ますらお04
ここは俺が払うからいいの、と半兵衛は懐から財布を取り出した。
はすまなそうな顔をしていたが、勘定までに任せたら、の男度が上昇しかねない。
を店の外に待たせ会計を済ますと、のれんの向こうにの姿はなかった。
一体どこへ……、とあたりを見渡すと、少し離れた所で町娘たちに囲まれているの姿が――――
すぐさま、ずかずかと歩み寄り、の肩をがしりと掴む。
「雪路様、そこで何をしていらっしゃいますの?」
と、黒い影を背後に背負い問いかける。
「あ、竹姫様。この方たちが道に迷われたと言うので、今……」
そんなの口実に決まってるよ――――!
半兵衛は今すぐにでも地団駄を踏みたくなった。竹姫の登場で、娘たちは明らかに不機嫌そうな顔をしている。
あんたこの人のなんなのよ、と言外に告げるその視線。
半兵衛はふんっと鼻を鳴らすと、詰め物で大きくした胸を反らし、の腕を取った。
「雪路様、参りましょう。早く帰らなければ、お腹のやや子が疲れてしまいますわ」
「え、やや子って?」
「ああっ、つわりが……!」
いもしない子供を労わるように、半兵衛は帯びのあたりをさすり、口元を袖口で押さえた。本当は餡蜜の一気食いで気持ち悪かっただけだが、嘘には嘘で対抗すべし、である。
俺の連れなんだから手を出さないでよね――――
と、視線に怒りを込めて飛ばすと、娘たちが怯んだ。
「あ、それでは……連れが急いていますので、すみません」
の挨拶もおざなりに、半兵衛はの腕をぐいぐいと引っ張ると別の道へと移った。そして、娘たちの視線が消えたのを確認すると、再びぽかり、との頭を叩いた。
女の時に手を上げたことなど一度もないが、なぜか自分が女装してが男だと、ついつい叩きたくなってしまう。女の時には許せたの鈍感ぶりが、同性になった事で許せなくなったためだろうか。
「もうっ、しっかりしてよ。こんなんじゃいつまで経っても女の子に戻れないよ!」
「ええっ、餡蜜十杯も食べたのに?」
「そうでなくて!」
半兵衛は苛立たしげにがしがしと頭を掻いた。
確かに何か明確な案があってを城下に誘ったわけではなかったが、これではあまりにも――――
男前で隙の甘い世間知らずな若武者に、嫉妬深くて腹黒い姫が寄り添っているというこの構図。どうにかならないものか。
しかも、
「竹姫様……もしかして、嫉妬してくれたんですか?」
などと、鈍感なくせにこちらが突っ込んで欲しくない所は、しっかり突く。
「嫉妬? 何が? 俺が? え、嫉妬?」
と、うそぶくが、明らかに動揺しているそれ。
「どうしよう……すごく嬉しいかも」
えへら、と頬を緩ませて嬉しそうに笑う姿が悔しくて――――また同時にとても愛おしく思ってしまうのは、もう末期な証拠だ。
「女ったらし」
半兵衛は厭味を込めて呟いたが、にその真意が届く事はなかった。
それから二人はいつぞやの逢引の手順と同じように、街を巡った。呉服店で反物を見、露天を覗き、そしておみくじを引きに神社へとやって来た。
その道中、一体どれだけの女たちが、に秋波を竹姫に恨みの念を送ったか数知れない。
「もう、俺やだ! がどんどん男前になっていく気がする!」
と、境内の石段に腰をかけて、半兵衛は顔を覆った。はおろおろとするが、どう慰めの言葉をかけて良いのかわからない。
「あの……半兵衛様、もう帰りませんか?」
赤く染まり出した西の空を見上げ、が告げる。
半兵衛はばっと顔を上げると、
「嫌だよ! 、女の子に戻るの諦めるつもり!?」
が帰ろうと言ったのが、このまま男の身に甘んじると言っているようで嫌だった。
俺はそんなの絶対認めないから! と腕を組んで、背を向ける。
背後で、が苦笑を浮かべたような気がした。
「私だって……女に戻りたいけど……今日、一日竹姫様と一緒にいて、このままでもいいかなぁって……」
ふんわりと包み込むように、背後から抱きしめられる。
「私はあなたが好きなんだって、再確認させられました。だから、あなたの側にいられるなら……」
雪路のまま、竹姫と共に生きようか。
半兵衛はとくり、と胸が高鳴るのを感じた。
おもむろに振り返り、ぽかりとの頭を叩く。
「なにそれ、俺にずっと女装しろって言うの?」
「あっ、そうですね」
そんな事すら思いつかなかったのか、は困ったような笑みを浮かべた。
ああ、もう、まったく――――
半兵衛はの腕を解くと、今度は自分が包み込むようにの身体を抱きしめた。
「こういうのは、格好いい方がするものなの。だから俺の役目」
「竹姫様……」
「今は半兵衛だよ」
半兵衛はかつらをずるりと取ると、紅を引いた唇をに寄せた。
「半兵衛様、私男ですけど……」
目を丸くするに、そんなの関係ない、と告げる。
「男でも、女でも、俺が好きなのはだよ」
西日を受けた神社の境内に、細長い影が重なる。やがてそれは夕暮れの闇と溶け合って、夜の静けさが訪れた。
どれほど長い時間、抱き合っていたのか――――いつの間にか辺りはとっぷりと日が暮れていた。
日が落ちるとやはり冷える。帰ろうか、と半兵衛が声をかけると、もそれに従った。
「ね、せっかくだからおみくじ引いていこう?」
半兵衛に手を引かれ、二人はみくじ筒をからからと鳴らした。導かれた紙を広げて、二人揃ってあっと声を上げる。
「待ち人、来る」
どちらともなく微笑んで、二人は手を取り合い、帰路を急いだ。
神仏に願いが通じた、とは思わない。
それほど信仰深いわけではないし、そもそも半兵衛は神という存在に懐疑的である。神や仏というのは、人が生きていくうえで作り上げた仕組みの一つである、というのが半兵衛の見解だ。それに縋ったり祈ったりするのは、むしろその当人が自分自身の拠り所を得るための作法であって、決して神仏がその力を貸したわけではない。結局、自分を救うのは自分自身だと思う。
ともあれ――――
「んー、やっぱりは女の子の方がいいなぁ。柔らかいし、いい匂いするし」
半兵衛は久方ぶりのの柔肌を楽しむように、ぎゅっと後ろから抱きすくめた。対するは、
「半兵衛様……暑いです」
と、ちょっと迷惑そうにしている。
嘘みたいな話だが、明くる日目覚めたは、女の身体に戻っていた。
餡蜜が効いた? とは首をひねっていたが、そもそもあの薬の効能が永続的なものではなかったと考えるのが妥当だろう。
ともあれ、これで万事解決。は再び病弱な身体へと戻ってしまったが、ひと時でも健康体を楽しめたなら良かったと思った。
それに、半兵衛様が嫉妬してくれた所も見れたし……
半兵衛が聞いたら怒りかねない事を胸中で呟きつつ、は密かに嬉しそうに顔を綻ばせた。
と、その時――――
「ーーーー! やっと見つけたぜえ!」
スパンと勢いよく開かれた襖の向こうに、正則が立っていた。
そういえば、ここ数日謎の薬売りを追って旅に出ていたのだった。しっかり忘れていたが、そのぼろぼろの姿を見ると、正則にも冒険があったらしい。
正則はずかずかと部屋に入り込むと、の腕を引いて、
「さあ、これを飲め! 今すぐ飲みやがれ! これこそ天下の万能薬『天性丸・改』! ひとたび口に含めば、どんな病もあっと治る代物よぉ!」
どこかで聞いたことのある口上だが、果たして本当にその薬は危険じゃないのか。
「あのね、正則、私……」
とっくのとうに女に戻っているのだが、正則は聞く耳を持たない。さあ飲め! とむりやり丸薬を唇に押し付ける。
見ていられなくなった半兵衛がやめなよ、と間に入ると……
「あ、」
正則の手からするりと逃げたそれが、半兵衛の口の中に飛び込んだ。
ごくり。
反射的に嚥下してしまい、さっと顔を青ざめさせる。
「え?」
「ええ?」
「ええええええええ!?」
三者三様に驚きの声をあげ、顔を蒼白にしたが、時すでに遅し。
「ちょっ、どーすんの、これ!? むしろ、どーなるの!? 俺、どーなっちゃうの!!?」
がくがくと正則の両肩を揺さぶるが、正則は目を反らしてぴゅーぴゅー口笛を吹いた。
男を女に治す効能を持つ『天性丸・改』を飲んだということは、即ち――――
半兵衛ははっと気づくと、おもむろにをその場に押し倒した。
「は、半兵衛様!?」
「女になる前に、せめて一回――――!!」
もどかしそうに羽織を脱ぎ捨て、の着物の帯に手をかける。
ああ、もう着衣でいいよね!? とまるで思春期の少年のような貪欲さでがっついたところ、の貞操の危機を第六感で感じ取ったねねと官兵衛によって、血祭りに上げられ――――
そして、明くる日、悲劇は再び繰り返される。
女になったのは不憫だが、より胸が大きかったため、しばらく口を利いてもらえない竹姫の姿があったとか諸々の逸話が残るが――――それはまた、別のお話。
end
めでたし、めでたし、という事でこれにて「ますらお」シリーズ完結です。
今までお付き合いくださり、ありがとうございました!
キリさん、面白いネタ提供、ありがとうございました!
かなり楽しく自由に書かせていただきました。またいつでもリクエスト、お待ちしております!
ところで、これ続編書くとしたらどうなるんだろう?
「たおやめ」、「ますらお」と来たら、次は……?