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 飛頭蛮(ヒトウバン)

 妖怪の一種。昼間は通常の人間と変わらないが、夜になると頭部が胴体を離れ宙を飛び回るとされる。耳を翼のように使って飛び、人は襲わず、虫を食らう。
 明け方身体に戻り、本人は飛頭蛮になっていた時の記憶は持たない。体を動かされたり、首を何かで覆われると胴体に戻れず死んでしまうと言う。


青い羊は思考する ー首の怪03ー




「では、被告の尋問を開始します。被告人は真実を語るように。兵士一と兵士二は被告人が貴方達の認識と異なる証言をした場合は、異議を申し立ててください」
 の振り上げた木槌が高らかな音で尋問の開始を宣言した。が尋ねたのは証人たちと同じ内容、あの晩の立ち位置と周囲の確認だった。
 犯人(仮)の名を与えられた男は、不承不承質問に応じる。
「私は……崖側の見張りをしていました。あの晩は一度も持ち場を離れておりません。怪しい人影も目にしていません……」
「周囲には何が?」
「……申し上げたように崖です。あの場所は渓谷なのです。崖の下は川になっていました。川幅が広いため、対岸からこちらへ飛び移るような事は出来ません」
「兵士長の首は対岸の林から見つかったのですね?」
 の問いに被告人を含めた三人は驚いた顔を見せた。そんな情報はこの擬似法廷が始まって以來、語られていないのだ。
 だが真実である。男たちはそろって首を頷かせた。
 渡れないような場所に首だけが残されていた。怪しい人物は近づいていないし、誰も持ち場から目を離していない。だから飛頭蛮に違いないと、怪異の犯行にされているのだ。
 はやれやれと肩をすくめると、最初に告げたのと同じ言葉を繰り返した。
「やはり貴方が犯人です。貴方が全部仕組んだのでしょう?」
「何故ですか!? 私はあの晩、持ち場を離れず入り口にさえ近づいていません。捜査にも参加しなかった貴方に、どうやって私が殺したと証明できるのです!」
 男が反射的に声を荒らげた。
 は明らかに面倒くさそうな顔をした。荀彧との約束の時間は刻々と迫ってきている。さっさとこんな茶番は終わらせてしまいたい。お前が犯人だと告げればそれで十分なはずなのだが、それでは聴衆は納得しないのだろう。
「私が獬豸だからです。獬豸の目は罪人を見誤ることはありません。初めて目にした瞬間、私は貴方が罪を抱えていることを知りました」
 が戴く獬豸冠が、彼女こそ法の絶対者だと示しているのだ。
「そんな屁理屈が……!」
「通用するかと? だからわざわざこうして、分かりやすいように罪の形を明らかにしているのではありませんか。私にはこの行為はひどく無駄に思えてなりません。ですが、正しく理解するという過程を飛ばすと、罪は罪にならず、罰は罰になり得ないのだそうです。私にはそっちのほうがよっぽど屁理屈に聞こえますけどね」
 聴衆の一人となっていた郭嘉が、くすりと笑みを零した。その言葉は以前、郭嘉がに向けたものだ。
 善悪をひと目で判断できると違い、凡人には説明が必要なのだ。なぜ罪が暴かれるのか、その理由を示さなければ罪人は己の罪を認めようとしない。には愚かな行為にしか思えないが、それでもこうして解決劇に応じてくれたのだから、理解は示しているのだろう。
「さて、入り口に近づきさえしなかったと言いましたが、逆に問いましょう。なぜそれが無実の証拠となるのです?」
「入口以外に出入りできる場所はありません! どうやって陣幕の中の人間を殺すのですか」
「なら、入り口は背後にもあった。しかも貴方の持ち場であった箇所にも、出入りできる場所があったのです」
「不可能です。陣幕の裾は内側に折るようにして、地面に楔を打っています。外からそれを外して入り込む隙間を作ることは出来ません!」
 がちらりと証人の方に視線をやると、兵士一と二はこくこくと首を頷かせていた。外から楔は外せない、それは事実なのだろう。だが、それだけだ。
「外す必要などありませんよ。最初からその陣幕は、正確な円ではなかったのです。貴方の持ち場の部分だけ、陣幕が二重になっていた」
 そう言って、は虚空に『の』の形を描いた。実際にはこの隙間は限りなく狭く細工されていただろう。だが完全な円にはならず、二重の壁があったことになる。
「貴方は堂々と後ろの隙間から入り、被害者を殺害しました。楔が穿たれていたから密室だったなんて証明にはなりません」
「それこそ陣幕が二重だった証明にはなりません! 貴方の話は仮定に過ぎない!」
「そうでしょうね。すでに陣幕は取り外され、地面の楔の後も消えていることでしょう。ですが陣幕の中に飛び散った血の跡を調べれば、事件当初、本来より小さい形で陣幕が張られていた事は証明できるでしょう」
 背後の部分だけ幕は二重になっていたのだ。本来の幕よりも小さい円となっていたはずである。
 だが、それだけでは男の自供には至らなかった。はっ、と鼻を鳴らして男が笑う。
「陣幕が小さければ私の犯行ですか? 用途に合わせて大きさを調整するなどよくある事でしょう。あの時はたまたま兵士長お一人が使われた、だから大きな陣幕を張る必要がなかっただけです」
「なるほど」
 が視線をやると、兵士一と二も首を頷かせていた。従軍しないは知らないが、そのために幕を円形にしているのだと推察は出来た。
 どうですか、と男は挑むような顔をする。
「そもそも首がどこにあったのか覚えていらっしゃいますか? 私が殺したとして、どうやって対岸の林に捨てる事が出来たのですか」
 陣幕は高台の上に建っていた。背後は崖で、渓谷をまたいだ対岸との間に川が流れていた。
「渡ったり、投げて届くような距離ではありません。高低差もあります。泳ぐなどもっての他です」
「弓矢を使って飛ばしたのでは?」
 の問いに男は哄笑した。
「それこそ不可能です! 弓を使って飛ばしたのなら、矢が落ちているはずでしょう。首の周りには何もなかった。あれが食い散らかした、虫の死骸しかなかったのですよ!」
 その瞬間、えっと男の背後から驚くような声が上がった。証人となっていた兵士一と二が上げた声だった。振り返った男は不思議そうな顔をしたが、その理由を見つける事は出来なかった。
「語るに落ちるとはまさにこの事ですね」
 がやれやれと肩を竦めている。
「何を……だってそうでしょう? あれは飛頭蛮なんだ、虫を食らった跡があったはず」
 戸惑う男には頷いてやる。
「そうですよ、貴方は正しい。兵士長の口には虫の死骸が詰まっていました。まるで飛頭蛮が虫を食らったように」
 ならば何も問題はないはずなのだ。男は真実を語ったに過ぎない。だが、二人の証人との認識の齟齬が、男に違和感のみを与える。
 は脳裏の砂時計を冷静に見定めながら、その違和感の原因を解いてやった。それは真実だが、不都合な真実である。
「兵士長の喉の奥から、鬼蜻蜒の死骸が見つかったそうですよ。奥に詰め込まれていたから、それだけが残っていたんでしょうね」
「は……?」
「よくわかりましたね。今さっき検分で発見されたばかりの真実を……なぜ貴方に知ることが出来たのでしょう?」



end


実写を想像すると意外とエグい……