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 やあ、君から俺を呼び出すなんて珍しいね。なに? 授業の質問か何かかな?
 ん? 先週のこと? なんでさんが図書室にいたのを知ってたのかって、ああ、だって、俺、史書教諭だしさ。
 なに、その疑うような目。他にどんな理由があるの?
 んん? ヒナギク? ああ、そうだね。そういえば授業中ぼんやりしてたから、そんな宿題を出したかな。
 どうして彼女だけにって、べつに他意はないよ。次の授業の題材にしようかなぁって思ってたんだけど、自分で調べるの面倒だったからさぁ。
 ふふっ、何か言いたそうだね。なんでもこの竹中センセーに言ってごらんよ。
 あはは、そんなに睨まないでよ。リラックスさせてあげようとしただけだってば。
 さあ、何を知りたいのかな?
 たとえばそう ―――― 俺が昨日えっちぃホテルで何してたとか?




倫理だとか道徳だとか06





「おう、官兄ィ」
 リーゼントで固めた青年が、官兵衛に向かって快活な笑みを向けた。
 官兵衛は溜息をひとつ漏らし、校庭に乗り上げた単車の方へと背後の後者から全校生徒の視線を受けつつ、つかつかと無言で歩いていく。
「正則」
 と、見知った青年の名を呼び、間髪いれずその頭部に自分の丸めた拳を叩き込んだ。
「いってぇ」
 正則が前かがみになった瞬間、背後から観客たちのおおっという歓声が聞こえたような気がした。
「何すンだよ! 弟の頭をガッツンガッツン叩くんじゃねー」
「どうせ叩いたところで減る知識もあるまい。それより他校へバイクで乗り込んでくるとはどういう了見だ?」
 ちらり、と窓から上半身を乗り出した生徒たちの、無数の好奇の目を見やる。
 きっと尾張工業高校のヤンキーが殴りこみに来たとでも、思われているのだろう。これが豊臣ブラザーズの四男だと知れたらどうなる事か。体育教師の柴田勝家でも出てきたら、更に厄介だ。
「だ、だってよう、緊急事態なんだぜ? 俺、とにかく早く、官兄ィに知らせなきゃって思って」
 しどろもどろになりながら、言い訳をする正則。ガタイばかり立派に育ったが、頭の中はまだまだ子供のままだ。
 官兵衛は再び小さく溜息を漏らすと、何の事だと先を促した。
「そ、それがよー。俺が補習バックレて街をぶらついてたらよ」
「お前は……」
「ま、待てって! 説教は後で受けるから聞いてくれよ。街ン中で、美濃学の奴らにケンカ売られたんだよ。で、路地裏で軽くのしてやったんだけど、」
「………」
 もはや溜息も出てこない。秀吉夫妻に養ってもらっていながら、昼間からケンカに明け暮れるとは。ねねと一緒にきつい説教をしてやらねばならないようだ。
 ともかく美濃学というのは尾張県下の隣町の高校で、素行が悪いという事で有名な高校である。よく尾張工の不良たちと縄張り争いでぶつかるとは聞いていたが、まさか自分の従兄弟がそれに加わっているとは思いもしなかった。
「あいつら俺が福島正則だって知ったら変なコト抜かしやがってよ。キョーダイ揃って頭イカれてるだとか何とか」
「なに?」
「ワケわかんねぇから、もう一回ボコって吐かせたんだ。したらよぉ、なんか豊臣ブラザーズの一人がラブホの側でうろうろしてんのを最近見たとか言ってよ。カップルの後つけてストーカーみたいなコトしてるとか言うんだぜ。しかも、一回だけじゃなくて何度か見たって」
 官兵衛は普段から険しい表情を更に険しくさせた。
 咄嗟にこの場に居ない兄妹の顔を思い浮かべ、三成のあの苛立ちを湛えたような顔がそのまま脳裏に残った。
「あいつ最近、帰りとか遅いじゃん? だからもしかして、ここんとこ、毎日そんなコトしてんのかなって思ったら居てもたっても居られなくなっちまって」
 それで、慌てて官兵衛のところに飛んで来たというわけか。
 電話で連絡をつけるという方法を思い浮かばなかったのかと呆れつつ、官兵衛は冷静な口調でわかった、と短く伝えた。
 確かに三成はここのところ様子がおかしい。半兵衛が言うには、大きな問題を抱えているわけではないという話だったが、これは自分からも話をしてみる必要がありそうだ。
「わかった。私からも話をしてみよう」
「な、なあ叔父貴たちにも話すのか?」
「いや……。まだ言わない方がいいだろう」
 あの二人のことだ。そんな話をすれば必要以上に心配してしまうに違いない。そして、少なからず責任を感じてしまうはずだ。やはり自分たちは本当の親子にはなれないのだ、と。
 二人の恩義に報いるためにも、出来れば自分だけで解決したかった。そのために官兵衛は、三成との通う高校の教師になったのだから。
「とにかく事情はわかった。この件は私に任せよ」
「お、おう」
 正則は不安げな顔をしながらも、頼んだぜ、と告げるとバイクにまたがり走り去った。
 任せろとは言ったものの、三成にどう話を切り出せば良いものか。
 正則の背を眺めながら、官兵衛は言葉にならない不安のようなものを感じていた。




「君の弟クン面白いねー」
 生徒指導室の窓から、校庭での一部始終を眺めていた半兵衛はくすくすと笑みを零した。だが、笑みを向けた先の三成の表情は固く、むしろ睨みつけるように半兵衛を見ている。
「正則のことは今はどうでもいい」
 ぴしゃりと言い放つ三成に、半兵衛は唇を歪ませ笑みを送る。
「ヒドイなぁ。きっと君の事を心配して来てくれたんだよ? 今ので黒田先生にも事情は伝わっただろうから、そのうち呼び出されるんじゃない? ご両親も来るのかな? 家族なのに学校で三者面談って、軽い家族会議だよねー」
「黙れ。そんな事はどうでもいい」
 半兵衛はくすくすと笑いながら、そんなことね、と呟いた。
 大仰な仕草で椅子に腰掛け、窓を背にするようにして座る。光源を背後にして座ると、それだけで威圧的な感覚を相手に与える事が出来るのだと何かの本で読んだことがある。事実かどうかは知らないが、この部屋では半兵衛はいつもその場所に座る。生徒を威圧し、この空間を支配する場所だ。
「君にとって、昨日のこと以外は“そんなこと”なのかな? 黒田先生も弟クンもどうでもいい。ちゃん以外……どうでもいいのかな?」
 三成はきっと視線を鋭くし、射抜くような目で半兵衛を睨みすえた。
 スラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、テーブルの上を滑らせる。半兵衛は手元に届いたそれを手に取り、液晶画面をスワイプしてくっと口角を吊り上げた。
「よく撮れてるねぇ」
 素直な感想だった。
 制服姿の少女を連れ歩く自分の後ろ姿。まるでコマ送りのアニメーションのように、カメラロールには自分たちの写真が何枚も収められていた。
 さすがにここまでしっかり顔を撮られていては、誤魔化すのも至難の業か。こうして見せると言う事は家にコピーも残しているだろう。早々に降伏を表すように半兵衛は両手を上げて、ひらひらと振る。
「要求は?」
 半兵衛の問いに三成の答えは簡潔だった。
 ただ一言、
「これ以上、に近づくな」




end


更新が大変遅くなってすみません…
三成はデザイン重視でリンゴ派だと思います。
清正は家計も考えて安いやつ、正則は無くさないように液晶がデカイやつ、
豊臣夫妻は機会オンチでガラケーのままとか。