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青い羊は思考する ー羊の理02ー




 曹操は眉尻を下げて大変不服そうな顔をした。
 もまた眉間にシワを寄せ大変迷惑そうな顔を向けた。
 だから、とは続けて繰り返す。
「犯人はヤスです」
 言い終わると同時に曹操が何故だ、どうしてだと食いかかって来た。
 は心底うんざりした。何故もどうしてもない。何度も理由を説明しているが、それはそういうものだからそうなのだ、としか言い様がないのだ。
 つまり、獬豸は人間の罪悪を見抜く事が出来る。
 人が視覚や嗅覚を持つように、そういう感覚が元より備わっているのだ白澤が万物を識るように、獬豸は罪悪の所在を感知する。人間の五感には喩えられないが、そういう能力を持った存在としか言いようがない。
 だがしかし、ミステリーオタクを自称する曹操は、
「それでは詰まらぬではないか!」
 と憤然と言い放つのである。
 事の発端はこうである。偶然にも獬豸などという面白瑞獣を手に入れた曹操は、さっそく国中のありとあらゆる事件を集め、獬豸に暴かせることにしたのだった。解決済みのものから未解決のものまで、片っ端から犯人を当ててみよとと挑んだのである。
 言われるがままには犯人の名を告げた。ことごとく犯人を的中させるに曹操は感激し、未だかつてない名探偵の登場に胸を踊らせていた。
 だが、
「待て……お主、分かるのは犯人だけなのか?」
 肝心の動機もトリックも分からないどころか、は推理など一切していなかったのだ。
「当然でしょう。私は獬豸です。罪の所在が知れればそれで十分、ニンゲンの気持ちとやらも殺人のカラクリにも興味ありません」
 それが曹操の昂揚した気分を大いにだだ下げしたのだった。
「それでは詰まらぬではないか。犯人を名指しするだけのミステリーがどこにある? 犯人の動機、隠された過去、意外なトリック、絡み合う伏線……それを解き明かしてこそ、謎は謎としての真価を発揮するのではないか!」
 獬豸が能力として識るのは、誰に罪があるかという点のみだったのだ。つまるところ、フーダニットは分かっても、ハウダニット、ホワイダニットは明かされない。犯人はこいつですと言われても、その根拠がの正体以外にないのだった。
 そんな事で観衆が納得するか! と曹操は憤る。貴様それでも探偵か! とも一喝されたので、すかさず違いますと返した。
 そもそも獬豸とは、探偵というより裁判官としての性質が近い。裁判官は罪を断じるのが仕事で、推理はその範疇にないのだ。
「謎解き劇が見たいのなら私は不適任です。そもそも、私の断ずる罪と貴方がたの罪を等号で結びつけられるとも思わない。私の断罪は天の意思、つまり普遍の善悪です。しかし人の法は世と共に変わる。生きているうちはニンゲンはニンゲンの法を以って裁くのが宜しいでしょう」
 正論だった。動機もトリックも必要としないという事は、つまり犯した罪の重さでのみ刑罰が決まるという事だ。獬豸はその角で罪人を突き、食らうと言う。それは天罰であり、すべての人間に適用するには厳しすぎる罰だった。
 だがそんな理屈でこの曹操が折れるはずがない。せっかく獬豸を従属させたのだから、ホームズばりの推理劇を見せてもらわなければ気が済まないのだ。
「ええい、認めぬぞ! 一晩かけて決め台詞を考えた儂の気が収まらぬわ!」
 曹操は持ち前の駄々っ子を炸裂させると、なぜベストを尽くさぬのだ! との鼻先に人指ゆびを突きつけた。突き付けられた指を平手ではね飛ばして、は眉間のシワを二割増しで刻む。
「だから! 獬豸は探偵じゃなくて裁判官なんですってば! 意にそぐわぬならさっさと私を解放しなさい! もらうものもらったら、こんな所はさっさと出てってやりますよ!」
 曹操は叩かれた手の甲をさすりながら、むう、と渋い顔で唇を噛んだ。
 曹操は部屋の隅で書き物をしていた荀彧をちらりと見やった。働かない君主の代わりに執務に専念していた荀彧は最初それを無視していたが、曹操が給与明細をひらひらさせて露骨なパワハラを仕掛けてきたので仕方なく席を立った。
殿」
 清廉な空気を纏う王佐の才は、穏やかな声で語りかけた。魏軍の中でもずば抜けて高いIQの持ち主である。曹操よりも建設的な話ができるに違いない、と期待しても居住まいを正したのだが、
「契約不履行は罪ではありませんか?」
 はひくっと口元を引き攣らせた。



end


犯人はヤス……
って重大なネタバレでしたね!
前回に続き出会い編でした。