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 そう、あれは秋の木枯らしが吹く新月の夜のことだった……。
 呉郡に近いとある駐屯地で起こった不思議な怪事件、その謎があの晩から儂の心を掴み離さぬのだ。
 なぜ兵士長は山野で独り事切れていたのか。兵士長の首はなぜ陣幕の外で見つかったのか。空を飛ぶ首の正体とは。
 あの地方に伝わる飛頭蛮の伝説は果たして本物なのか……


青い羊は思考する ー首の怪02ー




「待ってください。やっぱりいいです」
 曹操が語り始めて一分足らず、がそれを制止した。事件の状況など何一つ語られていないが、この語りは長くなると予感したは早々にそれを打ち切った。
 曹操は不満気たらたらであったが、本人たちに話をさせた方が早いと考え、は関係者の中から三人を選び出した。一人は先ほど細剣を向けられた男である。
 兵士のような服装から見るに、事件の際に現場に居合わせた者たちなのだろう。突如呼ばれ緊張しつつも名を名乗ろうとしたところ、それすらもは時間の無駄として赦さない。
「名前は不要です。この場においてあなた方の属性だけわかれば結構。右から、兵士一、兵士二、犯人カッコカリさんとしましょう」
「そ、そんな、わたくしは犯人などでは……!」
 犯人(仮)が弁明しかけたが、は手の平を上げてそれを制する。
「あ、そういうのいいんで。どうぞここは法廷だと思ってくださいね。あなたは被告、私は裁判官。あの二人は証人で、他の人達は傍聴人です。これから行われるのは犯罪探しなどではなく断罪の儀式。情状酌量を望むなら、無駄なあがきはせぬことです」
 そしては何者もの異論を認めず、その場に擬似的な法廷を敷いた。奥の玉座に座っていた曹操を、傍聴人は下に降りてくださいと引きずり下ろし、その上にどかりと腰を降ろす。
 君主相手にどこまでも偉そうな態度だが、曹操は素直に従った。むしろ法の番人としてこの場を支配せんとする不遜な態度は、曹操の好むところである。に魏で唯一、獬豸の宝冠を被る事を赦し、法の全権を与えたのは曹操その人だからだ。わざわざ木槌をに与え、小道具まで用意してやる周到さはそういった経緯が起因していた。
 はコホンと咳払いを一つすると、木槌を打ち鳴らした。開廷の音が鳴り響く。
「では、被告人・犯人(仮)の裁判をこれより執り行います。証人・兵士一、前へ」
 に呼ばれ、先ほど兵士一の仮名を与えられた男が恐る恐る前へと進み出た。
「は、はい」
「証人。事件のあった晩、貴方はどこで何をしていましたか?」
「見張りを……あの二人と一緒に陣幕の外で見張りをしていました」
「それは兵士二と犯人(仮)のことですね? 他に貴方がたと一緒に見張りをしていた人はいますか?」
「いません。三人で陣幕を囲むように立っていました」
 言いつつ兵士一は虚空に立ち位置を示すように指を走らせた。陣幕は円形で、入り口に一人立ち、そこから等間隔に二人が立っている。つまり三人は別の方向を向いていたわけだった。
「私は入り口に立っていました。月のない暗い夜でしたが、周囲に人の気配はありませんでした。見晴らしの良い高台の上に建てていたので、誰かが近づいてくればすぐにわかったと思います。私が見張っている間、誰一人として入り口から出入りした者はいませんでした」
「それは被害者である兵士長も?」
「はい。お休みになる時に陣幕に入られて、それきりです。朝になって声をかけても反応がなく、陣幕の中を覗いてみたら……すでに首がありませんでした」
 は大仰な仕草で頷くと、兵士一を下がらせ兵士二を証人に呼んだ。
「さて、証人。貴方も見張りに立っていたとのことですが、貴方の持ち場について教えてもらえますか? 陣幕の周りには何があったのでしょう?」
「周りは……森と崖です。我が軍は敵から攻めにくいよう、崖を背後に陣を敷いていました。少し離れた所に森がありましたが、距離もあったので何者かが近づけば必ず視認することが出来ました」
「つまり貴方は森側に立っていたのですね? その場を離れる事はありましたか?」
「一度だけ……用を足しに森の方へ行きました。離れる時に二人に声をかけましたので、二人もその事は覚えていると思います。ですが視界は開けていたので、離れている間も怪しい人物は近づいていません」
「なるほど。他に気になった事は?」
 の問いに、急に兵士二は口ごもった。思案するような素振りを見せてから、変なものを見ました、と小さな声で告げる。
「変なもの、とは?」
「空を飛ぶ……何かです。丸い何かが崖から下の方へ飛んで行くのを見ました。落ちていくのではなく、こうスゥっと空を飛ぶように……」
 ふむ、とは大仰に頷く。この男はそれが何であるか知っているはずだった。だが自信がないため、それを明言することを避けている。
 はあえてその正体を明らかにせず、それを見たのは初めてか尋ねた。
「はい、私は初めて見ました……でも、他に同じものを見たという奴を知っています。そういう噂を聞いた事があったので、俺もそうじゃないかって……」
「それは飛頭蛮ですね?」
 が尋ねると、兵士二は戸惑いつつも神妙な顔で頷いた。
 元より飛頭蛮というあやかしは呉郡の辺りを発祥とする。眠っている間に首が胴から離れ、耳を翼のようにして空を飛ぶのだ。そして明け方に身体に戻り、眠っている本体と同化する。本人に自身が飛頭蛮になっていた自覚はなく、夢遊病のように首だけ彷徨うのだった。
 伝承の下地がある状態で、夜中にそんなものを見てしまえば嫌でも飛頭蛮を連想する。馬鹿馬鹿しい妄想だと普段なら容易く一蹴できようが、死人がすでに出てしまった以上、それはもはや妄想ではない。
「兵士長が亡くなっているのを発見し、すぐに敵国の間者の存在が疑われました。でも、夜中に陣幕を出入りした奴はいないし、首が……」
 離れた山野で見つかった。故にこの事件は、飛頭蛮と結び付けられてしまったのだ。
「分かりました」
 は頷くと、兵士二を下がらせ犯人(仮)を呼んだ。男は発言を赦された途端、自身の身の潔白を懸命に訴えたが、その言葉はに何の感慨も与えなかった。
「わ、私も見ました! あれは間違いなく飛頭蛮です。首が空を飛ぶのを見たのです!」
 はやれやれとため息を漏らすと、退屈気な顔で男を見やる。それはおかしいですね、と探偵のような口ぶりで、
「飛頭蛮なら首は必ず戻ってくるはず。戻らず死んでしまったのなら、それは妖怪でも怪異でも何でもない……ただの人間の殺人ですよ」



end


雑な事件のあらまし。
推理しない探偵は探偵なのか何なのか。