青い羊は思考する ー鳥の怪04ー
広間で開かれた晩餐はごく平凡と言わざるを得なかった。豪勢な酒肉が用意されているが、曹操の開く酒宴で振る舞われるものより味も見た目も見劣りするのは当然である。美しい舞姫がいるわけでも、選りすぐりの楽師がいるわけでもなく、この地特産という珍しい酒を領主の酌でしきりに勧められただけだった。
しかし、憮然としている賈詡と対照的に、曹操と郭嘉はとても愉快そうである。この人らは些細な事で人生が楽しくなれてお得な御仁だ、などと無礼な事を賈詡が考えていると、ひと通り皿をつついたが箸を置いた。ご馳走様、と領主に向かって微笑む。
「どうぞまだお召し上がり下さい。酒のおかわりなどいかがですかな?」
「いえ、もう結構。これ以上飲んでは舌が回らなくなります」
はそう言うと、徐ろに立ち上がり皆の顔が見える場所へと移動した。円卓を囲む一同を前に、さて、と改まって言う。
「宴の余興という訳ではありませんが、退屈しのぎに私がひとつ講談でもいたしましょう。演目は……『獬豸、姑獲鳥を食らう』などいかがです?」
の言葉に、待っていたとばかりに曹操と郭嘉は手を叩いた。謎はすでに十分。ついに待ちわびていたの解決劇を目に出来るのだ。
だが、楽しいのはこの二人ばかりで、領主はこれから何が起こるのかわからず、賈詡はわかっているが興味もあまり無さそうな顔で鹿肉などを噛んでいた。結局、聴衆の人数など関係はない。いつでもこの解決劇は曹操と郭嘉のために用意されているようなものだ。
もしこの二人が居なかったならば、謎を解くなどという余計な過程は存在しない。つまり、曹操の言う推理も謎解きもなく、ただ何らかの事象に対して誰がそれを引き起こしたのか、という結論だけが明かされるのである。
曹操はそれを味気ないといって嫌うが、獬豸冠を戴く立場にあるにはそれ以外の情報は不要に思えた。結論だけが存在すればいいだけで、こうして動機や仕掛けをわざわざ説明するのは、結論に至るまでの”演出”に他ならないのだ。
「では、まずは事件のおさらいから。皆さんが知るようにこの辺りには姑獲鳥の伝承が古くから残り、姑獲鳥は災いの兆しとされて来ました。姑獲鳥が現れると大干ばつや不作が起こると信じられているのです。事実この辺りの村では、大昔から村娘が唐突に居なくなる事がありました。姑獲鳥が目印とする血のついた着物あが発見されたりして、姑獲鳥の存在はまことしやかに語り継がれて来たわけです」
そこでは言葉を切った。まずは第一章とばかりに、姑獲鳥の伝承について語った。
続いて二章、不可思議な死を遂げた娘たちについてである。
「このように大昔からこの辺りの村娘は姑獲鳥に攫われていたわけですが、最近になって事件の性質が変わります。数年前から攫われた娘の死体がバラバラになって見つかるようになりました。さて、これは奇妙な事です。姑獲鳥に攫われた女児は、自身も姑獲鳥になってしまうと伝承にあるため、この殺人は伝承とは異なる事件だとわかります。なぜ姑獲鳥は同となるべき娘たちを殺さねばならなくなったのでしょう?」
「殺された娘たちに共通項はあるのか?」
「この辺りに住んでいる若い娘という事ぐらいでしょうか。殺された時期も、遺体が見つかった場所も、失われた部位も異なります。そして単に村娘だけ狙われたというわけではありません。領主殿のご息女も被害に遭っています」
「ふむう」
は十分に曹操に考える時間を与えてから、言葉を続けた。完全に話す調子が曹操に合わせられているのは、この場で思考しているのが曹操しか居ないためだ。賈詡は結末を知れれば構わないし、の講談は所詮茶番に過ぎないのだと、真面目に付き合うつもりはない。郭嘉は曹操や領主も含めたこの場の雰囲気を、楽しんでいるだけだった。領主もまた何故、旅の一行がこんな話をし出したのか別の意味で思考していただろうが、それはの講談の中身とは無関係である。
「領主殿には二人のご息女がいらしたが、上のお嬢さんはすでに亡くなられています。一年ほど前、姉妹そろって姑獲鳥に攫われ殺されてしまったのです。下のお嬢さんは無事でしたが、以來、心を病んでしまわれた。実のお父上も理解らないご様子で、帰りたいと泣き叫び、父母を想って慟哭するのだそうです。ここがご自分のお家であるにも関わらず。まるで姑獲鳥の呪いにかかったようではありませんか」
第三章、領主の二人の娘である。
呪いという言葉にさすがの領主も不愉快そうな顔を見せたが、は気に留めなかった。どうです、と曹操の方を見やり、早々と曹操が降参を示すとあっさりと答えを口にしてしまった。
「お分かりになりませんか? この人が犯人ですよ?」
と、領主の方を指さしたのだ。
「な……」
驚いたのは領主である。一体なにを言っているのか、何の犯人なのかさっぱりだ。だが、一同は領主の様子など構わずに、四人だけに通じる会話を続けるのだ。
「いや、それは知っておる。お主がこの場で種明かしを始めたのだ、それ以外にあるまい」
「あははあ、そりゃあ推理と言いませんなぁ。そのくらい俺だってお見通しだ」
自分も推理などするつもりがないくせに、賈詡が皮肉っぽい声で茶々を飛ばした。
「だが動機はなんだ? なぜ村の娘や自分の娘を殺さねばならん。なぜ姑獲鳥を騙る必要があった。姉の方だけ殺したのは何故だ」
立て続けに挙がる疑問に、は一言だけ手がかりを口にした。
「問題です。なぜ娘の死体はバラバラだったのでしょう?」
曹操は思考を巡らせた。死体をバラバラにした意図は、持ち運びしやすくするため、そして判別しづらくさせるためだろうか。その回答は偉そうな口ぶりで六十点、と評価を下す。
「運びやすくするのは正解です。一箇所に捨てたら何が足りないかすぐ理解ってしまうので、色んな場所に撒かなければならなかったんです。でも、それが誰の死体か完全に理解らなくなっては困るのです。わかりにくく、でもよく知る人物には見分けられるくらいに特徴を残しておかなければなりませんでした」
「何のために?」
「死体を錯覚させるためです。実は領主殿のご息女は二人ともすでに亡くなっています」
がさらりと漏らした事実に曹操と賈詡は衝撃を受けた。マジか、と書庫から娘の慟哭する声を直に聞いた賈詡は背筋を震わせる。
「待て待て、じゃあ土蔵に閉じ込められてる女は何者だ。あんなはっきりした肉声で、まさか幽霊だとか言うんじゃないだろうな」
曹操を押しのけるようにして、賈詡が口を挟んだ。得体の知れないもの、妖怪モノノケ幽鬼の類が賈詡は苦手なのだった。これが人間の仕業ならどんなに凄惨でも構わない、だが本当にあやかしが出てくるのは駄目だ。
「安心してください、賈詡殿。あの人はちゃんと生きた人間です。しかも正気ですよ」
「じゃあ、どうして恨めしげな声で泣いてやがる。ここが自分の家じゃないのか?」
「違います」
またもやはけろりと言いのけた。
「姑獲鳥というのは雌しかいないんですよ。母親だけならまだしも、父親を恋しがって泣く時点で、あの人は姑獲鳥となんの関係もありません」
絶句した賈詡を今度は曹操が押しのけるようにして、分かった! と大声を貼り上げた。
「あの娘は別人なのだな? 領主の娘は一年前に殺され、代わりにあの娘はここに連れて来られた。替え玉になるために! そういう事か!」
「ご明察の通りです」
百点と言いはしないが、は満足気に微笑みを返す。だが、すぐさま曹操の脳裏に新しい疑問が浮かんだ。なぜ替え玉が必要だったのかだ。
「端的に言えば、”心を病んだ領主の娘”という役者が欲しかったのでしょう。姉妹の一人が生きている事にしたのはそのためですね。あの人は正気ですが、自分の家にいながら帰りたいと泣いたり、父親を前にして父母に会いたいというのは変です。領主の娘という役割からすれば、それは狂った言動になってしまうのです」
だから土蔵に閉じ込められ、入り口に見張り番までいたのだ。そうでもしなければ、自分の本当の家へと逃げてしまうから。窓を壊して逃げ出したのは狂気による行動などではなく、本当にこの家から逃げ出したかったのだ。
「待て。土蔵の中にいるのが偽物だとして、なぜ誰もそれに気付かなかったのだ。いくら閉じ込めていようと、屋敷の使用人と顔を合わせることもあったろう」
「それは心配無用です。一番接触する機会の多い下女と見張り番は、最近雇われた人たちです。入れ替わる前のお嬢さんの顔を知りません。もし自分はこの家の子じゃないと訴えてきても、お嬢さんは心を病んでいるからと取り合わなかったでしょう」
「だが、他の者はどうなる」
「どうとでもなりますよ。そもそも馬番や庭師、門兵たちと接点は多くなかったでしょうし、彼らは老齢で目が悪いので背格好が似ていれば顔つきなんかが違っても分からないはずです。なにより本物の着物を着せて、父親が本物だと言っているのです。疑ったりしません」
なるほど、と曹操は頷いたが、一つ解せない点があった。
「なぜ老齢だとわかる。会ったのか?」
自分で聞きながら、それはないと曹操は考えていた。はわざわざ自分の答えを確認しに行くような真似はしない。普段から結論があればそれで十分、過程など不要と豪語しているのだ。
曹操の予想通り、は首を横に振ると意味深な笑みを浮かべて見せた。この自分だけが知っているという顔をするのが曹操は気に食わないのだが、この謎は追々説明させるとしよう。
はただ一言、
「それはほら、姑獲鳥が出るような場所ですから」