「娘っ子ばっかり攫われて殺されたんです。ありゃあ間違いなく姑獲鳥の仕業に決まっとります」
「ああ……息子は兵隊に取られて、そのうえ娘まで……もうこの村は儂ら年寄りばかりじゃ」
「お役人さま、どうかおらたちの村を救ってくだせぇ。ここの所ずっと日照り続きで食うものもねぇのに、働き手まで居なくなっちまってこのままじゃ村はお終いじゃぁ」
腰の曲がった年寄りたちに四方を囲まれ、さすがのと賈詡も進退窮まった。知りたいのはこの寒村で最近続く不可思議な人死にの事である。徴兵や日照りの被害など管轄外なのだが、二人が中央から来た役人とあって村人たちの期待の眼差しは拒みきれるものではなかった。
終いには念仏まで唱えられかけ、手を合わせて拝まれる前に賈詡はを小脇に抱えるようにして人垣を飛び出した。
「ったく、まいったね」
小柄なを片腕にぶら下げながら、賈詡が疲れきった顔で嘆息を漏らす。ぶら下げられているも困り顔で、ううんと唸り声を上げた。
「姑獲鳥? はっ、馬鹿馬鹿しい。んな空想上の生き物いるはずが……っと、こりゃ失礼」
賈詡はが頭に載せた大きな獬豸冠を見やり、皮肉っぽい笑みを唇に寄せた。
獬豸とは、麒麟や鳳凰と同じく伝説上の生き物である。法と正義を司る瑞獣であり、法律を執行する役人が好んで身に付ける羊に似た一角獣だった。
「いえ、それは構わないんですけど……困りました」
「んん? さすがの殿もお手上げかな?」
「そうですねぇ」
賈詡に荷物のように運ばれながら、は思案顔を作った。この娘のこんな顔を見るのは初めてじゃなかろうかと思いつつ、賈詡の足は寒村を見下ろす形に盛り上がった高台へと向いていた。
そこにこの辺りを治める領主の屋敷があるのだ。曹操の命で訪れたと言う事もあり、一行は領主の家に宿泊を許されている。
調査中の衣食住に困らないのは結構だが、二人にはそれ以上に困った出来事があった。
その出来事とは ――――
「姑獲鳥の怪、か。興味深い。どう思う郭嘉よ?」
「これは妖怪の仕業に見せかけた犯行でしょう。攫われた娘で遺体の見つかっていない者の中に、犯人が居ると見ました」
「ふっ、さすがよ。儂はまた犯人は男説を考えてしまったぞ」
「曹操殿、同じネタでは事件は楽しめませんよ。事件のカラクリは常に新しく鮮やかでなければ、ね」
屋敷の敷地内に造られたという湯殿の前で、賈詡とは大いに顔をしかめた。
男が二人、湯の上に徳利を載せた盆などを浮かべ、優雅に盃を手にしながらゆったりと温泉に浸かっている。しかも頭の上には白い手ぬぐいまで載せ、これでもかと言うほどご機嫌な姿だ。
二人にとって直属の上司、そして君主にあたる人物であるが、腰に身につけた武器に手を伸ばすのに躊躇いはなかった。賈詡は鎖鎌を、は獬豸の角のように鋭い腰の細剣を手にして、一呼吸。もし好感度などという目に見えぬ数値が存在していたならば、この時二人の好感度は共通の敵を目の前にして最高に高まった事だろう。
特に打ち合わせをしたわけでもなく二人は声を揃えると、
「犯人は……お前たちだ!」
青い羊は思考する ー鳥の怪02ー
話は曹操配下の軍師たちが、仕事を一方的に押し付けられた哀れな居残り組と、曹操の思いつきに連れ回される気の毒な出向組の二手に分けられた所から始まる。
当然曹操の思いつきに、悪ふざけを加える事を何よりの愉しみとしている郭嘉は後者である。そして道連れ役として賈詡も同行させられた。
に選択権はなかった。曹操が事件簿という名の辞令を笑顔で持ってきた瞬間には、すでに出立の準備は勝手に整えられており、栗毛の馬と一週間程度の着替えなどが荷になっていた。主に苦労させる方と苦労させられる方に分けられた所で、一行は事件のあった村へと馬を走らせたのだった。
「で、まあ、事件のあらましというのはこうだ。もともとこの辺には姑獲鳥の伝承があって、若い娘が夜間にこつ然と消えてしまう事があるんだとか。朝、家人が目を覚ますと娘がいない。慌てて探すと庭先に、血のついた娘の着物が落ちてたりする。それを見て嗚呼、姑獲鳥が娘をさらっていってしまった、と言われるようになったわけですな」
賈詡が調査の報告を行うと、曹操と郭嘉はふむ、なるほど、と分かったような素振りで神妙に頷いた。どう格好つけようとも、下半身は手ぬぐい一枚という全裸に近い姿で湯殿の床に正座させられているのだが、面倒くさいので賈詡もも突っ込みを入れることはなかった。
「蛇足でしょうが、姑獲鳥とは翼を持つ女怪のことです。その名の通り人間の女児を攫う妖怪で、羽毛を脱ぐと人間の姿になるとも言われています。活動するのは主に夜間。標的に決めた子供の服に血を付けて目印にするという伝承から、村の者は姑獲鳥の仕業だと思ったのでしょう」
「翼を持つ女性とはとても魅力的だね。うん、人間の女性に化けれるというのもとてもいい」
女怪と聞いて郭嘉が反応を示したが、賈詡ももそれを聞き流した。
「構ってくれないと寂しいのだけれど?」
とウサギのような目でこちらを見てくるが、郭奉孝という人をよく知る二人は罪悪感の欠片もなくそれを無視する。
「ま、これで済んだら化け物が現れたってことで話で終わるんですが、続きがあります。ここ数年になって若い娘の遺体が発見されるようになったわけですな。消えた娘の全員というわけじゃないが、殺されたのは少し前に家から消えちまった娘ばかり。伝説じゃ姑獲鳥に育てられた娘はやがて姑獲鳥になるんだそうで、殺されるなんてのは妖怪の仕業にしちゃ、逆に奇妙なわけです」
娘たちの遺体はばらばらにされ断片的にしか発見されなかったが、着ていた衣服や身体的な特徴から村の娘たちだと分かった。少なくとも四人以上は殺されていた。
村人は娘が家に帰りたがったから怒った姑獲鳥に殺されたのだと噂したが、伝承と異なる事態に違和感を覚える者もいたのだった。そういった経緯がありただの怪談めいた話が、曹操の耳まで届くこととなったのである。
「んー、奇妙なもんだね。被害者は貧しい村の娘ばかり、しかも攫われた全員が殺されたってわけでもない。動機はなんだ? 姑獲鳥の仕業にして得があるか?」
「得がなくば罪など犯すまい。あるいは……犯人は変態的性的嗜好の……」
「違いますよ」
曹操が変な方向へと犯人像を歪ませかけたので、はぴしゃり言い放って軌道修正させた。不服そうな顔の曹操は捨て置き、は犯人はとっくに解ってるんです、と告げる。
「なに? 湯けむりもお色気要素もない内にか!」
「ぽろりもまだのようだね、殿」
は心から軽蔑するような視線を二人に向けたが、ここで突っ込みをいれると益々増長するので、あえて何でもない風を努めた。困っています、と先ほど賈詡に告げたのと同じ言葉を繰り返す。
「罪を暴くのは容易いですが、暴いてもいいものかどうか……」
「なに?」
曹操は理由を問いただそうとしたが、屋敷の方から豪奢な衣をまとった男が向かって来るのに気づき言葉を飲み込んだ。
「やあやあ、湯加減はいかがですかな?」
屋敷の持ち主であるこの地方の領主である。
なぜ曹操と郭嘉が半裸で床に正座させられているのか疑問に思っただろうが、領主は人の良さそうな笑みを浮かべ曹操に向かって拱手をした。
無論、領主に素性は明かしていない。曹操は中央の高官であり、部下を連れて視察がてら湯治にこの地を訪れたという設定を伝えてあった。
「お主のもてなし感謝するぞ」
「これはありがたいお言葉。御老公もどうか旅の疲れをごゆるりとお癒しください」
「御老公?」
と郭嘉は声を揃えて聞き返したが、不思議そうな顔をしたのは領主一人で、曹操は領主の言葉に応じるように大仰に頷いて見せた。
「どれ、郭さんや。儂らはもうひとっ風呂浴びるとするか」
「そうですね、ご隠居様」
よく分からないが、どうやらそれが領主に告げた曹操一行の設定らしい。老公などという歳ではないだろうに、曹操が無理にそう呼ばせているのだ。
曹操はすっかり冷えてしまった身体を肩まで湯の中に沈め、湯殿に着衣のまま立つ二人にちらりと目配せを送る。
「おお、そういえば、そこな二人は各地の伝承を編纂するのを生業としている。此度の旅にはこの地方に伝わる姑獲鳥の伝承を調べさせるため随行させたのだ。聞けばこの地には今も姑獲鳥が出るとか……、その者らの調査に手を貸してやってはくれぬか?」
「その二人は妖怪がいれば食事も要らぬというほどの、大の妖怪好きでしてね。どうか色々と話を聞かせてやってもらえるかな。湯浴みや酒よりもそっちのほうがよっぽど魅力的だろうからね」
と賈詡は盛大に顔をしかめたが、領主は素直にそれを信じたのか、人の良い笑みのまま何度も頷いて見せた。
「我が家には古い文献も残っておりますゆえ……ささ、こちらへ」
これでは後に退けない。
余計な設定を加え、さらに追撃をかました曹操と郭嘉へ二人は鋭い視線を向けたが、湯に浸かった二人はたちの存在などとうに忘れたのか、さっさと酒盛りを始めていた。
振り回されてばかりの苦労組の向ける視線に、殺意に似た仄暗い感情が篭った事を曹操と郭嘉は知らない。
end
水戸黄門ネタには特に意味はないです。
ただ郭さんやと呼びたかっただけ。