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倫理だとか道徳だとか02





 倫理だとか道徳だとか。モラルだとか人倫だとか。
 馬鹿馬鹿しい、とため息交じりに感じた。
 泣きながら去っていった女子の背を眺めながら、どうせこんな出来事も明日には忘れてしまうのだろう、と三成は思った。
 入学してから何度目かの告白。どんな便箋に愛の言葉が綴られていようと、どんな告白に想いが篭っていようとも、三成の心にそれは届かない。
 皆モノクロのゴシック体になって、ばらばらと零れ落ちていく。
 きっと今ごろあの女子は泣いているのかもしれない。友達の前で顔を覆って、その友達はヒドイ言葉で彼女をフッた三成を罵倒しているのかもしれない。
 可哀相。酷い。サイテー。信じられない――――
 幾度となく陰で囁かれて来た自分への評価に、三成の心はもはや動揺すらしなかった。
 俺が最低ならお前たちは何なのだ、と。想いを伝えればそれが叶うと誰が決めた。願っても信じても祈っても、届かないものは届かないし、どんなに想いを重ねても一人相撲なら滑稽なだけだ。
 世界は自分に都合のいいように出来ていない。
 むしろ不都合で不便で理不尽で、ほとんどの出来事は一生かかっても自分の手では変えられない、そんなものでありふれている。
 なのに、自分だけは特別だと思って、勝手に泣いたり絶望したりするのは身勝手だ。
 俺の気持ちはどうなる。お前たちは俺の気持ちを考えた事があるのか。
 こうやって何度も何度も誰かの恋愛ごっこに付き合わされて、断った瞬間、最低な男へと勝手に突き落とされる俺の気持ちが。
 女子にも男子にも嫌われて、これだからあいつはと勝手にいけすかないイケメンのレッテルを貼られた俺の気持ちが。
 お前たちに――――わかるはずがない。



「おかえり〜、三成! 遅かったねぇ」
 家に帰るとねねがPS3のコントローラーを手に、正則と格闘ゲームに興じていた。よそ見しているくせにねねのコマンド入力は寸分の狂いもなく、後ろで自キャラを瞬殺された正則がぎゃぁぁっと頭を抱えて悲鳴をあげている。
 まったく。いつになっても呆れるくらいのほほんとした日常だ。
「ご飯は?」
「食べてきました」
 本当は何も口にしていなかったが、時刻はすでに九時を回っていて、変に詮索されるのを嫌って嘘をついた。
「も〜、食べてくるなら連絡くらいしなさい。なんのためにケータイ持たせてるの」
 ぶつぶつとねねが小言を言っていたが、それを無視して三成は階段へ向かった。
 途中で風呂上りの清正とすれ違い、帰ったのかと声をかけられたが、三成はそれも無視した。こののほほんとした日常から早く逃げ出したかった。生ぬるく暖かいこの空気が、三成のささくれ立った心をさらに刺激する。
「おい、あんまり心配かけるんじゃないぞ」
 三成のそっけない態度に顔をしかめ、清正が少し尖った声をあげる。
 ねねの事を言っているのだろう。心配はかけたかもしれないが、それを素直に嬉しいとは思うことは出来ない。むしろこのマザコンが、と胸中で毒を吐きつつ、三成は無言で自室へと向かった。
「あ、三成……」
 自室のドアのちょうど前で、畳んだ寝巻きを手にしたとばったりと会ってしまった。最悪だ。今一番会いたくない人物の顔を目にして、思わず舌打ちが漏れそうになる。
「おかえりなさい」
 伏せ目がちに視線を反らして告げられ、ああ、とだけ返す。
 ドアノブを回し、後ろ手にドアを閉めようとした瞬間、が戸惑ったような顔で声をかけてきた。
「み、三成! あ、あのね……」
 声をかけたくせに、三成が顔を向けると口を噤んでしまう。
 苛々した。
 この家が、この家族が、が、苛立たしくて仕方がなかった。
「なんだ」
「あ、えっとね……」
「用件は手短に話せ」
 ぴしゃりと言い放たれ、はびくりと肩を震わせた。
 そして、
「あのね……女の子を振る時は……もう少し言葉をオブラートに包んだ方がいいと思うよ……?」
 盛大に溜息を付きたくなった。
 あまりの馬鹿さ加減に頭痛すらしてくる。
「さっき……友達からメールが来て、クラスのみんなにもう広がってるみたい。ううん、責めてるんじゃなくて……ただ、あんまりこういう噂が広がると、三成にとっても良くない事だと思うし」
 そんな事は百も承知だ。できる事なら誰にも関わらず放っておいて欲しいと思う。なのに勝手に騒いで勝手に絶望して、勝手に悪者に仕立て上げて、その上評判がどうとか……
 思わず溜息が漏れていた。
 苛立ちを込めた溜息。そしておそらくは、少しばかりの落胆。
「お前は……そんな下らない話を信じているのか?」
「信じてなんかないよ! 三成があんな酷い事するなんて思ってない! でも、噂って勝手に広まっちゃうから、出来れば穏便に済ませたほうがいいと思って」
「それでオブラートに?」
「そう。オブラートに」
 分かってもらえたのだと勘違いしたが無邪気に微笑んで、三成はますます頭が痛くなった。
 馬鹿が、と鼻で笑ってやる気力すらない。
 お前がそれを言うのか? 自分勝手に泣いたり笑ったりする人間と同じような事を。よりによってお前がそれを言うのか?
 苛立ちが吐気と共にこみ上げて、思わず呟いていた。
「お前に……俺の気持ちがわかるか」




end


三成の回。
なんか中二っぽい台詞ですみません……
でも、三成って勝手に期待するな、迷惑だ、
とかさらっと言いそう。