壊れ物 後編
見開いた瞳が驚きの形を作ったので、逆にこちらが驚いてしまった。
ソファに仰向けになったきり心地良さそうに眠っていたのに、ふと寝顔を見やると嘘のように透明な涙が頬を伝っていて慌てて揺り起こしたのだ。
自分が泣いていた事さえ気づかないのか、頬を濡らしたまま神威は驚愕の眼差しでを見た。
「神威? 大丈夫?」
尋ねても返答はなく、ただ呆然との顔を見据えている。
何故か神威の頬の涙がとても綺麗に思えて、そっと指先を伸ばすと、触れる瞬間、神威の手によってそれは拒まれた。
「神威……、痛い……」
ぎりぎりと容赦なく込められる力にが眉根を寄せるが、神威は非難の声も聞こえないのか、呆けた顔のままの手首を掴みあげた。
そして、ぐっと力を込めて自分の方へ引き寄せると、隆起した胸の片方に顔を寄せた。
柔らかな温もりと、穏やかな心音。
壊れていない――――これは、まだ動いている。
神威は安堵の吐息を付くと共に、の顔を自分の胸に押し付けて力いっぱい抱きしめた。
「痛い。ねぇ、痛いってば」
が迷惑そうな、戸惑ったような声で非難するが、それを一切無視する。
「……壊れちゃったのかと思った」
ぽつりと呟いた神威の言葉に、がえ? と顔を上げた。
「がさ、ばらばらになって壊れる夢。いや、ばらばらにしたのは俺かもしれないけど」
「ん? 私が神威に殺される夢ってこと」
それで勝手に泣くなんてずいぶん身勝手だ。そうが思い呆れかけた時、神威が違うよと呟き、無造作に涙を拭った。
「俺はを生き返らせようとして必死だったんだよ。人工呼吸もしたし、心臓マッサージもした。でも、どんどん壊れていっちゃったんだよ」
胸を叩けば叩くほど、心臓を囲う骨がべきべきと砕け、息を吹き込めば吹き込むほど、鼻腔からそれは漏れていってしまう。
「神威……。ね、それ、やり方間違ってたんじゃないの?」
夢の話とは言え、夢の中でばらばらになった自分が哀れに思えた。
神威の全力で叩かれれば、そりゃ骨も粉砕するだろう。
鼻をつまんで気道を確保しなければ、吹き込んだ息も正しく流れない。
だが、神威は知らないよ、と拗ねた子供のように言った。
「勝手に壊れるが悪い。俺が触れたぐらいでばらばらになるなんて」
触れたどころではなく、全力で拳を叩き込んだのだろうが――――神威の理屈ではそれは触れた、に過ぎないのだろう。
それに、夢で泣いてしまう神威があまりに意外で、傷ついて拗ねている顔が少し可愛く思えた。
「もう、分かったってば」
慰めるように神威の髪に触れると、彼は複雑そうな顔のままの身体をきつく抱きしめた。
「弱い奴はキライだ」
「うん」
耳元で呟く。
「簡単に壊れちゃう奴なんて大キライだよ」
「うん、うん。知ってる」
だから――――ねえ、泣かないで。
「お前は絶対に、壊れないで」
end
神威のあの歪んだ性格は、幼少時に何かショックな出来事があったりしたのでは。
だから弱い奴は嫌いなんじゃないかと妄想。
死にっぱなしは後味が悪いので、夢オチでした。
桜崎さま、このたびは素敵なリクエストをありがとうございました!