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姑獲鳥(コカクチョウ)

 鬼神の一種であり、別の名を天帝少女、夜行遊女、釣星、鬼車、羽心女ともいう。夜な夜な空を駆け、人間の少女を攫い、攫われた娘は姑獲鳥となる。妊婦が死んで化けたものとされる。
 羽毛を脱ぐ事で女性の姿となり、その姿を特に天帝少女と呼ぶ。 東晋の『捜神記』によれば、羽毛を隠された羽衣女が人間の男の妻になるという話が残されており、これが西晋の時代に鬼車と呼ばれるようになり、やがて『玄中記』の中で鬼車や羽衣女は姑獲鳥という鬼神に統合されたと言われる。



青い羊は思考する ー鳥の怪06ー




「共犯者とは言わずとも、力仕事を任せる人間はいて当然でしょうね。って、あれ? 言いませんでしたか?」
 許昌へ戻る道中のこと。金輪際お前らなんかと関わるか、俺はただの軍師で居たいんだ、と今までの鬱憤を耐えきれず吐き出した賈詡を宥めていた時の話である。
 めちゃくちゃな君主と上司に振り回されるのに疲れたというのが理由の大部分だろうが、の用意した演出も賈詡には十分堪えたらしい。あの演出は曹操と郭嘉向きなので、当然賈詡の好みではない。乱闘の最中何度も瀕死になりかけたのが、彼のすり減りまくった忍耐を粉砕したのだった。
 なんであんな事が起きる、分かってたなら教えろ、せめて俺には言え、というか俺を巻き込むな、あんな武装集団は話に出てこなかっただろうが、とたいそうな剣幕だったのである。それに対するの回答が冒頭の一文だが、賈詡を宥めるどころかさらに怒らせてしまったのは言うまでもない。
「だから説明が足らん、あんたは!」
 と。賈詡の怒りを鎮めるためにも、はすでに終わった解決劇の補足を不本意ながらも語らなければならないのだった。
「えー……つまり、昨晩の武装集団は普段は人買いや高利貸しをしていて、暴力沙汰なんかも請け負うならず者の集まりなんです。この土地の者ではありませんが、古くからこの地と縁のある者たちでしょう。ただ、共犯者ではありません。あの者達は真相なんて知らなかったでしょうし、仕事に対する報酬をもらっていただけです」
「なぜそれが分かる?」
 普段、理由など聞こうとしない賈詡が、の推理の根拠を聞くのは珍しかった。説明すると長くなるので……、とかわそうとしただったが、それで許されるほど賈詡の怒りは軽くない。賈詡に非難がましいジト目を向けられ、ようやくも観念したのだった。
「その話をするには、姑獲鳥そのものの正体を暴かなければなりません」
 ニセ領主によるバラバラ殺人ではなく、もともとの人さらいの方についてだ。が真相を明かす事を躊躇っていた件である。
 はしばし思案してから、曹操に声をかけて真相を明かす代わりに対価を求めた。が条件を出すのは初めてのことだった。
「申してみよ」
「では……姑獲鳥を罰さないこと、罪を追求せぬこと、この地に新しい品行方正な領主を就任させ、向こう三年の年貢を減額すること」
「ふん?」
「そうでなければ、真相は明かせません。昨日、不埒な方を一羽仕留めたので私はそれで十分です」
 曹操は思案するまでもなかった。謎の前にこの程度の取引は対価とさえ思えなかった。曹操が二つ返事で了承すると、は一度終えた謎解きを再開した。
「では、まず姑獲鳥の伝承から。この地の伝承では、姑獲鳥は大干ばつの前触れとされています。姑獲鳥が現れると旱魃が起き、不作が起こると。因果関係はありますが、実は前後が逆です。正しくは旱魃が起きるから姑獲鳥が現れるのです」
「関係があるのか?」
「大有りです。そもそもこの辺りは農作に適した土台ではありません。温泉の多い土地柄で水は硫黄を多く含んでいるし、他から水を引こうにも途中で温泉水脈にぶつかってうまく灌がいが進まないのです。農民は雨水に頼らねばならなかったわけですが、何しろ天頼みなので気候に大きく左右されしまうのでした」
 それだけならば他の土地にもありそうな話しだった。日照り、いなご、冷害は常に農民の悩みの種である。ただこの地にはそれに姑獲鳥が加わり、大事な働き手を攫ってしまうのだった。
「さて、話は少し飛びますが、本物の領主殿という人もあまり良いお人柄ではなかったようですね」
 賈詡は不思議そうに小首を傾げた。昨日、村を視察した限りでは、領主に対する不満は聞いていない。
「お嬢さんに対する愛情は深かったようですが、他人には冷たい人のようです。領民の嘆願に耳を貸さず、どんな不作の年にも年貢の徴収は怠らなかった。そして年貢を収められなかった者は、容赦無く罰してきたのです」
「そうなのか?」
「はい。それは先代、先先代から続く悪き習慣のようなものでした。罰を与える時に重宝されたのが、あのごろつき連中です。領主と賊の黒い繋がりは、ずっと昔から続いて来たものなのです」
 土地から逃げ出すことも出来ず、領民は苦しみに苦しんだ。それは泣く泣く娘の着物を夜間に干し、姑獲鳥を呼ばねばならないほどに困窮していた。
「では……」
 曹操はようやく結論に至る。姑獲鳥に娘を攫わせていたのは、あろうことか家人だったのだ。
「そうしなければ皆飢えて死んでしまいます。わずかなはした金で娘を売らざるを得なかったのは、そのはした金さえ欲したから。そして口減らしと、せめて娘だけはこの土地の呪縛から解き放ってやりたいという願いです」
「夜に着物を干すというのが、女衒への合図だったのか……」
「昼間では人目につきますしね。そのやり取りが姑獲鳥の伝承と似ていたので、この土地にも姑獲鳥の伝承が広まるようになりました。大昔から姑獲鳥が出るというのは、代々この土地の領主が強欲だったからなのです」
 がならず者が普段は人買いや高利貸しをしていると言ったのは、そういう裏があっての事だったのだ。ならばニセ領主にとって、被害者の娘を手に入れるのは楽だったろう。女衒に買われた娘の中から、条件に合う娘を選ぶだけで良かったのだ。
「あのニセ領主という人は、もともと賊側の人間だったのでしょうね。だから本物の領主とも面識があったでしょうし、使用人たちにばれないように私的に会うことも出来た」
「しかし、それほどニセ領主と賊が密接な関係であるなら、この事件は集団的に行われた犯行ではなかったのか?」
 曹操の問いには思案顔を作りながらも、首を横に振った。
「たぶんそれはないと思います。人数が多ければ多いほど、秘密というのは守るのが難しくなります。仮にニセ領主が賊の頭領のような立場であっても、統括し切るのは難しかったでしょう。なので、実際に手を貸したのは馬番と庭師の二人だけじゃないでしょうか」
「なに!? あ奴らも賊の一味だったのか!」
 曹操は声を荒げた。
「いえ、ならず者とは別の協力者です。娘たちの遺体をバラバラにして捨てたり、領主の娘を攫ったりするのは流石に一人では出来ません。広範囲に捨てるのに馬も要りますし、不要な部位は地中深くに埋めてしまわなくてはならない」
「埋めたのか?」
「埋めたと思います。おそらくあの屋敷の庭に。さすがに身体一つをバラバラにして持ち運ぶのは骨がいりますし、誰が殺されたか判明できればいいので、それ以外の部位は不要なんです。ここからは推測ですが、女衒に買われた娘は一度屋敷に連れて行かれる事になっていたのだと思います。人買いをしていたのはならず者たちですが、領主もそれを許していた背景がありますから、一時的な置き場を提供していたのではないでしょうか。おそらく……それに使われていたのがあの土蔵でしょう」
 窓もなく、重い扉で閉ざされたあの場所は、娘たちを収容するには好都合だったのだ。
「で、あの場所から娘たちは、どこかの色街へと出荷されることになっていた。女衒が娘を集め、あの場所に入れられ、交渉がまとまった段階で賊の誰かが迎えに来るという流れです。おそらく間の取次をしていたのがニセ領主、娘の世話をしていたのが庭師で、馬を用意していたのが馬番というわけです。同じ組織の人間ですが、娘を村人から買う者と、娘を色街に売る者は接触がありません。最終的に金の帳尻さえ合えばいいので、ニセ領主がバラバラ死体の実験に娘を間引いてたとしても、咎める者は誰もいなかったのです」
「では、娘たちはあの土蔵で殺されたのか?」
「そうでしょうね。流石に人の家で堂々と身体をバラバラになんか出来ません。使用を許可されたのはあの土蔵だけですから、自然とあの場所が犯行現場となったのではないでしょうか」
「待て待て。そうなると、領主の娘は攫われたのではなく、土蔵に閉じ込められただけではないか?」
 曹操の言葉に、おや冴えてますね、などとはのんびりと応えた。庭に娘たちが閉じ込められている事に気付かず、山中を必死に探させていたとは灯台下暗しである。
「本物の領主もまさかこんな形で、裏切られる事になるとは思わなかったでしょう。しかも領主は娘がいなくなった時に、ならず共たちにも捜索を協力させていたと思います。最愛の娘たちがいなくなったのだから、使える力はすべて使おうとするでしょう。その中に犯人が居たなんて、きっと思いもよらなかったと思いますよ」
 そして娘の消失により屋敷が慌ただしくなる中、淡々と犯行は進められて行ったのだった。
「偽の領主の娘を見つけたのは、おそらく馬番か庭師のどちらかでしょう。二人は本物の領主に捜索を命じられて居ました。ならず者たちも加わっていますが、顔までは分からない。だから屋敷の使用人がお嬢さんだと言えば、そう信じさせる事が出来たのです」
「だが、一緒に居たはずの二人の門兵は共犯者ではなかったのだろう? お主は確か……老齢で目が悪いとか言ったか」
 曹操はが使用人たちと顔を合わせていないことを思い出した。あの時、はここが姑獲鳥が出るような場所だから、と言った。
「そうか……働き手になるような若者は居ないのだったな。いれば姑獲鳥など出ない。食う物にも困れば目も悪くなる、か」
 は答えなかったが、満足げに微笑んで見せた。




 其の後、少しばかり後日譚と呼べるような出来事があった。
 曹操の命により新たに就任した領主から報告があったのだ。の言うとおり屋敷の牡丹の木の下から、大量の白骨体が見つかったのだそうだ。すっかり骨だけになったそれは誰のものか判別できなかったが、バラバラにされた娘たちのものであることは疑い用もなかった。白骨体はどれも首と両手足を失っていたからだ。
 もう一つ、厩で首を吊った男の遺体が二つ発見された。馬番と庭師のもので、遺体が痛み始めていたことから、曹操一行が出立してからすぐに首を吊ったのだと推測された。
 賈詡からの報告を受けて、はただそうですか、と一言返した。
「馬番と庭師は脅されて加担してたのか?」
「そうだと思います。姑獲鳥が出るようになったずっと昔から、二人の一族は凶行に加担させられていたのでしょう。ニセ領主の誘いに唆されたのは、きっと本物の領主が憎くてしかたなかったからです。何事もなければ、ニセ領主から金をもらい、どこか別の場所へ一族ごと逃げるつもりだった……でも、私たちが来て姑獲鳥の正体を暴いてしまったから……」
 自分たちの犯した罪が明らかにされるのも時間の問題だった。
「あんた、あの二人を庇おうとしたんだな」
 の解決劇に元々あの二人は含まれていない。罪を追求せぬという条件のもとに、初めて明かされた真実だったからだ。
 だが二人は、ニセ領主だけを始末し去って行く曹操たちをどう受け取ったのか。良心の呵責に耐えかねたのか、自殺という道を選んでしまった。
「好きに受け取ってもらって構いませんが、優しいなどと思わないでくださいね。死なせない方法だってありましたが、私はそれを選ばなかった。完全に二人の罪を見過ごすつもりもなかったんです」
「そうかい」
 それでも賈詡はの行為を情け深いと感じたのだった。魏に来たばかりのであれば、融通の効かない判決を下し、真相を暴いた瞬間三人の首を容赦無く刎ねていただろうから、それに比べると随分丸くなったものだろう。
「それはそうとだな……」
 賈詡は仕切り直すようにつぶやき、椅子に座ったの方を見やった。突っ込むまい、と思っていたのだがどうもこれだけは言わせてもらわなければ気が済まない。
 は机に頬杖をかくようにして、もう一方の手の上に孔雀くらいの大きさの鳥を載せていた。尾は長く、羽も鮮やか。だがしかし、鳥には人間の女のような乳房があり、首から上は完全に人間のものだったのだ。
 不本意ながら最近詳しい知識を得てしまった賈詡は、それが何かよく理解していた。姑獲鳥だ。
「ああいう事件があったすぐに、現実離れしたもんを簡単に呼び来まんでくれ。あの一連の事件の収束を見て、俺はやっぱり迷信の裏にはより深刻な現実があるもんだと思い直した。怪力乱神なんざ語るもんじゃないと、孔子様も言っている。それをあんた‥俺の思考の帰結を根本から覆さんでくれ」
 最後はもはや懇願のようになっていた。そうは言われましても、とは呟きつつ指先で姑獲鳥の首の辺りをかいてやった。女の首は心地よさそうに目を細めて、高い声で鳴いた。
「これは事実で現実ですよ。姑獲鳥は居て、この国のどこかで今も本当に攫われた娘がいるんですから。ただ、あの村界隈に現れる姑獲鳥は今も昔も人間の生み出した創作だったというだけで」
 賈詡は顔を覆って、盛大にため息をついた。人間の仕業ならどんな凄惨な事件でも構わない、だが自分の理解の及ばない得体の知れない者たちは、この世に存在するというだけで賈詡には耐えられないのだ。
「貴方の嫌うこういうものは、事実この世に存在する。ただ普段は見えていないだけですよ」
「なら、そのまま隠してくれんかね」
 見えぬところであれば何が起こってくれていても構わない。しかし、自分の視界に入るのは駄目だ。
 は可笑しそうに声をたてて笑い、ゆっくりと首を横に振る。あの獣のような瞳を細めて笑うのだ。
「それは無理です。だって貴方、私が見えてるじゃないですか。獬豸が見えて姑獲鳥が見えない道理なんてありませんよ」



end


これにて『鳥の怪』完結です。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!