ますらお02
まるで通夜のようだ。
広い座敷に秀吉を始め、ねね、子飼い、両兵衛が座り、その中央にが鎮座している。
誰も口を開こうとしない。の顔をちらちらと見やりながら、なんと言うべきか考えあぐねている。
「わしはまだ信じられんのさ。が男になったっちゅうんが」
じろじろと秀吉が至近距離で顔を寄せると、は恥ずかしそうに身をよじった。顔も体つきも変わったようには思えない。相変わらず薄幸の美少女然とした儚そうな表情や、思わず守ってやりたくなるような華奢な身体はそのままだった。
確かににわかに信じられるはずはない。ねね以外はこの目で男である証拠を見た者はいないのだ。
よしっ、と何を思いついたのか正則が膝を叩いた。正則がやる気を出すときは大抵ろくな事にならない…、と皆が案ずる中、
「しゃあ! 俺が確かめてやるぜぇ!」
と、声を上げたかと思うと、正則の両手がの胸をぺたりと触れた。
「な――――にを、」
ひくり、と顔をひきつらせ、は固まった。その間も正則の指先は無遠慮に、ない胸をまさぐる。
「おおっ、ま、まるでまな板だぜ! これはもう女なんかじゃぶひゃわっ」
刹那、すかさず飛んで来たの鉄拳で吹っ飛ばされる正則。間髪いれずその場にいた全員のげんこつと鬼の手が正則を地獄へと誘う。
「さて――――馬鹿は放っておいて、どうにかしなければなりませんね」
と、ずたぼろになった正則を尻目に、三成が仕切りなおした。
「とは言っても、怪しい薬売ちゅうだけじゃ手がかり不足だしのう」
「でも、お前さま。このままじゃが可哀想だよう」
「薬屋の足取りは正則に全力で探させます。その間、をどうするか――――」
皆の視線が一斉に集まり、は居心地悪そうに身体を固くした。
伏せ目がちにしてうな垂れている姿など、女だった頃とまったく変わりはないのだが――――
三成はふうとため息をつくと、の前に膝をつき、選べと告げた。
「女として隠れ続けるか、男として秀吉様に仕えるか――――お前次第だ」
容赦なく突き出される竹刀を紙一重でかわし、わざと踏み込んで下段から突き上げる。ぐっとうめき声を上げて、清正の巨体が後方へ跳ね飛ばされた。立ち上がろうと地面に手を突いたところで、竹刀の先を喉元に突きつける。
「私の勝ちだね」
がにこりと微笑むと、二人の鍛錬を見物していた侍女たちから、きゃあきゃあと歓声が響き渡った。
「ああっ、さすが雪路(ゆきじ)様ですわぁ。あのようにたおやかなお姿なのに、清正様にも負けない見事な剣術」
「その上、勉学もおできになりますのよ。両兵衛様と軍略についてお話になされている姿といったら……」
ほう、とため息をついて、侍女達の目は再び鍛錬を始めた二人に釘付けとなる。
と、跳ね飛ばされた竹刀が侍女達の方へと飛んできた。侍女の一人がそれを手に取り、に差し出すと、
「失礼。お怪我はありませんでしたか?」
「は、はい……」
「よかった。あなたのように綺麗な方を傷つけなくて」
きゃあ、と声を上げて侍女が卒倒した。
遠目に見ていた清正は呆れたようにため息を付いた。
雪路という名は、雪の降る夜に男に変わったからという、秀吉の命名だった。の双子の兄という肩書きで、は男として秀吉に仕えている。妹のの具合がよくないため、実家に下がったの代わりに秀吉の下に参じた、という設定だ。
あまりにと姿がそっくりなため、初めは女なのではと疑っていた者もいたが、雪路の腕っ節の強さと時折見せる男らしさに心酔する者も多く、すぐさま疑いなどどこかへ行ってしまった。今では清正、三成を凌ぐ色男として名を馳せている。
「なんだかな〜」
庭先で繰り広げられる鍛錬を眺めながら、半兵衛は詰まらなそうに呟いた。
あの薬を飲んでから、の体調はすこぶる良い。男に変わった事を除けば、あの薬は万能薬として効果を発揮したことになる。
千里眼を使ってもばてることなく、清正と同等に戦える力。頭の回転もよく、武力・知勇共に申し分ない武将となった。
思い通りに身体が動く事に、が喜びを感じているのもわかる。今まで病弱な身体のせいで、幾度もままならない思いをしてきたのだから。
だが――――
「あの女たちは何なのかな」
ぎりり、と半兵衛は柱を握る手に力を込めた。
容姿端麗。武芸にも知略にも秀で、ついでに品行方正で女性にも優しい。とくれば、侍女たちが放っておかないのはわかるのだが、あの態度はどうしたことか。
たらしだ。天然の女たらしだ。
本人は女だった時と同じように女性に優しく接しているつもりなのだろうが、男で同じ事をすると意味合いが変わってくる。
歯の浮くようなせりふも臆面もなく言ってのけるし、惜しみなく振りまく笑顔は次々に見るものの心を奪っていく。近頃では男だと分かっていながら、あの美しい顔にくらりと来る男達もいるとか。
しかも本人はそういう状態を、あながちまんざらでもないといった顔で受け止めている。
この前も、
『恋文もらっちゃいました〜』
と上機嫌で報告に来たのだ。当然、心は女のままなのだから、それに応えるつもりはないのだろうが、それでも嬉しそうな顔が悔しくて。
つい、
『そんな事してたら、女の子に戻れないかもしれないよ』
と意地悪を言ってしまった。
ところが、はあははと笑って一蹴すると、
『じゃあ、可愛い奥さんをもらうことにします』
などと言ってのけた。
その時の半兵衛の心の苦悩を、は知るまい。
男の方が役立つのだからこのままで問題あるまい、などと官兵衛は言うが、それでは半兵衛が困るのだ。
恋焦がれた相手が、変な薬のせいで男になった――――?
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ。とはいえ、正則を蹴り飛ばしたところで、事態は改善するはずもなく。
「あっ、そーだ」
半兵衛はぱちんと指を鳴らすと、窓から侍女に囲まれるの姿を見下ろした。
にやりと唇の端に笑みを浮かべ、
「すぐ、参りますわ。雪路様」
と、呟いたのだった。
end
意外と男性ライフを満喫しているヒロイン。順応するの早いです!
雪路の名前はリクエストを下さったキリさんに決めていただきました。
ありがとうございました!
さて、次回はあの人がやって来ます!