Text

倫理だとか道徳だとか03





 尾張県立尾張高等学校の豊臣ブラザーズといえば、学園内で知らない者はいないちょっとした有名人である。
 ブラザーズと呼ばれていながら実の兄弟ではなく、誰も豊富姓ではないという所が、彼らが有名である理由の一つだ。
 二年の石田三成と、一年の加藤清正が主な兄弟であり、これに尾張工業高校に通う福島正則や尾張高の教諭である黒田官兵衛を含め、その五人を豊臣ブラザーズと呼ぶこともある。
 どういう事かと言うと、この五人はすべて豊臣秀吉という人の血縁者であり、ほぼ一つ屋根の下に住んでいる家族なのだ。
 すでに成人している官兵衛だけは、四人とは別に一人暮らしをしているが、豊臣家からは徒歩五分という場所。盆正月はほぼ一緒に過ごし、弁当の中身まで同じときているのだから家族に数えても問題はないだろう。
 その五人がなぜ別々の姓を名乗っているかと言うと、これにはいささか込み入った事情がある。全員が秀吉やねねの血縁者なのだが、皆幼い頃に両親を失い豊臣家に引き取られて来たという経緯があるのだ。
 ある年のゴールデンウィーク。祖父母の銀婚式を祝うために集まったのがきっかけだった。ホテルに向かうバスが、突然の事故でがけ下へ転落。秀吉の自家用車で先にホテルに着いていた子供たちだけが無事だった。
 一日にして天涯孤独になってしまった子供たちは、すでに高校生になっていた官兵衛を除き豊臣家に引き取られた。
 子供たちの気持ちを考えあえて苗字は旧姓を名乗らせているが、戸籍上は家族。
 だが、顔も似ておらず、性格もばらばら、姓も別々な彼らは、否がおうにも人の注目を集め、いつの頃からか豊臣ブラザーズと呼ばれるようになったのだった。





「ねー、次男の噂しってる?」
 移動教室に向かう女生徒の何気ない言葉を、官兵衛は階段の踊り場で耳にした。
 次男というのは豊臣ブラザーズの個人を指すときのあだ名のようなものだ。
 つまり、官兵衛が長男。三成が次男。清正が三男で、正則が四男。は女兄弟が一人なためか長女ではなく妹と呼ばれる。
 長男である官兵衛が聞いている事に気づかないのか、女生徒たちはひそひそと声を潜めて、だがどこか楽しそうに話した。
「A組のあの子、やっぱりヤリ捨てられちゃったんだって」
「えー、マジで? またぁ?」 
「サイテー。前のカノジョ、まだ不登校なんでしょ?」
「だよねー。でも、ホントに付き合ってたのかビミョーだよねぇ。C組の子の時期ともかぶってるし」
「ってか、それよりぜってー妹ヤられてるって。同じ家に住んでるとか、もう何才の時からって感じじゃない?」
「うわっ、なにそれ児童ポルノじゃん!」
 きゃはははと可笑しそうに響く笑い声に、官兵衛はわずかに目を細めた。
 下世話で下らぬゴシップだ。信じるに値しない。もしそんな事が真実であるならば、誰よりも早く豊臣夫人の鉄拳が飛び家族会議が開かれているはずだからだ。
 そんな噂話など、一体何割の生徒が信じているのやらと呆れる反面、それでも火のないところに煙は立たぬと顔をしかめざるを得ない。三成が良くも悪くも同級生の目を引くことを、教師としてではなく血縁者として官兵衛は危惧しているのだった。
 ねねに話すべきか。しかし、あの年頃の男子は母親を嫌う。では、秀吉か。
 一人思案している官兵衛の後ろから、黒田せーんせっと子供のような声が響いた。
 同僚の竹中半兵衛だ。子供のようなあどけない顔をしているが、れっきとした教師であり、官兵衛の大学時代の先輩でもある。大学時代から世話になっているが、無邪気そうな顔をしつつ中々抜け目ない男だと官兵衛は認識していた。
「いやぁ、さすがですなぁ、次男君は。百人切りとか俺も言われてみたいよ」
 揶揄するような半兵衛の言葉に、官兵衛は不快そうに顔をしかめた。
「教師の口からそのような言葉が飛び出るとは。感心しませんな」
「あっ、やだなー、冗談ですよ。ジョーダン! あの子たちだって、まさか本気にしてるわけじゃないでしょ。良くも悪くも憧れてるんだよ。自分たちみたいな平々凡々とした人間より、よっぽどドラマティカルだからさぁ」
「だといいのだがな」
 官兵衛は肩をすくめる。
 だが、やはり三成の事は気にかかった。クールで何事にも興味のないような顔をしているが、あれでけっこう繊細なのだ。
 その細やかな機微に気づいてやれる者がいればいいのだが、あいにく豊臣家の人間はおおかた大雑把である。ねねやなら気づくかもしれないが、あの年頃では血縁者であっても異性とはなかなか話しにくいだろう。
 学園生活を見るに、腹を割って話せる友達がいるようにも見えない。自分が声をかけてやってもいいのだが、三成の方も教師よりも従兄弟としての官兵衛を見てしまうだろう。
「俺が話してみましょうか?」
 思案していると、ふいに半兵衛が声をかけた。
「珍しく心配そーな顔してるからさ。でも、黒田センセーの事だから、自分は血縁者だしとか色々考えてそう」
 だから、俺が――――次男君の悩みを聞いてあげるよ。
 一瞬、微笑んだはずの半兵衛の顔が、妙に邪悪に見えて官兵衛は背筋を震わせた。
 だが、その顔は次の瞬間、いつものようなあどけない少年の顔に戻っていて、勘違いだったのかと官兵衛は訝った。
「ま、俺も一応、生徒指導だしさ。うまく聞いておくから、心配しないでよ」
 ほらほら三限はじまっちゃうよ。
 そう肩を押され、官兵衛は釈然としないものを感じながらも次の教室へと向かった。だが、心の奥でははっきりと形にならない不安がいつまでも渦巻いていたのだった。




end


三成がイケメンぼっちな可哀想な子になってしまった……
すみません、ひよ様。。