わりと平和(?)な三国世界で、ミステリーもどきをするお話。
ヒロイン:不本意にも探偵役を命じられた文官、曹操:ミステリーオタクの君主、郭嘉:人をおちょくる事に刹那の時を楽しむ軍師、賈詡:苦労人というキャストでお送りします。
殺人事件がまれに起こりますがギャグテイストです。
中国妖怪とかオカルトっぽい話やパロディ、深刻なキャラ崩壊を含みます。
問題ない方のみお進みください。
曹操の配下は多しといえど、その装束に獬豸(カイチ)の装飾を許されたのは唯一人である。
正義と公正を司る獣、獬豸。その姿は一角の羊のようであり、諍いが在れば理を持たぬ方をその角で指し示し、罪人を突くという。
法律を執行する役人が好んで被った法冠を獬豸冠と呼ぶが、実際に獬豸の姿を象ったものを身に纏うのは娘のような顔をしたこの女役人ただ一人だった。
藍色に染まった衣の背には、魏が象徴とする鳳凰ではなく法と正義を司る瑞獣の刺繍が煌めく。
己が愛する瑞獣の登場に、曹操はふっと瞑目して唇の端を吊り上げた。獬豸が現れたその瞬間、いかなる事件もただひとつの真実へと、収束して向かうのである。
「簡単な事です」
は大仰な仕草で一同の顔を順繰りに見やった。名を覚えぬたちなので正確な名は忘れたが、この場では各人の持つ記号がわかれば十分だ。怯え顔の女主人、顔を青ざめさせた下女その一、その二、第一目撃者の下男と、あとは面白半分で推理を聞きに来た聴衆である。
は聴衆の存在を意識しながら、よく通る声で事件の真相を紐解く。
「ご主人が殺されたのは昨晩の事ではなかったのです。本当はその一日前、一昨日の晩にはすでに殺害されていたのです」
衝撃がざわめきとなって広まる。当然だ。昨晩まで殺された主人は生きている事を偽装されていた。生きていると、誤認させられていたのだ。
そんなはずはありません、とすぐさまそれを否定したのは女主人だった。
「わたくしは主人が何者かと争うのを聞きました! もし主人がすでに殺されていたのなら、あれは一体なんだったのですか!」
はつと女主人を見やる。
「それは実際に目にされたのですか?」
「いえ……ですが、」
未だ納得が行かぬとばかりに困惑顔を見せる女主人に、第一目撃者となった下男も同調した。
「奥様のおっしゃる通りです。あれはまさしく旦那様が何者かと争う声でした!」
その声を聞きつけて下男は現場に向かったのだと言う。すぐさま中庭にかけつけて、池にぷかりと浮かぶ主人の遺体を発見した。蓮の浮いた水面に血が広がり、主人は喉を突かれて死んでいた。
屋敷の門には守衛が立ち、誰一人出入りした者は居ない。万が一壁を乗り越えて外へ出たとしても、見晴らしの良い道に不審者が現れればすぐさま気づかれてしまうだろう。屋敷の外にも中にも、主人を殺した賊など存在しなかったはずなのだ。
は視線を下男の方に向け、問いかける。
「それは本当にご主人の声でしたか?」
「は……?」
「貴方が聞いたのはご主人によく似た男の声だったのではないですか?」
の問いかけに下男は絶句する。女主人がはっと息を飲んだ。疑わしげな視線が下男に注がれ、その視線の意味を理解したのか男は必死になって首を横に振った。
「屋敷の中に居た男性は、主人とお前だけのはず……」
第一目撃者をまず疑えとはよく言ったものだ。主人の声音を真似てさも争っているように演技し、池に死体を突き落としてから、まさに今駆けつけたように振る舞ったのかと。一同の瞳の色は戸惑いから驚きへ、やがてその推論に至り確信を得たそれに変わる。
だが、今まさに殺人鬼の名を与えられようとしていた男を救ったのは、の一言だった。
「いいえ。それは違います」
「どういう事ですの?」
は後ろ手に手を組んで歩きながら、役者たちの顔をまじまじと見つめた。今回の舞台はずいぶんと質素な仕掛けだ、と胸中で独り言つ。
「目に見えるものがすべてではないという事です。思い込みは目を曇らせ、無意識にそれを除外してしまう。この事件はそれを意図的に利用した犯行です」
の朽葉色の瞳が、女主人の顔を、二人の下女の顔を、下男の顔をゆっくりと映す。その瞳が獣のような鋭さを宿した事に、舞台の上の者達は気づいただろう。
「、もうよかろう」
の勿体つけた言い回しに痺れを切らしたのか、聴衆に徹していた曹操から許しの言葉が出た。はそちらを一瞥し、御意に、と恭しく頭を下げると、静かに腰に佩いた細剣を抜いた。なで斬りにすればすぐさま使い物にならなくなりそうな、華奢な刀身がきらりと輝く。
一同に動揺が走る中、はその切っ先を振りかざし断罪の言葉を発した。
「さあ、観念しなさい。貴方が犯人です」
青い羊は思考する ー鳥の怪ー
「いや、しかし今回も驚かされたぞ。まさか女主人が実は男で、主人を殺したあと二人一役を演じつつ、氷で喉を尽き証拠隠滅をしておったとは!」
事件解決を祝してと振る舞われた盃を傾けながら、曹操は上機嫌で声を張り上げた。
「しかも、屋敷の者達に薬を飲ませ時間感覚を狂わせた挙句、密室だと思われていた屋敷内には実は隠し通路が用意されており、そこで双子の妹である本物の女主人と入れ替わり、早馬で五時間はかかる場所から船を使ってわずか二時間で移動していたとは……まさに謎のるつぼのような事件であった!」
「さすがね。殿にかかればどんな謎もまるっとお見通し、かな?」
事件の謎を肴に杯を交わす曹操と郭嘉は、何とも楽しそうである。この二人にすれば、なにが肴だろうと酒があれば楽しいのかもしれないが。
一方、大して面白くなさそうな顔でちびちびと酒を舐めているのは、事件を解決したばかりのである。獬豸冠は膝の上に下ろし、自分の仕事はもう終わったと表しているようでもあった。
「こんなのは茶番です」
二人の興を削ぐような言葉を、ぽつりと呟く。
「何故あのような説明が必要なのです。そもそも現場に赴く意味もありません。事のあらましだけ第三者が伝えてくれれば、それで事足りるものなのです」
「つれない事を言うな。ほれ、酒だ。飲め、飲め」
曹操は構わず、の満杯に近い盃にがばがばと酒を注いだ。溢れかけた盃にが慌てて唇を寄せる。
「でも、貴方には説明の義務があるんじゃないかな? 罰というのは罪を正しく理解させて、初めて与えられるものだと思うのだけれど」
盃に唇をつけたまま、が物言いたげな視線を郭嘉に向ける。
「貴方にとって罰は罪と共に常に明確なのかもしれないが、ただの人間はそうではないからね。正しく理解させるという過程を飛び越しては、罪も罪ではなく、罰も罰になり得ない」
「……詭弁に聞こえますが」
「まあ、貴方の解決劇は見ていて楽しいからね」
結局はそれが本音なんじゃないかと、はジト目を向ける。魏の君主たる曹操に、その参謀である軍師・郭嘉。二人の大物がわざわざ市井で起こった事件に首を突っ込んだりするのは、の解決劇を娯楽として楽しんでいるからだ。まるで戯曲の講演を待つかのように、こうしてみずからに現場検証をさせ、自分たちも勝手に立ち会ったりしている。
「それはそうと、西の方の寒村で不可思議な人死にが続いていると聞く。どうだ、事件の香りがするであろう?」
「それはとてもいい。あの辺りには温泉があるらしいし、良かったら共に湯けむり殺人事件などいかがです?」
「おお、王道中の王道であるな! その発想、さすが郭嘉よ!」
「いやいや、曹操殿の情報網の広さには感服しますよ」
盃を片手に実に楽しそうに話に花を咲かせる二人を尻目に、世の中平和だなぁ、と乱世の最中にも関わらず、はぼんやりと思うのだった。
end
推理もどきをしますが、メインはギャグです。