青い羊は思考する ー鳥の怪05ー
「さて、そろそろ領主殿も逃げるか弁解するかしたいでしょうから、手っ取り早く動機を明かしてしましょう。なぜ二人の娘を殺し替え玉を用意する必要があったのか、それはこの家の財産を乗っ取るためです。実はこの人も偽物の領主殿です」
は謎の核心となるところを、曹操が考える暇さえ与えずさっさと明かしてしまった。思考を始める前に答えを明かされた曹操は憤然としたが、はニセ領主殿の気持ちも考えてください、とわけの分からない諭し方をする。そしてニセ領主の方には、もう少しで終わるのでそれまで口を挟まないでくださいね、とよく分からないお願いをした。
「ニセ領主殿の素性は知りませんが、おそらく本物の領主殿と近しい人……この方はもともと本物の領主殿とよく似た外見をしていたのでしょう。ある日この人はそれに気づき、本物と入れ替わる計画を思いつきます。しかし、本物を殺して成り代わったとしても、完全に化ける事は出来ません。目の悪い老人たちならいざしらず、若い二人のご息女や、他所から働きに来ている下女たちの目は誤魔化せないでしょう。さてどうしたものかと思案し、その人達を全員入れ替える事を考えつきます」
その発端となったのが姑獲鳥の殺人。数年という歳月をかけて、この男は計画を進めていったのだ。いきなり対象の娘たちを殺すようなことはせず、まず村娘を手にかける事から始めた。
「村娘たちを殺したのはバラバラ死体の前例を作るためです。ご息女が最初の被害者では、さすがに詳しく調べられてしまうかもしれませんから。それに遺体と姑獲鳥を結びつけるのにも無理があった。本来、領主の娘のところなんかに姑獲鳥は来ません。なのに娘が二人も攫われて殺されるなんて唐突すぎる」
バラバラにされた遺体は、姑獲鳥に攫われ殺された娘なのだと思わせるために、試行を繰り返す必要があった。幸いにも村人たちは伝承を恐れており、殺されたのは姑獲鳥の怒りを買ったためだという噂が広まり始めた。そして次第に娘の遺体と姑獲鳥は関連性を持つようになる。
「いくらかの情報操作はあったでしょうか、村人が数年で信じてくれたのは僥倖でした。遺体と姑獲鳥の関連性が定着するかどうかは、一番の賭けでしたでしょうから。この地にまつわる姑獲鳥の闇が思いの外うまく作用したのでしょうね。うまく村人の心理を操ることに成功し、ついに本題の”入れ替え”が決行されることになりました。まずは下女二人の入れ替え、次に自分、最後にご息女の入れ替えを行ったのです」
それが一年前の事である。
最初にしたのは、まず本物の領主の娘たちを攫うこと。娘を溺愛していた本物の領主は大慌てで娘たちを探しただろう。屋敷の男衆は総出で、もしかしたら見つけるまで戻ってくるな、とまで言いつけられたかもしれない。
そうして屋敷には領主と下女だけが残り、次に適当な理由をつけて下女二人に暇が出された。この二人は殺して入れ替えるのは危険だった。他所から働きに来た女たちだったので、消息がつかなくなれば余計な疑いを持つ者が現れるかもしれなかったからだ。
そして下女もいなくなり、屋敷には領主だけが残った。誰も居ない屋敷で入れ替わりを実行するのは簡単な事だっただろう。誰に見咎められる事もないし、領主になりきるための時間はたくさんあったはずだ。屋敷の男衆は娘が見つかるまで帰って来ないのだから、その間に娘を案じて食事も喉を通らない父親になりきれば良い。多少顔つきや声音が違ったとしても、娘を失って人相が変わってしまったと思わせられれば十分なのである。
そして頃合いを見て、ニセ領主は二人の娘を殺した。まず姉の方の遺体を、バラバラにして捨てる。こちらはほどほどで良い、領主の上の娘だと気づく特徴を残さなければならなかったからだ。
次に妹の遺体に村娘の着物を着せ、顔を潰し、死体を偽る。こちらは徹底的に元の特徴を消し、火傷か痣の痕か、着物の持ち主の分かりやすい特徴を偽装した。正体がばれなければ良いのだから、遺体を撒くのは広範囲、分かりづらくて構わない。どこかの村娘が死んだと錯覚させられれば良く、運よく偽装した特徴から家人が見つかればさらに良かった。
そして最後に妹の遺体から脱がせた着物を、攫って来た偽物に着せ準備は完了。後はどれが先に発見されても良かった。姑獲鳥に殺された姉でも、生き残ったが気の触れてしまった妹でも、名も無き村娘の遺体でも ――――
すでにその時点で入れ替わりは完成していたのだ。
「替え玉を用意したのは、自分が本物の領主であることを”領主の娘”に証明して欲しかったからです。本当はどちらも偽物なんですが、あの偽物のご息女は領主殿が本物の父親でない事はわかっても、偽物の領主であることなど知らないのです。だから自分は領主の娘じゃない、貴方の娘じゃないと否定すれば否定するほど、ご息女は心を病んでしまわれた、実のお父上も分からないのだと周りに印象づける事が出来るのです。こうして共犯関係にない偽物同士が、互いに相手の事を本物だと第三者に思い込ませていたんです」
「ふむ……真実を語る共犯者というわけか」
曹操が感慨深く呟くと、は恭しく礼をして講談の終わりを告げた。
役割が終わった瞬間、滑らかに回っていたの舌先は動きを止める。もはや語るのは十分という意味だろうが、それは郭嘉が楽しげな表情で説明を求めるまで止まったままでいた。
「で………、殿。これは一体どう解釈すればいいのかな?」
謎解きは終わった。が、の講談に付随した演出は終わっていない。
まるでの講談が終わるのを待っていたかのように、締めの言葉のすぐ後に広間の外から武装した男たちがなだれ込んできたのだ。四人はあっけなく包囲され、喉ものに獲物を突き付けられる格好である。ニセ領主が呼んだと思しき賊たちは、殺せという命を待っている。男たちの手にした武器は、ニセ領主の一言があればすぐに四人の命を奪える位置に構えられていた。
さて、こんな遊びに興じていても、を除く三人は乱世を駆ける傑物と名軍師である。常ならば賊に遅れなど取るはずがないのだが、どういうわけか身体が痺れて力が出ないのだった。
「演出です」
三人が武器を手にするのもやっとという状況で、だけが一人ぴんぴんした様子で暢気に残り物に箸を伸ばしていた。ひと講談終えて小腹がすいたらしい。
「これがか?」
先ほどの書庫での一幕が賈詡の脳裏に蘇る。はニセ領主に遺体の数と、使用人の勤続を尋ねていた。あの時は何を聞いているのかさっぱりだったが、こうして種明かしされるとそれがニセ領主の犯行を暴く手がかりになり得たのだと気づく。
「ああいう事をひとつふたつ聞いておけば、ニセ領主殿も警戒もするでしょう? 万が一犯行が暴かれた場合は私達を始末しないといけないので、予めごろつきを集めておいたのでしょう」
そして案の定、犯行を暴かれ実力行使に出たというわけだ。
の応えを受けて、賈詡はしびれた身体で精一杯顔をしかめた。つまり料理や酒に仕込まれた痺れ薬も想定内というわけだ。薬の効かないはそれでいいだろう。演出を娯楽の一部として楽しめる曹操と郭嘉もべつにいい。だが自分は無駄に窮地に立たされて、危機感を味わうのを楽しいとは思えない。
「毒素の少ない痺れ薬のようですからご心配なく。と言っても、普段の四分の一も力が出ないでしょうから、頑張ってくださいね。負けたら皆さんも姑獲鳥の仲間入りでしょうから」
はにっこりと微笑んだ。
そして、乱闘が繰り広げられる。
薬が効いて弱体化いるとはいえ室内の無双乱舞は危険きわまりない。三人が大暴れする中、は避難させておいた酢豚の皿を平らげて、満を持してニセ領主の前へと歩み寄った。
当然、ニセ領主は手にした武器で斬りかかって来たわけだが、その刀身をはぱしっと箸で掴むと指先だけで砕き折った。人間離れした剛力にニセ領主は悲鳴を上げて後ずさる。
はやれやれと嘆息を漏らす。
「貴方も大人しく姑獲鳥の真似事だけしていれば、罪が露見することもなかったでしょうに。人間風情があやかしの名を騙るからこうなるのですよ」
「ば、化け物……っ!」
「化け物? 失敬な」
は唇を歪めて笑みを零す。
両手から皿と箸が床に落とされ、音を立てて転がる。
「ふふふ、二本足で地に立つのがやっとの脆弱な人間が、何を偉そうに抜かすのです。わざわざお前にわかる言葉でお前の罪を説いてやったというのに、その程度の捨て台詞しか吐けぬとは底が知れる」
「な……あ……」
は朽葉色の瞳をぎらぎらと光らせ、不気味な笑みを浮かべたまま男へと詰め寄った。
「知っていますか? 化け物とは本来畏怖の対象であり、崇め奉り怒りを鎮めなければならないものなのですよ? それをお前は鎮めるどころか火に油を注いだのです」
の手がすらりと腰に佩いた細剣を抜いた。玉で作ったような華奢で鋭利な刀身が、男の鼻先に突き付けられる。
良かったですね、とは男に声をかけてやった。
「私が本物の化け物なら今頃お前は腹わたをぶちまけて、這いずりまわっていた所です。私はあいにくそういう趣味はないし、そういう類の者でもありません。お前は本当に運がいい」
は獣のように鋭い眼光を放ちながら、男に向けて大きく振りかぶった。一閃の後、飛び散った血しぶきを頬に受け、はくすりと笑う。
「私はただ罪を裁くだけ。お前は本当に運が良い」
end
これで事件は解決ですが説明の足りない所もあるので、
次回、補足回です。