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青い羊は思考する ー鳥の怪03ー




「あー、腹立つ。毛根という毛根が死滅する呪いでもかけてやろうか」
「ん、何か言われましたかな?」
「いや、何も」
 賈詡の漏らした不穏な言葉に領主は一瞬怪訝そうな視線を向けてから、文献の説明を再開した。
 曹操と郭嘉にまんまとはめられ書庫へ連れて来られた二人だったが、事件の手がかりとなるべきような情報を欲しているわけではなかった。そもそもすでには事件の真相を突き止めているのだ。曹操と郭嘉が二人を書庫へ向かわせたのも、どうせ先ほどのつれない態度への意趣返しなのである。
 姑獲鳥が如何なる妖怪かを書き綴った書物をめくりながら、は徒労を覚えた。いまさら妖怪の知識など蓄えたところで、どうにもならない。
「こりゃずいぶんと古い文献ですなぁ」
 賈詡が当たり障りない感想を漏らす。曹操や郭嘉にああ言われてしまった手前、少しは興味がある振りを装わねばならなかった。
「はい。この辺りには昔から姑獲鳥の伝承がありまして、不幸の兆しと象徴されてきました。姑獲鳥が現れると、その年は必ず大干ばつが起こり土地の者はたいそう苦しめられたと言われております」
「あははあ。吉兆の象徴である獬豸とは逆ってわけだ」
「獬豸? あの罪を裁くという? はあ……まあ、こちらは妖怪ですから」
「なら姑獲鳥と獬豸が顔を合わしたら、姑獲鳥はまっさきに罪を疑われるってわけだ」
 唐突に獬豸の名など出してきた賈詡を、は物言いたげな目で一瞥した。領主には何のことかさっぱりだっただろうが、は頭上の獬豸冠の事を思った。さっさと事件を片付けろと言外に催促しているのだ。
 二人の意味深な視線の交錯に気づかず、領主はところで、と徐ろに話を切り替えた。
「昼間は村の方へ視察へ行かれていたとか。攫われた娘の死体が見つかったという話は聞かれましたかな?」
「んー……、バラバラにされてたとか何とか」
「惨いものです。遺体はみな辛うじて家人が判断できる程度で……。私の娘もそうして殺されてしまいました」
「んん、殺された?」
 それは二人にとっても初めて聞く話だった。少なくとも四人以上殺されていると聞いていたが、そのうちの一人は領主の娘だったのだ。
 が興味深そうに質問を返した。
「お嬢さんは攫われたのですか?」
「はい。あれはもう一年ほど前の事になりますか……。それまでも若い娘の遺体が見つかったとかで、私も何とかせねばと常々考えておったのですが……まさか私の娘たちまで毒牙にかかるとは」
「娘たちと言うとお一人ではなかったと?」
「二人姉妹です。ある晩、一緒にこつ然と姿を消してしまいました。妻はもう亡くなっておりますので、娘たちは私にとって唯一の家族なのです。なんとしても殺させてはなるものかと、手を尽くして方々を探させました。妹の方は幸い山中を彷徨っているところ保護しましたが、姉の方はすでに……」
 四肢を無残に裂かれ死んでいたのだと言う。
 領主は涙ぐんだ目元を袖先で拭いながら、窓の外に目をやった。母屋に連なる形で土蔵が見える。通気口らしき穴が屋根の下にあるだけで窓はなく、入り口に見張りらしき男が立っていた。
「可哀想に、あの日から下の娘は気が触れてしまいました。私の事も理解らないようで、しきりに帰りたいと泣くのです。ここがお前の家だよと言っても理解らないようで、窓を壊してどこかへ逃げようともしました。それで仕方なく、ああして土蔵に閉じ込めているのです」
 耳を澄ますと微かに金切り声が漏れ聞こえた。家に帰りたい、父母に会いたいとしきりに泣き叫んでいるようだ。
 狂ってしまった娘には、この場所は見知らぬ土地に見えるのだろうか。身体は戻っても、心は戻らず遠くに行ってしまったまま、道を失い彷徨い続けているのだ。これから先も決して辿りつけない我が家を探し続けるのだと思うと、哀れに思う反面、賈詡は不気味に感じもした。
 は土蔵の方から視線を戻し、ところで、と話題を変えた。
「バラバラにされた娘たちですが、なぜ四人以上殺されたと分かったのでしょう? 娘たちは同時に見つかったわけではなく、また攫われた皆が殺されたわけでもない。そうですね?」
 の唐突な問いに、領主は一瞬きょとんと目を丸めた。
「それは……家族が名乗りでましたので。着ていた服や、身体の特徴から判断がついたのです」
「なるほど。貴方を含めて四家族いたのですね」
「はあ……もちろん獣に食われたか別の場所に棄てられたかで見つかっていない部位もあるでしょうから、それ以上に殺されている可能性もあります」
「もう一つお聞きしますが、こちらのお屋敷には何人ほどお勤めですか?」
 またずいぶんと唐突に話が飛んだ。領主は不思議そうな顔のまま、脳裏で人数を数えたのか思案顔を作った。
「ええと……七人ですか。家事などをさせている下女が二人と、馬番と庭師、門兵が二人、それにあそこで見張りをさせている男です」
 このくらいの広さの屋敷であれば十分な人数だろう。意図をはかりかねて怪訝そうな視線を向ける賈詡だったが、は構わず質問を続ける。
「こちらに勤められて長いのですか?」
「馬番と庭師は先代からの付き合いですな。警備の者らも長年勤めてもらっております。下女も前はもっと大勢いたのですが、娘がああなってしまってから気味悪がって辞めてしまいました。なので、今いる下女と見張り番は最近雇い入れた者たちです」
「なるほど、なるほど」
 は大仰に頷くと、領主の答えに礼を言って再び姑獲鳥の文献をめくり始めた。どうやらの感心事はその二つで終わっていたらしい。賈詡と領主はの意図が理解らず取り残されるような形になったが、やがて下女が晩餐を告げに来て、その件はうやむやとなった。
 広間へ向かう間に賈詡はこっそり真意を尋ねたが、は何でもないです、と言うだけだった。
「何でもないはずがないか。あんたはいつも説明が足りん」
「そうは言われましても、本当に何でもないんですよ。ただの演出の仕込みですから」
「演出?」
 ほら、とも内緒話をするように声を潜める。
「郭嘉殿がしたり顔で言っていたではないですか。正しく理解するという過程を飛ばすと、罪は罪にならず、罰も罰になり得ないだとか。とっくに分かっている出来事をこれ見よがしに説明するというのは私にはとても無駄な行為に思えるのですけど、どうやらそれが必要な方も居るようなので」
「んん? そいつは俺のことか?」
 理解力が足りないと言われたようで賈詡は憮然としたが、は笑って首を横に振る。
「違いますよ。賈詡殿はむしろどちらでも構わないでしょう? 貴方は結果さえ知れればそれで良い人です。でもあの二人は……特に曹操殿は無駄を無くすと、遊びが足りないとかでご不満なのです。あの人達は戯曲の演目気分で観覧しているので、舞台演出がしょぼいと後になってぐちぐち文句を言うのですよ」
「あははあ、満足してもらわなくちゃ次々に似たような事件に駆り出されかねんってわけか」
 は頷いてため息を漏らした。
「これでも不必要と思う役者まで、わざわざ舞台に上げる努力をしているのですけれど。まあ……今宵は獬豸が姑獲鳥を狩る様でもお楽しみいただくとしましょう」



end


次回、唐突に解決編。