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!CAUTION!
このお話には性的な表現や、売春を匂わせる表現があります。
また、いつも以上に半兵衛がゲスいです。綺麗で格好いい半兵衛はいません。
それでも許せる方のみお進みください。



















 いいアルバイトがあるからと声をかけられた。
 別に危険なことはないから。ただ一緒に食事したりお話したりするだけ。そしたらその人がお小遣いくれるから、それが丸々君のバイト代だよ。
 欲しいものなど特になかったが、言われるままに付いて行ったのは幼い反抗心ゆえだった。とにかく自分を粗末にしてやりたい、落ちていく自分を当て付けのように見せてやりたい、ただそれだけだった。
 援交して、この後はドラッグ、それとも妊娠? 少し救いが見えた頃に都合良く発覚する不治の病か。まるでケータイ小説のような展開を想像して独り自嘲を零し、ああこうしている事すら演技じみていると呆れかえる。
 自分は一体誰に見つけて欲しいのだろう。誰にこの手を取ってもらい、馬鹿なことはするなと叱ってもらいたいのだろう。もし目の前にその人が現れたって、どうせ撥ね付けると分かっているくせに。優しくされたら傷ついて、優しくされなくても傷ついて、ただ絶望の海に浸っていたいだけなのだ。こうして堕落していくことで卑屈になりながら、その痛みに少しだけ安心する。
 見知らぬ中年に連れて行かれたレストランは、英語以外の横文字で名前すら読めなかった。ただの水が何百円もする、きっと今まで食べて来た中で一番上等な食事。だが味はまったく分からず、会話も耳に届かなかった。
 そんな集中力の欠けたデートで何を気に入ってくれたのか、見知らぬ中年はひたすら自分を褒めた。綺麗だ、とても可愛いと、何度も何度も繰り返しては自分の手を揉むように触った。爬虫類が這い回るような感触に虫酸が走ったが、顔は作り慣れないイイ子の笑顔を貼り付けていた。相手の機嫌を取るつもりなど更々なかったが、娼婦の真似事をしてみたかったのだ。ほら簡単に騙せる、と堕落した人間の仲間に加わった気になって澄ました顔に微笑みを浮かべた。
 結局、アルバイトは食事とお喋りだけでは済まなかった。別れ際に車の陰で、無理やり口を吸われたのだ。ぬるりと歯列に沿って伸ばされた舌先が、ひどく汚らわしく思えた。
 荒い呼吸に混じって悪い大人が囁く。もっといい所へ行こう? と。
 愛想笑いを浮かべて拒否すると、革張りの財布から何枚もの紙幣が手に押し付けられた。もっとあげる、なんでも欲しいもの買ってあげるから、ね、いいよね? ねえ、いい? いい?
 なぜ自分なんかにこんなにも必死になるのだろうと、ただそれだけが不思議だった。それだけの金があればもっと手軽にプロと遊べるだろうに。
 素人が良かったのか、制服を着た子供が良かったのか、金をたくさん持ったいい大人が十代の子供に縋りつく姿はひどく滑稽に思えた。
 こいつを受け入れたら自分はもっと汚れられるのだろうか。しつこくされるのが面倒くさくて、一度くらい寝てやってもいいかと思えた。
「いいよ」
 短く告げると、まるで玩具を与えられた子供のような顔でそいつは破顔した。今すぐ行こう、すぐそこだから、とぐいぐいと手を引っ張る。気乗りしない顔のままネオンの濃い路地へと付いて行くと、ふいに肩を背後からぽんと叩かれた。
 夜のネオン街に相応しくない童顔がそこにある。ネクタイを締めていなければ子供だと勘違いされそうな風貌だ。
 男は少年のような顔にわざとらしい驚いた表情を浮かべ、
「あれぇ、こんな所で何してるの?」
 偶然出会った風を装って声をかけて来たのだ。



倫理だとか道徳だとか07





「一端の男みたいな顔しちゃってぇ。まるでちゃんの彼氏くんみたいな事いうね」
 ケタケタと笑い声を上げた半兵衛を、三成は驚きの眼差しで見返した。まさかあの写真を突き付けられてすぐに、半兵衛が動揺する素振りすら見せずこんな態度を取るとは思わなかったのだ。
「貴様、自分の立場が分かっているのか?」
 三成が威嚇するような声で低く呟く。
 半兵衛の嘲笑に冷静な心の半分は怒りに変わった。だがもう一方の冷静さで、なんでこの男はこんな顔が出来るのだと思考を巡らせる。
 ラブホテルへと消えていく半兵衛の背中は、彼の社会的地位を脅かすには十分な証拠能力を持っている。この写真自体が仮に合成だと疑われても、調べればすぐに真実だと分かることだ。まさか未成年との猥褻行為が罪にあたることを知らぬはずがあるまい。
 三成の行動如何でいつでも半兵衛の人生は音を立てて崩れるというのに、半兵衛のこの落ち着きようは一体なんだろうか。今までの職も経歴も人間関係もすべてぶち壊される可能性があるのに、半兵衛はまるでその可能性を思慮に入れていないように恐れていない。自分から尋ねた要求をあざ笑うという不可解さが不気味だ。
「立場。立場ねぇ? 逆に聞くけど君は自分の立場を間違えてないと言える?」
「なに?」
 例えばさぁ、と半兵衛は虚空で人差し指をくるくると回しながら、余裕の笑みで話した。
「その写真がうちの校長の個人的なメアドに送りつけられたり、どっかの三文マスコミに送られたりするじゃない。ま、そのスマフォ持って直接自治体に行ってもいいけど。それでどれくらいの影響が俺にあるのかな?」
 三成は半兵衛の意図が分からず目を瞬かせた。
 少なくとも職を失う。そして罰を受ける。ともすれば本名と顔写真が全国に広まり、この後の人生がめちゃくちゃになる。それが写真が第三者の手に渡り引き起こされる影響ではないのか。
「俺は教師を辞めるだろうね。PTAからも槍玉に上がるだろうし。黒田先生にも嫌われちゃうだろうなぁ、もしかしたら殴られるかも。わぁ、怖いねぇ」
「………」
「刑務所に入れられるかもしれないし、犯罪歴は死ぬまでついてくるだろうねぇ。こりゃあ再就職が大変そうだ」
 嘘だ。大変などと微塵も思っているはずがない。こうしている間も半兵衛はずっとあの余裕の笑みを浮かべているのだ。
「さて、ここまでが俺の話。じゃあ次にその写真が表沙汰になった時の、ちゃんへの影響を考えてみようか?」
 三成は盛大に眉をひそめた。なぜここでの名が出てくるのだと、冷静を保とうとしていた心が途端にどくりと高鳴った。
「あの子けっこう俺のこと好きだと思うんだ。恋愛対象っていうよりまだ憧れみたいなものかもしれないけど、自惚れとかじゃなくて割りと確信してるんだよね。で、そんな恋する女子高生の耳に憧れの教師が、実は淫乱破廉恥漢だという報せが届く。関係を持った相手は何人だとか、週にどれくらい女の子と遊んでたとか、そういう余計なゴシップが入ってくるわけ。さて……どう思うかな?」
 淡い笑みを作っていた唇が、途端に下品に歪められた。未だかつて目の当たりにしたことのない半兵衛の本性が、ようやくその場に現れたのだった。
 可哀想にねぇと同情を誘うように、悲しいだろうねぇとまるで自らが胸を痛めるように。下衆の本性を露わに半兵衛はケタケタと笑うのだった。
「今どきの子にしては珍しく、あの子、純粋だからねぇ。キスもセックスもまだでしょう? そんな生娘が、ほのかに抱いてた恋心がめちゃくちゃに汚い手でぶち壊されるんだ」
「貴様……」
「時間が経てば傷も癒えるに違いないよ。だって彼女の周りには君や黒田先生みたいな、優しい人達がたくさん居るしさ。二年? 三年? 成人する頃にはちょっと苦い思い出くらいに風化しているかもしれない。ま、男性は苦手になってるかもね。恋に臆病になるかも。傷つくのが怖くって、今以上に殻に閉じこもっちゃうだろうねぇ。 で、女子大生になったあの娘の前に、ある日昔憧れた先生から手紙が届いたりしたらどうかな?」
「………」
「べつにメールでも電話でもなんだっていいよ。なんなら直接会いに行ったっていい。大人に成長したあの娘の前に、俺が ―――― ちょっと無精髭なんか生やして、少し痩せた姿で現れるわけ。春先がいいかな? 俺はトレンチコートとか着てさ、大学前の桜並木なんかでばったり会ったりして。そういうのドラマみたいじゃない?」
「ふざけるな! そんな下らない妄想で脅しているつもりか?」
「ま、桜舞い散る中ってのは確かに出来過ぎてるけど。でも俺は会いにいくよ? 人生は長いんだし、人の探し方なんていくらでもある。早ければ早いほどいいけど、何時だっていいんだ。生きている間にいつか必ずもう一度会って、本当は君の事が好きだったんだって言ってみようか?」
「そんな事が出来ると本当に思っているのか? 俺がそんな事を許すとでも?」
「出来るよ。むしろ君には止める権利も方法も何一つないね。だってあの子は俺の被害者じゃないじゃない? 俺は”まだ”手を出していないんだよ? どうやって俺の接触を拒むの? 俺がどこから、いつ、現れるなんて分からない。一生、片時も離れず側に居ることなんて、いくら兄妹だって出来るはずないよね? 君がどっかで呆けてるうちにさ、俺はあの子の前に戻ってきて今度こそ確実に傷をつけるよ。口説いて抱きしめて可愛がって突き放して、同じ場所にふかーく、二度と治らないような傷を残そうか?」
 半兵衛の狂気にあてられ、三成は愕然とした。どうして、と呻くように呟く。なぜそこまでする必要がある。半兵衛にとってはちょっと気に入った生徒くらいでしかないのに、なぜそこまで賭ける必要がある。
 するとその問いを待っていたとばかりに、半兵衛はにんまりと唇の端を吊り上げて笑った。
「べつに俺は誰だっていいんだよ。ただ君が、彼女が、俺の前に現れたってだけで、他の女の子よりちょっと気に入ってるくらいでしかないんだよ。俺はただね、かわいい子は虐めたくなっちゃうの。世の中に絶望しまくってるスレた小娘もいいけど、ああいう純粋な子はもっといい。絶望した時の顔が誰よりも可愛いよ、きっと」
 その瞬間。
 三成は殺意を自覚するよりも先に、半兵衛の細い首を力いっぱい締めていた。半兵衛の少年のような首は、三成が力を込めればそのまま音を立ててへし折ってしまえそうなほど華奢だった。
 ぎり、ぎり、と三成は感情に任せ、両手に力を込める。だが、そうする間も半兵衛はニタニタと下劣な笑みを浮かべていた。



end


ゲスいよ!はんべさん。
タイトル前後で時間軸が異なるのですが、
今後は両方の時間の話を同時もしくは交互に進めていきます。