その色が自分は好きだったけれど、彼女の使うその能力が酷使するほどに激痛を伴う事、体力を削り命すらも危うくさせる事、そして誰にも嫁がないと決心させる原因である事を考えると、ただ好きではいられなくなっていた。
恋花前話02
家の常世姫。
御伽噺に出てくる千里眼を持つ非業の姫――――それがが名を継ぐ正しい姿だった。
決して表に出る事がない常世姫が、こうして現世に姿を現したのには様々な理由と、人々の思惑があるわけだが、がとして存在するのにそんな事はどうでも良かった。
特殊な生まれなのだとは知っている。が、半兵衛が好きになったのは常世姫のではなく、ただのだ。
だからそんな事は関係ない。何も捕らわれる必要は無い――――そう思うのだが、本人は常世姫としての己の姿を想像以上に真摯に受け止めていた。
は常世姫の血を好いていない。
脈々と受け継がれるその能力は、泰平のための道具となれど、真に泰平をもたらす物ではないと思っている。
それは真実だろう。
長い歴史の中で、幾度となく家は戦火に飲まれ、その度に代々の常世姫が命を散らして来たのだ。
だからこそ、彼女達は物語の中の存在として姿を隠し、今まで城の外から出なかった。
がこうして外で居場所を見つけられたのは、奇跡に近い。自分の後代となる常世姫にも自由を掴んで欲しい――――そう思うものの、それが極めて難しい事をは理解している。
常世姫の在る所には戦が絶えない。そして、その災禍は周りの人間をも巻き込んでしまう。
「だから嫁ぎたくないんだろうね」
元就がこくりと杯を煽った。
が子を成さなかったとしても、別の血脈から次代の常世姫は生まれる。だから、これは自身の意地にしかならないのだ。
それでもの決意は固い。大切な人を、大切だからこそ、過酷な運命に巻き込みたくないのだ。
「分かります。分かってます。でも……だからって」
ああ、もう、と半兵衛はやりきれない思いで髪を掻き毟った。
これでは告白する前から振られたようなものではないか。
他の男のものにならないという安心感などより、自分は決して手に入れる事が出来ないという絶望感の方が断然勝る。
「それに……それじゃあ、自身の幸せは? 結局、常世姫の血に振り回されるだけで……こんなの全然賢いやり方じゃないよ!」
半兵衛は怒りをぶつけるように、自分の腿を叩いた。
「いっつも自分のことばっかりで、周りがどう思ってるかなんて全然気にしないで! そんな事言われたら、俺も……他のみんなもやり切れないよ」
「半兵衛……」
「どれだけ自分が愛されているのか、どれだけの人がの幸せを願っているのか……全然わかってない。もしが幸せになってくれるなら、が俺を選ばなくたって、俺は……」
幾分酔いが回ってきたのか、半兵衛は普段よりも饒舌だった。
目の端を紅くさせ、胸を満たす想いと共に飲み込むように、並々と注がれた酒を仰ぐ。
元就と半兵衛の仲はそう長くないが、彼の性格から考えるにこんな風に荒れるのは大層珍しい事のように思えた。いつも飄々とし、余裕を崩さない半兵衛の、焦りに満ちた本気の言葉に、彼も葛藤と煩悶の渦の中にいるのだと知る。
そんな風に彼を――――知らぬ顔の半兵衛を不安にさせられるのは、きっと世界中どこを探しても以外には居まい。
と、
「潔く身を引くと? 存外、性悪軍師殿も気が小さいのだな」
涼やかな風のような美声が響いたかと思うと、夜着を着込んだ宗茂が二人を後ろから眺めるようにして立っていた。
天敵の登場に、半兵衛は容赦なく顔をしかめた。ちっと業とらしく舌打ちを鳴らす。
「元就公も水臭い。一献やるのなら俺も誘ってくださればいいのに」
「ええと……いや、ね」
「宗茂にはかんけーないよ」
だから帰れと言わんばかりに、半兵衛はしっしっと手を振った。
が、宗茂はそれを無視して元就の隣に腰を下ろすと、手酌で酒を注ぎぐっと仰ぎ飲んだ。
「で、お前がに相手にされず、うじうじといじけている話だったか?」
一瞬にして場の空気を凍りつかせる宗茂の毒舌に、半兵衛は手にした杯を砕かんほどの力で握り締めた。
「宗茂ぇ、何か勘違いしてない? べつに相手にされてないとかないから。俺達ちょー仲いいし!」
「仲のいいお友達という奴か。それは恐れ入る」
「はあ? 俺がお友達止まりで満足するとでも思ってんの? 今は準備期間だから。ううん、むしろが自覚するのを待ってるだけだから」
「自覚する感情がお前に向いていればいいがな」
ばちり、と音を鳴らすように、二人の間で火花が散った。
この二人の喧嘩を止められるのはァ千代ぐらいのもので、元就やなら二人係でかからなければ到底場を納められない。今は独り取り残された元就が、二人の間であわあわと慌てふためいている。
「悪いけどそんな見え透いた挑発にのらないよ? 俺には大人の余裕があるからね」
「ほう? 大人の余裕はあっても、男としての余裕はないようだな。その歳で独り身ではさぞや布団が寂しかろう」
「ご心配なく。宗茂の冷たい布団と違って、いつでもあったかいから、俺のは!」
「ふむ。猫でも褥に詰めているのか?」
お互い涼やかな顔に笑みなど浮かべているのだが、腹の中に溜め込んだ毒が雑言となって飛び出すのがまた心臓に悪い。
「ふ、二人共まずは落ち着こう。ここは仲良く、お酒でも飲んで……」
と、元就が気を利かせて間を取り持とうとしたが、時すでに遅し。
お互いにゆっくりと武器を構えると、
「このっ、ちょっと結婚してるからっていい気になるなっ!」
「ふっ、男の嫉妬は醜いな」
と、至近距離でつばぜり合いをし始めたのだった。
しっとりした月見酒の夜が一瞬にして血なまぐさい乱闘の場に変わる。
「ちょっ、二人共……!」
もはや元就の声など届いていない。このままでは屋敷を破壊されかねないと、元就があわあわと右往左往していると、ふいに座敷の奥の襖がスパンと音を立てて開いた。
そこには目をギンギンと血走らせたァ千代と、何事かと目を丸くしているの姿。
そして、
「五月蝿いぞ、男共!」
と、仁王の如く立ち上がったァ千代が大音声で叫んだかと思うと、小脇に抱えた枕を力いっぱい投げつけたのだった。
end
宗茂と半兵衛の喧嘩は書いてて楽しい。
この時代の枕は固そうですね。