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青い羊は思考する ー首の怪04ー




「此度の事件……郭嘉よ、どう思う?」
「設定にこだわり過ぎたのが敗因でしょうね。わざわざ飛頭蛮に見せかけるために、遺体の口に虫を詰めた……芸が細かすぎるのも考えもの、かな」
「ふん、怪異事件を騙るには詰まらぬ犯行であったな」
「しかし、曹操殿もにくい演出をなさる。解決劇の裏で検分をさせていたとは。殿にこっそり情報を流したのは、貴方の仕業ですね?」
「ふっ、無能刑事には無能刑事なりのやり方があるものよ。決して表舞台には立たぬが、探偵の活躍の裏には儂のような功労者がいるものだ」
「では次回は私の番ですね。事件のたびに首を突っ込んでくる探偵を邪険にしながらも、やがてその実力を認め好敵手として厚い信頼と友情を結ぶようになり……」
 その時、筆を手にした二人の背後でパシンとしなやかな音が鳴り、曹操と郭嘉はびくりと肩を震わせた。
「無能刑事殿、エリート警視総監殿。手が止まっておりますよ?」
 陣杖を手にした荀彧が、にこりと微笑んだ。瞬間、まるで悪鬼羅刹が空間をねじ曲げ顕現したような重苦しい空気が、場を支配する。
 解決劇からちょうど一時間後。は無事に執務室に戻り、恐れていた微笑み殺しの刑を免れた。ついでに曹操と郭嘉という二大サボり魔を手土産として連れて来ていたため、荀彧の機嫌はすこぶる良かった。溜まりに溜まった仕事の山、そして竹簡の陰で朽ちていった文官たちの恨みを晴らす絶好の機会なのである。
 すでに他人ごとになったは、魔人の微笑の目標から自分が外れた事を素直に喜んでいた。当然、二人を不憫だとは思わない。奴らが諸悪の根源なのだから。
「しかし……いくら妖怪の仕業に見せかけるとはいえ、エグい事しやがる」
 遺体の首の描写を思い出し、賈詡がぶるりと背筋を震わせた。
 兵士長の首は陣幕の対岸の山野で見つかった。大勢の野鳥に群がられている所を見つけられたのだと言う。遺体の放つ腐臭か、はたまた口に詰められた虫が鳥を呼んだのかは知らないが、鋭いくちばしで啄まれひどく傷んでいたのだった。
 当時、口の中に虫が詰められていたという報告はなかった。対岸に渡す際に落ちたのか、鳥に食われてしまったのか、ともかく首と虫を結びつける情報は存在しなかった。
 だからこそ喉の奥から発見された虫の存在を、犯人以外が知る手立てはなかったのだ。飛頭蛮の仕業に見せかけるため、遺体の口に虫を詰め込んだ当人だけが、その事実を知ることが出来たのだ。
「普通に殺していれば、もっとうまい言い逃れは出来たでしょうね」
 ただの殺人であれば、曹操や郭嘉が興味を持つこともなかったかもしれない。が探偵役として召喚されることもなく、三人の知らぬ場所で別の決着を迎えていたかもしれない。
「ま、下手にあやかしを騙ったりするのが、そもそもの誤りです」
「まあ……そうなんだが……」
 賈詡は呟いて、の腕の中で蠢く丸い物体を見やった。
 首である。白い女の首。だが、耳は翼のように肥大して羽ばたいているし、見開かれた瞳は赤く濁っている。口からは怪鳥のような奇怪な声が漏れる。
「なあ、これは嫌がらせか? 俺への嫌がらせなのか!? 今回の事件も、人間の仕業だったって事で幕を閉じただろうが! なにのどうしてわざわざ、日常の中に化け物の存在をねじ込みやがる!」
 の腕に収まった飛頭蛮をびしりと指差し、賈詡は大いに混乱したのだった。賈詡殿うるさい、と荀彧に頭を叩かれたが、自分以外の者が簡単にそれを認めてしまっている事も彼の理解の範疇を超えている。
「だから、飛頭蛮は存在するんですよ。こういうものは事実、この世に存在するのです。ただ今回は人間が犯人だっただけで……」
「煩い! 俺はそういうよく分からんものが当たり前のように存在するのが一番嫌だ!」
「また我儘な……」
 頑是ない子供を見やるような目でが呟くが、賈詡は自分が悪いとは到底思えなかった。自分はどこまでも現実主義者で、世の中で一番深い闇は人間の心の闇だと信じていたいのに、何故か彼の周りのアホ共はそんな非現実を容易く受け入れてしまうのである。
「荀彧殿、アンタは違うだろ? なぁ!?」
 縋りつくように荀彧に同意を求める。が、荀彧の反応は冷たい。
「私は構いませんよ? 世の中には白とも黒ともつかぬ遊びの部分があるものだと思えば、灰色の存在が居たとしてもなんら不思議はありません。私の障害とならないのであれば、あえて否定もしませんよ」
 つまり合理主義者なのである。
 賈詡は孤独感に苛まれ、ただ重い溜息を漏らした。
「なあ……そんなものを見た後で細工を明かすのも馬鹿馬鹿しいが、あいつはどうやって首を対岸に運んだんだ?」
 せめて人間の犯行は明らかにしてやりたくて、賈詡は残されていた謎を口にした。泳いでもいない、弓矢も使っていない、ならばそれに代わる細工があるに違いない。
「さあ?」
「さあってあんた……」
 賈詡は思わず脱力する。
「犯人が罪を認めたので、これ以上の推理劇は意味がないでしょう。証拠も残っていませんし」
「いや、あるね。俺の気がすまん!」
 食い下がる賈詡に、はまた困ったような笑みを向けた。だから俺が悪いのか!? と、賈詡は噛み付く。
「推測に過ぎませんけど……投石車か……いえ、滑車のような仕組みを使ったのだと思います。事件の前に飛頭蛮を見たというのは、首を渡す予行演習をしていたのではないかと思います」
「ああ……」
 空をとぶ何かの姿は、事件の前から目撃されていたのだった。実際に首を対岸に運べるかどうかの実験を、事件当夜以前にしていたと考えるのが妥当か。
「だったら縄か何かを結んで渡したって事だな? だがそんなものが現場に残っていたか?」
 賈詡の問いに、は知りませんよ、と肩をすくめた。
 の持つ能力のせいで勘違いされがちだが、は何もかもを知っているだけではない。ただ誰が罪人であるのかを瞬時に判別する。分かるのはそれだけで、犯行の仕掛けや動機などは状況から憶測を語っているに過ぎないのだ。
「罪があるから裁く。私にはそれだけで十分です」
「駄目だね。あんたには説明の義務がある」
 不本意ながらも探偵役を買って出て謎を解明してしまったのだから、聴衆へ説明する義務があるのだ。
 は面倒くさそうな顔をしながら、いくつかの手がかりを語った。憶測の範疇を出ないと注釈をつけつつ、
「最初に首を見つけた者たちを洗ってください。共犯者かどうかはわかりませんが……仕掛けが残らなかった謎は解けるかもしれません」
 果たして、の予言通り発見者の中に、今回の事件に加担した者が現れたのだった。その過程でなぜ兵士長が殺されたのか、なぜ犯行に至ったのか動機となるべき物語も明かされたのだが、賈詡の報告をはただ詰まらなそうに聞いていた。
 如何なる理由があろうとも罪を犯せば罰せられるものです、とどこか冷めた目で呟くように言ったのだった。



end


ジッチャンの名にかけて! を言わせたいがために、
二章を書いたような気がいなめない…
まだまだ言わせたい名台詞あります!
ともかく首の怪はこれにて完結です。
お付き合いくださり、ありがとうございました!