふっと笑みを零した。
「心配せずとも何が何でも首を刎ねるというわけではありません。そもそも私はニンゲンの世などに興味はない。貴方が如何なる覇道を歩もうとも、天の定めた罪を犯さなければ私の角が貴方を突くことはないでしょう」
 それは天罰ではなく、人によって裁かれるべき罪でしょうから。
 そう言って、は腰に帯びた華奢な宝剣に触れる。
 獬豸の角を具現化させたそれは、罪人しか斬ることが出来ない。罪なき者は一切傷つける事がない、断罪のためだけの剣である。それを振りかざすことが出来るのは、冷徹にして厳格なる法の番人だけなのだった。
「ではお主の決め台詞を決めなければな」
 せっかく取り戻した威厳を粉々にするように曹操が言った。
 そんなの要りません、とが迷惑そうな顔をした。


end


出会い編完結。
荀イクさんは表情かえずに、ソソ様のグラスハートをぶった切ってくれそう。
そうじゃなきゃ曲者ぞろいの文官まとめたり、
殿の片腕なんて出来ないよね!