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ますらお





 ちらちらと雪が降る、寒い日のことだった。
 傍らにたたずむ誰かの気配を察し、はゆるゆると瞼を開いた。
、起きたのか」
「ん、清正……」
 顔を横を向けると、ぽとりと額に乗せた手ぬぐいが布団の上に落ちた。清正はそれを拾い上げ、たらいの水に浸すとじゅっと絞った。
「熱、まだ引かないな」
 丁寧に畳んだ手ぬぐいを、額の上に乗せなおす。ひんやりと冷たい潤いが心地よかった。
 は熱っぽい吐息を漏らし、視線を障子の向こうにやる。
 綺麗に整えられた庭木は深々と降り積もる雪を戴き、趣のある雪景色を作り上げている。この風景を見るのも何度目なのか……。雪の降る季節になると、はきまって風邪をこじらせ寝込んだ。最近は戦や執務で千里眼を使うことも多くなり、その疲労がますますを病弱にさせていた。
 皆のために頑張ろうと力を駆使するのに、結局は床に伏せ、迷惑をかけてしまう。病弱な身体が恨めしく、また不甲斐なかった。
 もし清正のような屈強な男児に生まれていたら……こんな風に、皆の手を煩わせることもなかったのに。
 そんな妄想を脳内で広げていると、襖の向こうからどたどたと騒がしい足音が鳴り響いた。
「よお、ー! 生きてるかぁ!」
 と、勢い良く開け放たれた襖の向こうに正則が姿を現した。
「病人の前だぞ。もっと静かにできないのか、馬鹿」
「お、悪ぃ、悪ぃ。でも、俺一刻も早くに渡したい物があってよー」
 清正にたしなめられ、正則は子供のように頭を掻いた。こういうそそっかしく愛嬌のある所は昔から変わらない。
 は身体を起こすと、なに? と可愛い弟分に微笑みかけた。
 正則は得意げな顔をすると、
「これぞ天下の万能薬『天性丸』! 一度これを口に含めば、どんな病もあっと治るって代物よぉ!」
 と、の鼻先に七宝焼きの小さな筒を突きつけた。
 細工の凝った蓋を開くと、中には赤紅の色をした丸薬がぎっしりと詰まっている。匂いはなく、小指の爪ほどの小粒な球体をしている。
「正則、これ……」
「さっき城下に下りた時に、なんか怪しい格好の薬屋に会ってよう! 聞けば旅の薬師で、全国津々浦々の薬を集めてるっていうじゃねぇか! で、の病気の事話したら、だったらこれがいいでしょう、ってよ!」
 で、買って来たというわけか……。
 正則の気遣いは嬉しいが、明らかに怪しい。万能薬などと謳っている薬は、おおむね偽物と相場が決まっている。そもそも怪しげな格好をしている者から、病人への見舞いの品を買うというのはどうなのだ。
 が困惑していると、清正が無理はするな、と目で訴えてきた。
 一方、正則は目をきらきらさせて、飲んでみろよ! と強要する。
 は迷ったあげく、一粒口に含んでみた。
 どうせ偽物ならば、飲んだところで毒にも薬にもなるまい。ならせめて、正則の好意には応えてやろう。
 舌の上で転がすと何ともいえぬ苦味が口内に広がった。不味い。それを水でむりやり食道に流し込み、一息つく。
「な、どうだ? 効いたか? な、な?」
「そんなすぐには効くものじゃないよ。でも、ありがとうね。正則」
 に感謝されて、正則は照れくさそうに頭を掻いた。傍らの清正は密かにため息をつき、は正則に甘い、と胸中で不平をこぼした。


 あくる日。
 障子の隙間から差し込む陽光で、は目覚めた。
 思いのほか、気持ちは軽く、気分がいい。昨日の熱がまるで嘘のようにひいていた。
 まさかあの薬が……?
 本物の万能薬だったのだろうか。訝りながらは身体を起こす。
 と、奇妙な違和感に気付いた。
 すごく気分はいいのに、どこか自分の身体じゃないような微妙な変化――――
 なんだろう、と身体のあちこちをさすると、とある場所での手は止まった。
 あるはずの膨らみがなく、ないはずの膨らみがある。
 まさか……
 荒唐無稽な想像を一瞬脳裏に広げ、なにを馬鹿なことを一蹴した。
 そんな事があるはずない、あるはずない。
 心の中で繰り返し、はそっと着物の中を覗き込んだ――――


「きゃああああああああ!」
 絹を裂くような悲鳴が屋敷中に響いた。
、どうしたの!?」
 と、真っ先に駆けつけたのがねね、その後を半兵衛と官兵衛が何事かと訝りながら続く。
 は己の両肩を抱いてかたかたと震えていた。
 ねねが心配そうな顔で枕元に座ると、縋り付くようにねねの胸に飛び込んだ。
「おねね様……私……私……」
 ひっくひっくと泣きじゃくりながら、涙に濡れた顔を上げる。ねねは宥めるように、の背中を撫でさする。
「どうしたの、怖い夢でも見たの?」
 はふるふるとかぶりを振り、辛そうに顔をしかめながら、私――――と言葉を続けた。
「私……男の子になっちゃいましたぁ……」
 一瞬の間。
 まるで悪い冗談を聞いたような、思考の停止した空白の時間がその場に流れた。
 相手が別の人間だったら――――それこそ正則だったら、何を馬鹿なことをと笑い話になっただろう。
 が、のこの逼迫した泣き顔が、荒唐無稽な言葉に妙な信憑性を与えており――――
「半兵衛! 官兵衛! 後ろ向いて!」
 突如、ねねから厳しい声が飛んだ。絶対にこっちを見ちゃダメだよ、と念を押して、ねねはににじりよった。
 不安げな顔を向けるに、ねねはにこりと微笑んで――――無慈悲にの着物を引っぺがしにかかった。
「いやぁぁぁぁ! おねね様、嫌です、いーやーでーすー!」
「いいから見せなさい! このまんまにしておけないでしょう!」
「で、でも、あんなもの見せられ――やだやだ、触らないで! やぁ!」
 激しい衣擦れの音やらあえぎ声やら。まるで手篭めにされているようなやり取りが、女同士――――今は男だが――――とはいえ艶かしい。
 一体背後では何が行われているのだろう、と半兵衛はそおっと首を回しかけたが、官兵衛に首根っこを掴まれぐきりと前に回される。
「ちょっとぐらい……だめ?」
「見るな」
 意地悪っぽく笑う半兵衛に、官兵衛がぴしゃりと言い放つ。
 そしてしばらくして、抵抗の声はなくなり、ただひっくひっくとしゃくり上げる声が続いた。
「二人とも、もういいよ」
 言われて振り返ると、乱れた着物の前を掻き合わせてしくしくと泣き崩れるの姿と、呆然とするねねの姿。
 ねねは自分も泣きそうな顔で二人をみやると、
「どうしよう……。が本当に男の子になっちゃったよぅ」
 と、悲しそうに告げたのだった。



end


リクエストの「たおやめ」逆バージョン。
キリさんリクエストありがとうございました!