ますらお03
侍女達に囲まれているの姿を、複雑な表情で見つめている人物がここにもいた。
鍛錬に付き合っていた清正もまた、が発揮した天然の女たらしっぷりに辟易する一人だった。
元々、美しい容姿であるためか、老若男女人を惹き付ける魅力があったのは否めない。だが、女の頃のは触れればぽきりと折れてしまいそうなか弱さがあり、どことなく皆敬遠し、遠くから眺めているという状態だった。もちろん、その周りを固めていた子飼いや両兵衛が、人を近づけなかったというのもあるのだが、清正当人にはその自覚はない。
ともあれ、高嶺の花だったからこそ守られていた孤高の美しさ。それがだった。
ところが男になった途端、病はぴたりと完治し、か弱いどころか今では清正を凌駕するほどの腕前。誰とでも隔てなく接する明るさと、礼節をわきまえた物腰の柔らかさで、今では城内の人気は雪路に一心に注がれていた。
病が治ったのは何よりだが、いつも守っていた対象が急に元気になってしまい、奇妙な寂寥感を感じるのも事実。その上、何をどう勘違いしているのやら、いちいち人の心をざわつかせる様な物言いと笑顔で、ことごとく女たちの心を奪っていく。
心は女のままなのだからそれに応えることはないのだろうが、このまま女たちが一方的に熱をあげていくのは、あまりに酷だ。
いい加減にしろ、と注意しかけたところで、遠くから雪路の名を呼ぶ声が響いた。
何事かと一同が顔を向けると、髪の長い女が息を切らせて駆けて来る。
と、思うと、そのまま雪路の胸に飛び込み、
「嗚呼、お会いしとうございました、雪路様!」
と縋りついたのだった。
突然現れた美姫の存在に侍女たちの悲鳴が上がる一方、清正は別の意味で血の気を引いていた。
あの姿――――忘れるはずもない。
一見、美姫に見えるが、あの姿は……
「何してるんですか、はん――――」
言いかけた所で、思い切り足を踏まれは言葉を飲み込んだ。
「嫌ですわ、お忘れになりましたの? 許婚の竹ですわ、雪路様!」
そう。かつて人々を騙し、その後ちゃっかりの親友の座を手に入れた、半兵衛の女装姿――――竹姫の姿がそこにあったのだった。
あの後、侍女達が半狂乱になってひきつけを起こしている隙に、竹姫は雪路の手を取ると、ずんずんと屋敷の中へと進んだ。
奥へ奥へと進む背中に、
「どこ行くんですか、半兵衛様〜」
と声をかけると、何故かぽかりと頭を叩かれた。
よく分からないが、大変ご立腹らしい。
普段使われていない布団部屋に入り込むと、半兵衛は厳重に鍵を締めた。嫌な予感を感じつつ、がその場に膝をつくと、突如半兵衛はかつらをずるりと取りの方に叩き付けた。
「なんなのあれ!?」
と、癇癪を起こすように、噛み付く。
「えと……、あれというと?」
「あの侍女たちのこと! ちょっときゃーきゃー言われたぐらいで、鼻の下伸ばしちゃってさ」
伸ばして――――いたのだろうか?
「あの……、私そんなつもりは……」
「にその気がなくっても、あっちは勘違いしちゃうものなの! いい加減、自覚してよね。そういうの」
よく分からないがここでいい訳するとさらに怒られそうなので、は素直に謝る事にした。
「ごめんなさい、寂しい思いをさせてしまいましたか?」
と、竹姫の手を握って、まっすぐに目を見据える。声もわずかに掠れていて、女だった頃にはない色気があった。
一瞬、ぐらりとしかけて、半兵衛はぶるぶるとかぶりを振ると、
「だから、それが良くないって言ってんじゃん。そういう事は、好きな女の子にしかしちゃいけないの」
と、指先をの鼻先に突きつける。
しかし、はきょとんと目を丸くしてから、
「じゃあ、竹姫様にこうするのは間違っていませんよね? 私、竹姫様のこと、好きですから」
と、にこりと微笑む。
半兵衛はぐっと言葉に詰まってから、心底疲れた様子で盛大にため息を付いた。
「俺、のことが心配だよう。そんな事続けてたら、いつかどっかの女に、ぱくりとやられちゃうよ」
いやいや、もしかしたら男かもしれない。
男色を好む男も、この戦国乱世には多いと聞く。のような世間知らずは、いつか騙されて食べられてしまうかもしれない。
「ねえ、はこのままでいいの……?」
半兵衛はの肩を抱き寄せた。
すっぽりと腕の中に納まる華奢な身体。こうしていると女だった頃に抱きしめた身体と寸分の違いもないのに。
「良くはないけれど……でも、どうしたらいいのか分からないんです。こんな身体になってしまって、半兵衛様に嫌われてしまうんじゃないかって……」
は半兵衛の着物をきゅっと握り締めると、伏せ目がちにしてうな垂れた。
男になって一番戸惑っていたのはだ。半兵衛は背中を撫でながら、ごめんねと呟く。
は男になってものままだ。男だとか女だとか関係なく、こんなにも愛おしく感じるなんて――――
半兵衛は子供を宥めすかせるように、何度も背を撫でながら、告げる。
「ねえ、。俺は……
>が男でも愛せるよ。
>女の子になって、とめおとになるよ。
>には女の子で居てほしいよ」
「俺は……が男でも愛せるよ」
えっ? と問いかけるよりも早く。
の視界は反転し、畳まれた布団の上へと押し付けられていた。
頭上から半兵衛の妖艶に笑む顔が降りてくる。
「ちょっ、待って下さい。私、今男で……」
必死になって押しのけるが、心臓がばくばく鳴ってうまく力が入らない。
「知ってるよ。でも、俺、なら男でもいけると思う」
「あ、あの、いけるって何が?」
「ナニが」
きっぱりと言い放った半兵衛の男らしさに、は一瞬混乱する。
「は……あの、え、ちょっと待……ア――――ッ!」
その日、めくるめく禁断の扉を開いてしまったは、その後も女に戻る事はなく、生涯半兵衛の側にはべったという。
end
♂×♂エンドでした。
ナニがナニしてナニになる。下品で申し訳ない。
相手ならどっちでもいけるという、男らしさ。当然、竹姫様は攻めです。
「俺は……女の子になって、とめおとになるよ」
えっ? と問いかけるよりも早く。
半兵衛は布団部屋から飛び出すと、の部屋に残された天性丸を呑み込んだ。
そして月日は流れ――――
「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
花嫁の白無垢を着て、両の手をそろえ頭を下げる半兵衛。
と、婚礼の日、当日になってまで何が起こったのか展開についていけない。
「あ、あの、半兵衛様……これってなんか違うような……」
「嫌ですわ、竹とお呼びください」
心身ともに女に変わった半兵衛は、なんの躊躇いもなく、嫣然と微笑んで見せた。
そして、性別の壁を越えた二人の間には、二男一女をもうけたとかなんとか――――br>
end
逆転エンド。
ちゃっかり嫁の座についてるあたりが、竹姫様らしい。
「俺は……には女の子で居てほしいよ」
そうですよね、とは力なく微笑んだ。
そんな事は、本人も願っているに違いないのに、明確な解決策を示せない自分が腹立たしかった。
半兵衛はよしっ、と膝を叩くと、
「、城下町に行こうよ。そこでいっぱい女の子っぽい事して、感覚だけでも取り戻さなきゃ!」
「感覚……?」
「そうそう。城の中にいたら、どんどん男っぽくなっちゃう」
俺も付き合うから! と半兵衛はの手を取ると、半ば強引に城下町へと向かった。
「おかわり」
もきゅもきゅと一定の速度で消費されていくそれ。そろそろ十杯は平らげたのではないかというほど、眼前に空の碗が重なる。
「あれ……、なんかおかしい?」
まずは女の子は甘味だよね、と茶屋に入ったところまでは良かった。
女の子なんだから可愛く餡蜜だよね、というところまでは良かった。
だが、今のこの状況は一体なんなのか。
の見事なまでの食べっぷりに、店の女中どころか、客たちまでがほうっとため息をついて見蕩れている。こんな大食漢であるのに、口に物を運ぶ姿は美しく、白い喉が嚥下する様はどことなく色っぽい。
食と性は通ずるところがあるというが、淡々と餡蜜を食すその姿は、何ともいえぬ色気を醸し出して艶っぽく人々の目に映っていた。
「すみません、おかわりを……」
そっと空の碗を置き、女中に向かって声をかけた。特段、笑みを向けたわけではなかったが、長い睫毛に縁取られた瞳に上目遣いで見られて、しばし女はぼうっとする。
「あの、おかわりを……」
もう一度声をかけられてやっと正気を取り戻し、顔を真っ赤にして店の奥へと駆けていった。
なんだろう? とが訝るその正面で、半兵衛は詰まらなそうに茶をすすった。
きっ、と鋭い視線で店中の女を睨みつけると、彼女たちはあわてて視線を逸らすが、またこそこそとに熱っぽい視線を送るのだった。
ところが当人は、餡蜜を食すことに夢中でその視線に一切気づかない。
この朴念仁――――!
半兵衛は苛々を募らせ、机の下で思い切りの足を蹴飛ばした。
「あだっ! た、竹姫様……?」
なぜ蹴られたのか分からず、は疑問符を貼り付けたような顔でこちらを見やったが、半兵衛はふんと鼻を鳴らして顔を背ける。
はしばらく困惑していたが、やがて新しい餡蜜が届くと、蹴られた事など意識の遠くへ追いやって、また甘味に熱中した。
まったく……
女の時からこの手のことには察しが悪かったが、男になって更にそれが悪化したようだ。官兵衛風にいうならそれは罪悪だ。人の気持ちを散々振り回すくせに、当人はそんな事を何とも思っていない。
天才な俺がこんな若造に振り回される――――?
ふっと自嘲的な笑みを浮かべて苛立ちをやり過ごそうとしたが、思わず力みすぎて手の中の湯飲みがパリンと砕け散った。
「!? あ、あの……竹姫様も食されますか……?」
半兵衛の怒りの原因が、が餡蜜を独り占めしている事だと勘違いしたのか、は恐る恐る餡蜜の盛られた碗を半兵衛の方へ寄越した。
嗚呼、まったく、この子は――――
半兵衛はぐったりとその場に突っ伏した。
それでも、
「あの……お腹でも痛いのですか……?」
と、はずしまくった追撃に苛立ち、
「痛くないよ! 心は痛いけどね!」
と、差し出された餡蜜を当て付けに全部食らってやった。まさか全部食べられるとは思わなくて、涙目になるを尻目に、
「ああ、もう! 甘味はいいから次行こう、次!」
と、半兵衛は席を立ったのだった。
end
true endだけ続きます。
半兵衛を嫉妬の鬼にしてすみません。
嫉妬するくらいなら相手をやり込める策を立てると思うんですが、
竹姫様の時はちょっと余裕ないと(私が)萌える。